花の館へ殴り込み

 1回戦を突破したクロガネは、そのあとも順調に勝ち進んだ。決勝戦までたどり着き、ガレージで機体の調整をしていると、困った様子のアカサビがやってきた。


「おーい、クロガネ。坊主、見てないか?」


 アカサビが声を張り上げて聞けば、クロガネも同じ声量で答える。


「見てないぞ。つうか、おやっさんと一緒じゃなかったのか?」

「1回戦が終わったあと、“便所に行ってくる”って行ったきり戻ってきてねぇぞ」


 アカサビの話を聞いて、クロガネは一瞬固まる。


 トイレに行ったきり戻ってこないカイト。

 ならず者たちが集う影の国。つまり狼の巣窟そうくつ

 目立たないようにしているが、無意識に男を魅了させるカイト。結果は……。


「だあああああああッ!! 俺にそんなこと考えさせるなあああああッ!!」


 突如浮かんだやましい妄想に、クロガネは絶叫し、かぶりを振る。

 ひとまずトイレを見に行こう。

 そう決めたクロガネが足を進めようとしたとき、カイトから預かっていたタブレットが急にピコピコと鳴りだす。びっくりしてタブレットを落としそうになるも、画面の映像に釘付けになる。


「……なんだこれ?」


 映しだされたのは、スカイの町並みと歩く人々の姿。


(これは、監視カメラの映像か? なんでそんなのがカイトのタブレットに?)


 クロガネが疑問を抱くなか、映像が切り替わり、超高級風俗店『ヴァルズロック』が映される。

 次いで映像は店内になり、最上階の部屋スイートルームへ切り替わった瞬間、クロガネは目を見開く。

 その部屋のベッドにカイトが眠っていた。

 なんでカイトが『ヴァルズロック』にいるのか? という謎は空の彼方へ吹っ飛び、クロガネはアカサビに謝罪する。


「わりぃ、おやっさん。決勝戦は棄権するわ」

「はあ!? おまえ、なに言って……」


 クロガネはアカサビにタブレットを押しつけると、愛刀の『黒焔こくえん』を手に取る。


「カイトが捕まった。ちょいとヴァルズロックに殴り込んでくる」

「おい、クロガネ!!」


 アカサビの制止を振り切り、クロガネはガレージをあとにした。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 超高級風俗店『ヴァルズロック』


 童話に出てくるお城のような外観をした特徴的な建造物。

 クロガネは正面入口であるウッドドアの前に立ち、思いっきり扉を蹴飛ばした。力加減をしなかったせいで、扉はへこみ、勢いよく吹っ飛ぶ。気にせずロビーへ足を踏み入れれば、あ然と立ち尽くすスタッフと客が目に入る。

 クロガネは満面の笑顔であいさつをした。


「ちわ〜、なんでも屋です。うちの依頼人来ていませんか〜。……よくわかんない顔してますね。そんじゃあ、勝手に探させてもらいます」


 クロガネはペラペラと独り言を言いながら、最上階直通エレベーターへ向かう。だが、ふたりの屈強な警備員たちに阻まれてしまった。


「あんた、クロガネだろ。問題を起こして出禁になってるはずだが、何用なにようだ?」


 嫌な記憶を蒸し返されてクロガネはげんなりする。

 それはマフィアのボスのお気に入りの娼婦にすり寄られていた件だ。運悪くボスに目撃され、逆上した相手がクロガネに突っかかってきた。

 クロガネが事情を話しても一方的に悪者扱いしてくるため、腹が立った彼はボスを殴った。結果、ボスの子分たちとも乱闘になって、店内の備品を壊した。

 後日修繕費の請求書が送られてきて、あまりの高額にクロガネは白目をむいて気を失いかけた。しかし気合と根性により一ヶ月で完済した。

 マフィアのボスと娼婦は、アカサビから聞いた話によると、ボスにも請求書が届き、かつ強制退会された。娼婦は起因となった元凶だったので店側からきついお説教を受けたあと、マフィアのボスとともに追放されたそうだ。


(まあ、俺には関係のないことだが――。)と、クロガネは警備員たちと対峙する。


「出禁っていつの話だ? むしろ俺は男女のもつれに巻き込まれた被害者だぞ」

「おまえが来るとろくなことばかり起きるんだ。とっとと帰りな」

「連れを返してもらったら帰るさ。……カイトっていう若い男なんだが――ッ!!」


 クロガネがカイトの名前を出した瞬間、ひとりの警備員が殴りかかってくる。

 クロガネは反射的に背を反らしてかわすと、拳を振り上げ、相手の顎を狙ってアッパーカットを打ち込んだ。

 泡を噴いて仰向けに倒れた同僚を見て、逆上した片割れがクロガネの胸ぐらをつかみかかる。

 クロガネはその腕をつかむと、あっという間にひねり上げて背負い投げをした。勢いが良すぎてカウンターまで吹っ飛んだが、そこは見て見ぬ振り。

 警備員たちを排除すると、クロガネは最上階直通エレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターが上がっていくなか、クロガネはこの先の……最上階に着いたあとの展開を予想する。ロビーで暴れたため警備が厳戒態勢になるはずだ。まして、カイトの名を出しただけで殴りかかってきた。“クロガネを阻止しろ”と上からの命令が出ているはずだ。


