Different 8 カイト【憧憬】

 クロガネにタブレットを渡したあと、俺は売店から戻ってきたアカサビと合流した。


「おっ、坊主。クロガネにタブレットを渡してきたか」

「渡した。ついでに護身術を教えてほしいことも頼んできた」

「そうかそうか。良かったな」


 アカサビから飲み物とホットドッグを受け取り、観覧席へ向かう。

 指定席に座ると、俺はずっと気になっていることをアカサビに聞いてみることにした。


「アカサビは……変だと思わないのか?」

「なにがだ?」

「男が男に恋愛的な感情を抱くこと」


 同性に無理やり抱かれてきたせいで、そういう感情はわかないと思っていた。

 けど、クロガネと会って、俺のなかで変化が現れてきた。

 クロガネと一緒にいると楽しい。

 となりにいると落ち着く。

 頭をなでられるとドキドキする。

 この気持ちはなんなのか。不意に誰かの言葉を思いだした。


『――は、カイトさんに恋をしています』


 そのときの俺は理解できず、相手に問い返した気がする。

 相手は男性だった……と思う。女物の服ばかり着ていた、ちょっと変わった人だ。

 俺の質問に、その人は困ったような顔で答えてくれた。


『――は、カイトさんと一緒にいるほうが笑っています。あなたのとなりが一番落ち着くのでしょう。それから、手をつなぐたび、胸がドキドキするとも言ってました』


 それで気づいてしまった。


 俺は、クロガネに恋をしていることを――。


 でも、それを本人の前で口にするのがこわい。

 クロガネは女が苦手だ。しかし、男が好き、というわけではない。

 拒絶されたらどうしよう。

 そんな不安がわきあがり、俺は意を決してアカサビに相談することにした。

 俺はアカサビを横目で見る。

 アカサビは会場を見つめながら、ホットドッグをほおばっていた。


(やっぱり変だよな)


 俺がそう思った直後、アカサビが口を開く。


「好きならそれでいいんじゃないか」

「……え?」


 アカサビは、否定もしなければ、気味悪がることもなく、はっきりとした口調で答えた。


「あのバカタレがどう思っているかは知らんが、俺が見る限り、坊主に興味はある」

「そうなのか?」


 そんな風には見えないけど……。


 そう言いたげな俺を察したのか、アカサビは話を続ける。


「過去にいろいろあったからな。そのせいで恋愛に対してはかなり奥手になっちまったし……」

「いろいろ? いろいろってなんだ?」


 俺がアカサビに聞き返したとき、中央の舞台がライトアップされる。


「……始まるな」


 アカサビのつぶやきに、俺は視線を舞台へ移す。

 床の昇降口が開き、二機のパンツァーが姿を現した。

 クロガネが搭乗しているKOT製の中量二脚のパンツァー。

 対戦相手は八脚系のパーツと重火器を中心に組み立てたパンツァーだ。

 二機のパンツァーの登場に、歓声が会場中に鳴り響くなか、女性のレフェリーがマイクを手に口上を述べる。


「オール・パッセンジャーズ!! 本日も硝煙弾雨しょうえんだんうな決闘が始まります!! まずはAブロック!! 青コーナーからは西アフリカ大陸を支配する企業『オニャンコポン』の社員コジョ選手!! 機体は重厚八脚パンツァー『プウェザ』!! 赤コーナーからはフリーの傭兵クロガネ!! 機体はKOT製中量二脚のパンツァー『カリバーン』!!」


 パイロットと機体名が紹介されると、会場の熱気が上がっていく。

 そんな周囲とは反対に、俺は『オニャンコポン』という企業名が気になってしかたない。


「オニャンコポン……」

「西アフリカを支配している企業だ。四脚などの多脚系のパーツと重火器系を取り扱っているところだ」

「いや……オニャンコポンって……」

「ああ。あっちで祀られている神さまの名前からとったみたいたぞ。KOTと比べたら中小企業だが、意外にも支持されていてな。建設会社と契約しているぞ。戦争だけで商売はできねぇからな」

