生体機動兵器ヘカトン・ケパレー

 建物の陰を通りながら、クロガネたちは朧のもとにたどり着いた。

 彼らはコックピットに乗り込むも、長身の男ふたりが入れば予想通りせまかった。


「とりあえず、俺のひざの上に座っとけ」


 クロガネが言えば、カイトは素直に従う。あまりにも従順過ぎる態度に、クロガネは違和感を抱いた。

 すると、カイトはクロガネに質問してきた。


「あんた、名前は?」

「はい?」

「名前。まだ聞いてない」


 名前を教えたところで世界政府に引き渡すから二度と会うことはない。

 クロガネは躊躇ためらうも、カイトの無言の圧力に耐えきれず自らの名を教えた。


「クロガネ」

「クロガネ……」


 カイトはと小さい声でクロガネの名を何度も繰り返す。

 その様子にクロガネはため息をつく。


(これ、もしかして興味を持たれているのか? 自意識過剰かもしれないが勘弁してくれ。女で散々な目に遭ってるのに、これで男にまで好かれたら地獄絵図だ)


 クロガネは気分がガタ落ちになりつつも朧を起動させる。ブースターで飛び上がる直前、突然カイトが声を上げた。


「クロガネ!! 前方へ避けろ!!」


 瞬間、コックピット内に警告音が鳴り響く。クロガネはカイトに言われた通り前方へ機体を動かす。

 直後、先ほど立っていた場所に鎌状の形をしたビームブレード……いやブレードと言うよりビームサイズと呼称したほうがいいか。それが地面に深く突き刺さっていた。

 朧のカメラアイがゆっくり上へ向く。

 モニターに映ったパンツァーを見て、クロガネは顔をしかめた。

 朧より体長が大きい人型四脚のパンツァー。だが、その頭部と胴体には五十……いや百かそれ以上の人間の頭部がびっしり並び付けられていた。


「あれが、ヴァイラスのパンツァーか? 趣味悪いなんてレベルじゃねぇぞ」


 クロガネがそうつぶやくと、カイトは相手のジャケットをつかむ。


生体機動兵器バイオ・メカノイドヘカトン・ケパレー。人と機械を合わせた兵器。カエルレウムが造りだした“防衛プログラム”だ」


 防衛プログラム、と聞いてクロガネは納得する。警備員がひとりもいなかったのも理解した。

 カイトが淡々たんたんとした口調で語る。


「その素材は……カエルレウムに気に入られた男女……ヴァイラスの社員だ」


 クロガネはロードナイトの話を思いだす。カエルレウムは気に入った男女を抱きつぶしてから人体改造をする、ということを……。


「そういうことかよ」


 カエルレウムに気に入られた者たちの末路。機械と融合された生体機動兵器バイオ・メカノイドにされる。とんだサイコパスエロジジイだ、とクロガネは思った。

 そんなド変態に目を付けられたカイトは改造とかされていないのだろうか?

 心配したクロガネはカイトに話しかける。


「おまえはよく無事だったな」

「俺はだから」

「特別?」

「俺を改造したらが手に入らなくなるから」

「どういう――」


 クロガネがカイトに理由を聞こうとしたとき、神経質そうな老男の声が通信機から響いてきた。


『カイトが“ヴィルトゥエル”の“生体CPU”だからです』


 その声を聞いたカイトがビクッと小さく体を跳ねらす。

 クロガネはカイトの様子を気にしつつ、老男――カエルレウムに尋ねる。


「ヴィルトゥエル? 生体CPUってどういうことだ?」

『あなた、ロードナイトの差し金でしょう。彼からなにも聞かされていないのですか?』

「依頼人との会話は黙秘だ」


 実際クロガネはロードナイトから詳しい話は聞かされていない。クロガネが知ったような気になっていただけだ。


『はあ……なにも聞かされていないようですね』


 なにも知らないクロガネに、カエルレウムはあきれたような口調で説明を始める。


『“仮想戦機ヴィルトゥエル”はマティアス・シュミット博士が“仮想空間メタバース”にて開発し、現実世界にてデータ構築された機動兵器のことです』


 仮想戦機ヴィルトゥエル。

 仮想空間メタバース

 

(なんかSF映画で聞きそうな単語だな)


 ヴィルトゥエルの情報を得るため、クロガネはカエルレウムに聞き返す。


「パンツァーとどう違うんだ?」

『ヴィルトゥエルは、“仮想”という存在です。現実のパンツァーにはない数多あまたの武器を搭載する“アーセナル・アーマー”と“自己修復機能”を持っています』


 クロガネは世界政府と企業がヴィルトゥエルの技術を欲する理由を知った。


「だったらカイトからそのなんちゃらの情報を聞きだせばいいだろ」

『それだけではダメなのですよ』


 それだけでは?

 クロガネはカエルレウムの発言に違和感を覚えた。


(まだなにか条件……そういえば“生体CPU”って言ってたな。CPUって処理したり制御したりする装置だよな? ……まさか!!)