(カイトへの執着が強いな。知りたくはないが、どういった関係なんだろうな)


 せめて恋愛絡みは勘弁してほしい。


 そう願いつつ、クロガネは『黒焔』を構える。

 最上階へ着き、扉が開くと同時、クロガネは床を勢いよく蹴った。

 目の前にはサブマシンガンを構えた警備員たち。数は五、六人。彼らはエレベーターの扉が開いた直後サブマシンガンを撃つつもりでいたが、それよりも速くクロガネが飛びだしてきたため戸惑ってしまう。

 クロガネはすかさず『黒焔』を振るい、警備員たちが持つサブマシンガンを一撃で切り落とし、ひるんだ相手には峰打ちをたたき込む。ひるまなかった相手にはこめかみを狙ってハイキックを食らわせた。

 エレベーター付近の警備員を一掃し、先へ進めば、ぞろぞろと新たな警備員たちが湧いてくる。


(あー、全員相手にするのは面倒だな)


 うんざりしたクロガネは先ほど倒した警備員から拝借した閃光手榴弾を手にすると、迫りくる警備員たちへ放り投げる。瞬間、激しい閃光と打ち上げ花火のような爆音が屋内に広がり、警備員たちは目眩めまいを起こしてうずくまった。

 クロガネは彼らが動けないうちに、わずかにできた隙間を掻い潜ると、「お疲れさん」とひと声かけてから、『黒焔』で床を切り落とした。

 床が崩壊する音と警備員たちの絶叫が響くなか、クロガネは気にせず先へ進む。スイートルームに隣接する展望室へ足を踏み入れた瞬間、彼の足を狙って数発の銃弾が飛んできた。

 クロガネは間髪を容れず、『黒焔』で切り落とす。


「相変わらず、怪物じみた反射神経ですね」


 丁寧かつ冷静な男の声色に、クロガネは視線を前へ向ける。

 展望室の中央には、ロング丈で紫色のチャイナドレスを身にまとった、腰まで伸ばした黒髪ロングヘアーの……長身の男が立っていた。その姿を見たクロガネはげんなりする。


「なんでチャイナ服なんだよ。目のやり場がきついからせめてズボンを穿いてくれ」

「趣味ですので」


 涼しい口調で返してきたこの男の名はランスロー。影の国スカイのボスの秘書かつ懐刀ふところがたな。趣味は女装。但し、本人曰く「オカマではない」らしい。

 パンツァーの操縦技量も高く、特に狙撃を得意としている。さらに生身での戦闘は軍人以上で、クロガネと互角に渡り合えるほど強い。

 ランスローはロングライフルを手放し、腰に備えた剣を抜く。

 優美なしぐさでレイピアを構える相手に、クロガネは体勢を低くし、『黒焔』の鞘に手をやる。

 沈黙と張り詰めた空気が流れるなか、クロガネとランスローが動いたのはほぼ同時。床を蹴り、一気に距離を詰める。

 クロガネは顔面を狙って突き出された剣先をぎりぎりで避け、『黒焔』を抜刀する。首を狙って刃を振り上げるも、ランスローは背を反らして攻撃をかわした。

 直後、足を振り上げてきた相手に、クロガネは鞘で防御する。びりびりと小刻みに震える鞘に、一撃の重さを実感した。

 クロガネはランスローの足を押し返し、『黒焔』を振るう。

 ランスローは刃をかわすと、レイピアによる連続突き攻撃を繰り出す。

 クロガネは『黒焔』で突き出される剣先をはね返すが、次第に相手の攻撃速度が上がっていることに気づいた。


 このままだと押し負ける。


 そう判断したクロガネは、一か八かかの賭けに出た。

 相手の攻撃を防ぎながら剣先の位置をずらし、わざと右肩で受け止めた。


「――ッ!!」


 痛みを堪え、そのままランスローへ突進し、相手の腰をつかむ。床を強く蹴って駆け出すと、勢いのままスイートルームの扉を突き破り、部屋のなかへ転がり込んだ。

 クロガネの目に入ったのはベッドに座り込むカイトと、股間を押さえてうずくまる若い男の情けない姿だった。

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