影の国 −スカイ−

 カイトが泣き止んでしばらく経ったあと、おやっさんから連絡が入った。


『そろそろ目的地に着く。着陸態勢に入るから席に座ってシートベルトをしておけ』

「わかった」


 無線機を戻すと、俺とカイトは席に着き、シートベルトを着用した。

 直後、外の風切り音が大きくなっていく。

 上手く着陸したのか、機体は軽く揺れ、ゆっくりと進んでから停止した。


「着いたぞー」


 奥の操縦席からおやっさんが現れる。

 俺はシートベルトをはずしながら、目的地のことを聞く。


「それで、おやっさん。結構長く飛んでたけど、どこに着いたんだ?」

「北ヨーロッパのスカンディナヴィア半島にある小国スカイ――影の国だ」


 影の国。

 その名を聞いた瞬間、俺の脳裏に苦い記憶が一気によみがえった。


「……おやっさん」

「なんだ?」

「いますぐ別の場所に行かねぇ?」

「そいつは無理な話だ。おまえは闘技場に出場して資金を稼いでもらうからな」

「ふざけんなゴラァッ!!」


 俺はおやっさんの胸ぐらをつかんで引き寄せる。


「俺がこの国のボスと相性最悪なのは知ってるだろ!!」

「いつの話を知ってんだ。とにかく闘技場に出ろ。おまえならあっという間に優勝するだろ」

「出ねぇ!! 絶対出ねぇ!!」

「エントリーは済んでるぞ」

「また俺の許可なく!! おやっさんのそういうとこ嫌い!!」


 身勝手なおやっさんに文句をぶつけていると、カイトが俺たちに問いかけてきた。


「なあ、“影の国”ってどんな国なんだ?」

「なんだ、坊主。知らねぇのか? しょうがねぇな。世界のあちこちを駆け巡ったアカサビさまが教えてやろう」


 おやっさんが世界のあちこち駆け巡っていたかはツッコまず、俺は黙って解説を聞く。


 影の国 −スカイ−。

 ならず者たちが集まる、霧に覆われた小国。

 世界政府の目を掻い潜り、ギリギリラインの法律違反をしている火薬の匂いと花で彩られた夜の世界。

 パンツァーが戦う闘技場『ヴァルキュリア』があり、腕試しをしたい者、大金を稼ぎたい者が出場している。

 それに合わせて各企業のパーツが裏流通されている。

 どうやって裏流通されているかだって?

 それはこの国のボスが各企業の社員をうまーく言いくるめて流してもらっているそうだ。

 さらに企業のお偉いさん方がよく訪れる超高級風俗店『ヴァルズロック』

 見目の良い娼婦、男娼が揃っており、客はお気に入りを見つけて、甘いひとときを楽しんでいく。

 しかし、そこは超高級店。傷物にしたら即罰金。高い会員費を滞納したら問答無用で強制退会だ。

 ちなみにこの超高級風俗店のオーナーも、この国のボスが務めている。


「国のトップが一番がんばっているんだなって思った」


 おやっさんの解説を聞いて、カイトは素直な感想を口にする。

 おやっさんは同感だとばかりうなずく。


「性格は悪いが、クロガネよりは頭が良いからな」

「どういう意味だ、おやっさん」


 聞き捨てならない台詞に、俺の闘争心に火がついた。


「そこまで言うなら闘技場に出場してやるよ!!」

「ようやくやる気が出たか。そんじゃあ、使用するレンタルパンツァーを選んでおけ」


 おやっさんにタブレットを渡され、俺はレンタルパンツァーの一覧に目を通す。


「二脚、タンク、四脚……。あー、クソッ。軽量系は借りられちまってるのか」

「シュヴァルツ・アシェを使えばいいんじゃないか?」


 俺のとなりでそう言ったカイトに、俺は全身の血の気が引いた。


「指名手配中のトンデモ兵器で出場なんて、“狙ってください”って言ってるようなもんだぞ。それと、闘技場で使用するのはレンタルパンツァーって決まっているんだ」

「それは不正を防ぐためか?」

「そういうことだが、此処は影の国。ならず者たちが集う場所。裏で整備員に金を渡して細工させる輩もいるけどな」

「卑怯なことされても、クロガネは勝てるのか?」


 カイトの質問に、俺は力強く答える。


「勝つに決まってんだろ」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ローマのコロッセオを模した闘技場『ヴァルキュリア』