「……そうなんだ」


 オニャンコポン。

 変わった企業名だが、経営者は先のことをしっかり見据えているようだ。興味がわいたからあとで調べてみよう。

 戦闘開始のゴングが鳴ったことで、俺は試合へ集中する。

 先に動いたのは、プウェザ。空中へ飛び上がり、八脚を広げて旋回しながら両腕に装備したガトリングガンでカリバーンを狙い撃つ。

 一方のカリバーンは降りそそぐ弾丸の雨をかわし、左腕に装備された暗器『流星錘りゅうせいすい』を構える。

 鎖の端に括り付けられた球体状のおもりを振り回しながら弾丸をはじき飛ばし、プウェザの真下まで来ると、相手の八脚を狙っておもりを投げつけ、脚を四本破壊した。

 安定を失ったプウェザは地上へ落下するも、残った四脚で瞬時に体勢を整えてから着地。両肩に装備されたグレネードキャノンを放つ。

 爆風が吹き荒れ、観客たちの熱気が上がっていく。

 舞台に炎と黒煙がゆらゆら揺らめくなか、俺は目を凝らしてカリバーンを探す。

 先ほどカリバーンはグレネードキャノンの攻撃を間近で受けていた。

 クロガネの安否を気にする俺を察したのか、アカサビが自信満々に口調で告げる。


「安心しな、坊主。クロガネがこれしきのことでやられる奴じゃない」


 会場がざわめきだした、そのとき、黒煙のなかからカリバーンが姿を現す。

 パルスの残留をまとった白亜の騎士は、左肩に装備された防御兵装をパージした瞬間、流星錘りゅうせいすいを振るう。

 放たれたおもりはまるで蛇のように動き回り、プウェザのガトリングガン、グレネードキャノンを破壊していく。

 武装をすべて失ったプウェザだが、降参せず、格闘戦へ持ち込む。

 だが、カリバーンの振り上げた右脚によって頭部を蹴り飛ばされ、戦闘不能となった。


「……すごい」


 俺はクロガネの操縦技量に感嘆する。

 ヴィルトゥエル――シュヴァルツ・アシェの操縦も難なくこなしている様子からパンツァーの戦いに慣れているとわかっていたが、こうして外から戦っている姿、対戦相手と比較してクロガネが強いということを改めて実感した。

 クロガネが選んだ武装は、暗器・流星錘りゅうせいすいと防御兵装パルスシールドのみ。

 パンツァーの装備は両腕と両肩の計四つだが、フル装備すると積載量が上がり、機体のスピードが落ちてしまう。

 対戦相手は多脚タイプのパンツァー。多脚タイプのメリットは安定性や旋回性が高く、小回りが利くことだ。

 カリバーンのスピードを落としてしまえば、懐に飛び込む前にやられる確率が高くなる。

 クロガネは対戦相手のパンツァーの型式と俺が選んだ武装を確認し、頭のなかで戦闘シミュレートを繰り返した結果、今回の武装にしたのだろう。

 空中に留まることができるホバリングモードへの対抗として、白百合パイパイフーアが開発した打撃系の暗器『流星錘りゅうせいすい

 扱いにはそれなりの鍛錬が必要となるが、おもりは鎖がブレードや銃弾で切られない限り回収が容易でリーチも長いため、懐に飛び込まなくても対戦相手の急所を破壊することが可能だ。

 武器を『流星錘りゅうせいすい』のみにし、もしもの備えとして防御系の武装に決めたのは、相手がキャノン兵装を装備してくる、と予想したからだろう。

 安定性に優れている多脚タイプはその性能が活かされ、砲力重視の機体に採用される傾向がある。

 KOT製のパンツァーは爆発系の武器への耐性が低い。中量タイプなら二、三発受けただけで、機体はバラバラになってしまう。

 だからクロガネはパルスシールドを選択した。キャノン兵装の攻撃を防ぎ、装填のわずかな隙を狙うために――。


(すごいな、クロガネは……)


 称賛する一方で、自分とクロガネの力量の差を痛感する。

 生体CPUでありながら操縦は不慣れで、運が良ければ相手に勝てる、または隙をついて逃げるばかり。負ければ相手の好き勝手にされる始末。


(俺も、クロガネのように強くなれたら……)


 クロガネが搭乗するカリバーンを見ていたら、急に自分が惨めになった。

 その気持ちを打ち消すため、アカサビに「トイレに行ってくる」と伝えて席を立つ。

 人の通りがない回廊まで来ると、俺はその場にしゃがみ込む。

 クロガネを好きになり、その強さに憧れた瞬間、“強くなりたい”という忘れていた感情が大きくなっていく。

 どうしたらいいかわからず、その場にうずまっていたとき――。


「大丈夫ですか?」


 どこかで聞いたことのある、穏やかな男の声がすぐ傍で聞こえてくる。


「どこか具合が悪いのですか?」

「……大丈夫です」


 心配する男をよそに、俺はゆっくり立ち上がる。


「お気遣い、ありがとうございます」


 お礼を言い、男から離れようとして一歩踏み出した直後、突然羽交い締めにされ、口もとにハンカチを当てられた。

 抵抗する間もなく、俺の意識が遠退とおのくなか、男の台詞せりふが耳に残る。


「手荒な真似をして申し訳ございません、カイトさん」


 そこで俺の意識は途絶えた。

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