カイトの過去

 ガタッという音が背後から聞こえ、俺は振り返る。


「……カイト?」


 目に入ったのは、椅子から倒れたカイトの姿。

 俺はすぐ席を立って側に寄る。


「おい!! カイト!! しっかりしろ!!」

「……ハッ……ハッ……」


 カイトは顔面蒼白で浅い呼吸を繰り返し、己の胸をぎゅっとつかむ。

 俺は苦しげなカイトを抱き起こすと、ゆっくりとした口調で相手に伝える。


「カイト。ゆっくり深呼吸しろ。あせらず、ゆっくりだ」


 カイトの速くなった呼吸を整えるため、俺はゆっくり背中を押してやる。

 カイトは俺の言う通りゆっくり呼吸していく。だんだん落ち着いてきたのか、呼吸が安定したと同時に気を失ってしまった。

 直後、シュヴァルツ・アシェが緑の粒子へと変化する。


「またかよッ!!」


 俺はカイトを横抱きにして、外へと出る。

 着地したと同時、シュヴァルツ・アシェはあっという間に消え去っていった。


(カイトが目を覚ますまで、シュヴァルツ・アシェは呼び出せない。どうしたもんか……)


 移動手段を失って俺が途方に暮れていると、どこからともなく町の人たちがぞろぞろと集まってきた。

 生きていたことに安堵あんどするも、彼らの眼を見てすぐ警戒態勢に入る。

 絶望と憎悪に満ちた眼。戦場でよく見る眼だったからだ。

 彼らは俺の目の前で足を止める。そのなかから現れたのは小太りの男――町長だ。


「クロガネくん!! 君のせいで町はめちゃくちゃだ!!」

「なんで俺のせいになるんだよ。町をめちゃくちゃにしたのは、俺がぶっ壊したパンツァーのほうだろ」

「そのパンツァーの侵入を許したのは君だろう!! 君が指名手配犯と手を組んだせいでな!!」


 カイトを指差す町長に、俺のなかである疑念が浮かぶ。


「なんで俺がカイトと手を組んだこと、あんたが知っているんだ?」


 俺の指摘に、町長の表情が強張る。


「そ、それは……」

「そもそもカイトは一歩も俺の家から出ていない。顔を見たのはアンナだけだ。アンナから聞いたのか? それとも……」

「クロガネと指名手配犯を捕らえろ!!」


 俺が核心を突く前に、町長が叫んだ。

 町長に命じられ、町の人たちがじりじりと俺に詰め寄ってくる。

 頭のなかで逃走ルートを考える矢先、頭上からプロペラが回る音とともに強風が吹き荒れる。

 上空を見上げれば、火の鳥のデカールを付けた大型ヘリが降下してきた。


『クロガネ!!』


 おやっさんの呼び声とともに、大型ヘリのハッチが開く。俺は一気に駆け出し、そこへ飛び乗った。

 町の人たちも飛び乗ろうとするが、間一髪のところで大型ヘリは急上昇していく。

 ハッチが閉まると、俺は壁に寄りかかって座り込んだ。

 安心してひと息つくと、壁に備え付けられた無線機を手に取る。


「ありがとう、おやっさん」

『町が火の海になってたからな。おまえたちになにかあったかと思ったんだ。想像以上の面倒事になってたけどな』

「ああ。かなり面倒くさいことになった」


 俺はおやっさんにカイトを襲った元YAMATO企業の兵士と、町長の言動について語った。

 短い沈黙のあと、おやっさんが話す。


『まあ、此方の嘘を見抜いてたってことだよな』

「やっぱりそうなるか」

『わかりやすい嘘だったし、多めの報酬金をもらって浮かれるアホだからな。弱いって舐められたかもしれねぇな』


 おやっさんの発言に、俺は内心イラッとする。


「おやっさん。俺のことバカにしてる?」

『事実だろ。普段ヘラヘラしてるから甘く見られるんだ。もう少しシャキッとしろ』

「仕事のときはシャキッとしてるだろ!!」


 俺が言い返すと、おやっさんは本題へ切り替える。


『おめぇのことより坊主の件だ。世界政府は刺客を送ったり、町の人を奸計かんけいに使ってまで坊主を捕らえようとしている。いままで通りのやり方は厳しいぞ』


 おやっさんの指摘に、俺は「わかってる」と返す。

 いままで一般人が暮らす街に拠点を置いて傭兵活動をしていたが、カイトを匿っていること、かつ世界政府から目を付けられた状態では動きづらくなってしまう。


「世界政府の目をどう掻い潜るかだな」

『世界政府だけじゃねぇ。企業もヴィルトゥエルの技術欲しさに坊主を狙ってくるはずだ』

「前門の虎後門の狼か。世界政府と企業の恩恵を受けてない町があればいいんだが……」


 そのような町は存在しない。

 ほとんど彼らの恩恵がなければ、生活が成り立たないからだ。

 俺が別の案を考えようとしたとき、おやっさんがなにか思いだしたように「あ」と声を上げた。


『あったわ。世界政府と企業の目を掻い潜って、独自の発展を遂げた小国が』

「マジか。どこだよ」

『おまえも一度は行ってる』


 一度は?