 中量二脚のレンタルパンツァーを選んだ俺は、裏手にあるガレージで動作チェックをしていた。

 騎士のようなデザインが特徴的なこのパンツァーのパーツ及びレーザー系の武器を製造しているのは『KNIGHTS・OF・TWELVE − ナイツ・オブ・トゥエルブ − 』、通称:KOT。

 かつて『イギリス』と呼ばれた地を本拠地とし、パンツァーの見た目のデザインから最も支持が高い企業だ。

 ただ、騎士をコンセプトにしているせいか軽量型のパーツがない。相手の隙をつき、急所を狙うスタイルの俺にとって扱いづらいパンツァーだ。


「くっそ〜。俺が軽量型パンツァーで大暴れしたせいか? それで軽量型パンツァーが少ないのか? ふざけやがって、あの暴君め」


 俺が不平をたらたら言っていると、開けっ放しのコックピットにカイトが乗り込んできた。


「クロガネ。相性が良い武器を選んでおいたぞ」

「おっ、ありがとな。カイト」


 俺はカイトに礼を言い、差し出されたタブレットを受け取る。

 見た目が目立つカイトは、おやっさんから借りたジャケットにハンチング帽を着用していた。

 タブレットに映された武器一覧を見て、俺は笑みを浮かべる。


白百合パイパイフーアの暗器、ヘリオポリスの軽火器が使えるか」

「クロガネはレーザー系の武器は苦手なのか?」

「出力調整が難しくてな。ずっと前にうっかり最大チャージでレーザーブレードを振り回して、護衛対象の貨物列車をぶった斬って依頼主に怒られた。それ以来使ってない」


 苦い失敗談を語れば、カイトはくすくす笑う。


「クロガネでも失敗するんだな」

「レーザー武器じゃなければ成功してた。てか、笑うな」

「ごめん。今度調整の仕方教えてやるよ。その代わり……」

「その代わり……なんだ?」


 俺はカイトへ視線をやる。

 ちょっと言いにくそうに、顔をうつむかせてもじもじしている。

 なんでもじもじしてんだよ。こっちも気恥ずかしくなるだろう。


「さっさと言え」

「――を教えてほしい」

「なんだって?」

「護身術を教えてほしい!!」


 急に大きな声で言ったカイトに、俺はびっくりして身を引く。

 われに返ったカイトは、「ごめん」と謝ると、ぽつりぽつりと理由を語る。


「前みたいにクロガネが留守だったときのことを考えたら、俺も護身術のひとつやふたつは身に付けておきたい、と思ったんだ」

「そういうことか」


 カイトの言い分も一理はある。

 俺が教えてやっても構わないが……。


(俺の護身術って、護身というより反撃カウンターなんだよな)


 昔の癖がいまだに抜けておらず、うっかりお陀仏だぶつにしてしまいました〜、なんて一度や二度ではない。

 そんな俺の危険増々な護身術をカイトに教えてやっていいものか。


「俺じゃないとだめか? おやっさんのほうが……」

「クロガネがいい」


 はっきりと答えたカイトに、俺は“おやっさん”という選択肢を諦めた。


「弱音を吐いても知らねぇからな」

「努力する」

「とりあえず、簡単な護身術だけ伝えておくぞ。相手が男なら股間を蹴ろ。それだけで動けなくなる」

「わかった」


 カイトはうなずくと、「試合がんばれよ」と言い残して地上へ降りていった。

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