 クロガネはある予想を口にする。


「カイトが、ヴィルトゥエルの制御装置ってことか」


 クロガネが答えれば、カエルレウムは嬉々とした声色で語りだす。


『ご名答!! カイトがいなければヴィルトゥエルを動かすことは不可能!! ですが、彼を手中に収めてもヴィルトゥエルを動かすことはできませんでした。私はまだ秘密があると思い、カイトを調


 隅々まで調べた。

 それを聞いたカイトの体が小さく震えだす。顔はうつむいていて、表情は確認できない。

 クロガネは黙ってカエルレウムの話を聞く。


『傭兵。ロードナイトからどれほどの報酬で依頼されたか知りませんが、おとなしくカイトを返していただければ倍の金額を出しましょう』


 交渉をしてきた相手に、クロガネは笑みを浮かべる。


「へえー、どれくらい?」

『10億ドル。雇われ傭兵には十分な金額でしょう』

「10億ドルねぇ〜」


 金額を聞いた直後、クロガネは鼻で笑い飛ばした。


「足りねぇな」

『……いま、なんとおっしゃいましたか?』

「足りねぇなって言ったんだよ。こっちは命張って依頼を達成してくるんだ。それを雇われ兵には十分な金額? バカにすんじゃねぇよ」


 それと、とクロガネは話を続ける。


「ヴィルトゥエルを動かす方法を探るためにカイトを手込めにした、てめぇのやり方が気に入らねぇ」

『手込め? 手込めとはなんのことでしょう? 私はカイトを愛しています。愛しているから、彼を抱いた。カイトも私の愛を受け入れ、かわいらしい声でき――』

「黙れ、エロジジイ」


 クロガネは恍惚こうこつに語りだしたカエルレウムを一蹴する。


「一方的な愛は恐怖でしかない。断ったらなにをされるかわからない。身を守るためには受け入れるしかない」


 カイトはずっと震えている。

 クロガネのジャケットを強くつかんでいる。

 カエルレウムの愛を受け入れているなら、怯えることはないし、脱走なんて考えない。


「そんなのが愛なわけねぇだろ。てめぇの愛はただのエゴだ!!」


 クロガネははっきりと言ってやった。

 それが気に入らなかったのか、カエルレウムの声色に苛立ちが含まれる。


『これだから傭兵は嫌いです。人の話を聞かない野蛮な猿がッ!!』


 カエルレウムが叫んだとき、ヘカトン・ケパレーが動きだす。

 ヘカトン・ケパレーが振り下ろした二振りのビームサイズを、朧は後方へかわし、スナイパーライフルを構えた。ヘカトン・ケパレーのカメラアイを壊すため、頭部に照準を合わせて引き金をひく。放たれる銃弾。しかし、それがヘカトン・ケパレーに当たることはなかった。

 ヘカトン・ケパレーの頭部に付けられた人間たちの顔が金切り声を上げたことで、銃弾が直撃寸前で爆発したのだ。


「いったいなにが起きた?」


 状況を理解できないクロガネに、カイトが説明する。


「衝撃波で発生したシールドで銃弾を止められた。あのシールドを突破するには実弾系の武器じゃ無理だ。爆発系の武器じゃないと……」

生憎あいにく、そんな武器は持ってない。一気に近づいてブレードで頭部を切り落とすしかねぇか!!」


 ブレードを構えた朧はブースターを加速させ、ヘカトン・ケパレーへ向かう。敵が振るうビームサイズをすり抜け、頭部を狙ってブレードを振り上げたとき、カイトが叫んだ。


「敵の機体から高エネルギー反応。ダメだ、離れろ!!」


 刹那、無数の人間の頭部が口を開き、青い光が集まっていく。

 危機感を覚えたクロガネは、朧のブレードを引っ込め素早く後退する。

 直後、青い拡散ビームが放たれ、朧を狙って降り注ぐ。コックピットがある胴体へ直撃されぬよう必死にかわしていくが、右腕、左脚が吹き飛ばされる。

 体勢を崩された朧は制御を失い、地上へとたたきつけられた。さいわい、雪のおかげで機体の衝撃は小さかった。

 クロガネは朧のダメージを確認し、操縦桿を動かしてみるも反応はない。

 クロガネはカイトを抱え、コックピットのハッチを開ける。目に映ったのは、カエルレウムが操るヘカトン・ケパレー。逃げられないよう、動かなくなった朧の両脇にビームサイズを突き立てた。


『逃がしませんよ、傭兵。私を侮辱したあなたは許しません。人体改造して、一生苦しんでもらいましょう。ああ、私の最高傑作である“ヘカトン・ケパレー”の一部になってもいいですね』


 カエルレウムの声が響くなか、クロガネは顔を上げる。ヘカトン・ケパレーはモニターで見ても気持ち悪かったが、生で見るともっと気持ち悪かった。


(あの無数の頭部に俺の頭部が追加されるのか。勘弁してくれ)


 人生終了……とクロガネが思っていたとき、カイトが名を呼ぶ。


「クロガネ」

「なんだ? カイト」

「俺の依頼を聞いてくれるか?」


 カイトのお願いに、クロガネは鼻で笑う。


「それは無理だろ。俺、あのエロジジイが造った気持ち悪い機体の一部にされるし、おまえは一生監禁生活。完全に詰んだ」

「……」

「まあ、依頼の内容次第では打開できるかもな。言ってみろ」

「俺を守れ」


 カイトの依頼に、クロガネは(いやいや、冗談きついわ)と苦笑する。


「俺の機体、動かないんですけど」

、忘れたか?」


 カイトの言葉を聞いて、クロガネはとなりを向く。いつの間にか、カイトはクロガネとの距離を縮めていた。スカイブルーの瞳が、クロガネを見つめる。


「ヴィルトゥエルなら、ヘカトン・ケパレーを倒すことができる。だから――」


 俺を守れ。


 カイトはクロガネにそう告げて、唇を重ねた。相手の舌がクロガネの舌と絡まったとき、機械音声が脳内に響き渡った。

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