 おやっさんに言われても、俺はいまいちピンッとこない。

 返答のない俺に、おやっさんはあきれたのかため息をつく。


『まあいい。どの道そこには行くことになるからな』

「そうなのか?」

『依頼の受注にな。とりあえず、おまえは坊主と一緒にしばらく休んでろ。着いたら無線で知らせる』


 それだけ伝えて、おやっさんは通信を切った。

 俺は目的地が気になったが、おやっさんに言われた通り休むことにした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……クロガネ」


 名前を呼ばれて目を覚ます。

 顔を上げれば、カイトが目の前に座っていた。


「俺、いつの間に寝てたか?」

「うん」

「そうか」


 元気のないカイトを見て、あの男から言われたことをまだ引きずっているようだ。

 俺は意を決して、カイトに尋ねる。


「なあ、カイト。ヴィルトゥエルの生体CPUにされたとき、なにがあった? そのあと、おまえはどうやって生活してきた? 話してくれないか?」

「それは……」


 カイトは言いにくそうに口をつぐむ。

 本来なら依頼主のプライベートに関しては追及しないのだが、俺はヴィルトゥエル改めシュヴァルツ・アシェのパイロットだ。

 俺専用機ならば、生体CPUであるカイトのことも知っておかなければならない。


「もし戦闘中におまえがまた精神不安定になったら、俺はおまえを守ることができなくなる。だから話してくれないか?」


 今後のことを察したのか、ようやくカイトは口を開いた。


「気づいていると思うが、ヴィルトゥエルの生みの親であるマティアス・シュミットは俺の父親だ」

「ああ。それは苗字で察した」

「生体CPUの実験体にされたのは六歳の頃。それからは密室での監禁生活と実験の繰り返しだった」


 カイトは語る。

 マティアス博士は『ヴィルトゥエルの技術を他者に奪われてはならない』と口癖のようにカイトに言い聞かせていた。

 実験がつらくてカイトが駄々をこねても、『人類の未来のためだ』と言って聞いてくれない。

 母親に助けを求めても、父親の言いなりであるため助けてはくれなかった。


 月日が流れ、カイトが十二歳の誕生日を迎えたとき、事件は起きた。

 いつも以上に過酷な実験に耐えかねたカイトは無意識にヴィルトゥエルを発現させ、マティアス博士を殺害した。

 そして、夫の死を目撃してしまったカイトの母親は息子の目の前で命を絶った。


「母さんが亡くなったショックで俺は気を失った。目が覚めたときは、いつの間にか養護施設で保護されていた。院長から聞いた話だと、俺は施設の入口で倒れていたらしい」


 どうやって養護施設へ来たのかは結局わからず、カイトはしばらくそこで暮らすことになった。


「そして十五歳になったとき、俺の悪夢は始まった」


 養護施設のあった町が企業同士の争いに巻き込まれた。

 運良く逃げ延びたカイトは、ある企業の兵士に保護されたのだが――。


「娼婦を買うお金がもったいないって理由で……兵士たちの慰みものにされた」


 日数は覚えていない、とカイトは言っていた。

 心を閉ざさないと精神が保たないからだ。

 カイトは散々弄ばれ、飽きられたあとは人身売買のオークションに売られた。

 そのあとのことは記憶が曖昧で、二十歳になったときにはヴィルトゥエルで世界中を震撼させるテロリストになっていた。


 話を聞き終えた俺はなんとも言えない気持ちになる。

 カイトの感情が希薄なのは、間違いなく慰みものにされていたのが大きな原因だ。そのときの傷心がかなり深い。

 いまだに抱かれるのも、過去の恐怖心と誰も助けてくれない絶望感から心を守ろうと、無意識のうちに自分から誘うような行動をするのだろう。


「もし、マティアス博士が生きていたら……顔面を変形させるまで殴りつけるだろうな、俺」


 そう言って、俺はカイトの頭に手を置く。


「つらかったな。いままでよく耐えてきた」


 俺がそう伝えると、カイトは目を大きく見開く。両眼から涙があふれると同時、息が詰まるほど泣きだす。

 子どものように泣きじゃくるカイトを、俺は黙って抱きしめた。

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