禍津日−MAGATSUHI−〜迷いなき決断

 家に着いた途端、なかから男の罵声が聞こえてきた。

 自分勝手な発言に憤りを覚える。

 ドアを開け、音を立てずに男へ近づく。

 カイトへ意識が集中しているせいで、俺が背後へ立っていても気づかない。


「てめぇは一生俺の物だ!!」


 その台詞を聞いた直後、俺は足を振り上げ、男を蹴り飛ばした。

 力加減をしなかったせいで、相手は部屋の奥まで吹っ飛んだ。テーブルやら食器やらの物にぶつかって床に倒れる。

 俺はカイトを抱き起こし、うずくまっている男をにらみつけた。


「俺の依頼主になにしてんだ? 強姦野郎」

「誰だ!! てめぇぇえええッ!!」


 怒り心頭の男はすぐに立ち上がり、俺へ拳を振り上げる。

 俺はその拳を片手で受け止め、カウンターで顔面にストレートをたたき込んだ。


「――ッ!! 俺の邪魔するなああああッ!!」


 男は喚き散らしながら、俺に飛びかかってくる。

 俺は身を屈めると、相手のあごに狙いを定め、掌底しょうていを食らわせた。

 本来なら受けた衝撃で脳が揺れて動けなくなるのだが、男はふらつきながらも膝を着くことはなかった。

 さすが元軍人、と関心していると、男が俺に問いかけてくる。


「おまえぇええ、そいつの新しい男か?」

「……は?」


 なに言ってんだ、こいつ。


 男の質問がくだらなくて、俺はため息をつく。


「カイトは俺の依頼主だ。俺はこいつから護衛依頼を受けている。ビジネス関係だ。そういう間柄じゃねえ」

「嘘だ!!」

「ああ?」


 嘘と言われ、俺は男へ視線をやる。

 目を大きく見開いているが、焦点が合っていない。キョロキョロと眼球が忙しなく動く様子がとても不気味だった。


「あ、あいつは……隊長に抱かれた。隊長を誘ったんだ。お、俺が……俺が先に惚れたのに……俺が抱きたかったのによおおおお!!」


 男は狂ったように叫ぶ。

 俺はカイトを背後へやり、相手の言葉をかいつまむ。


(要点だけ拾うと、こいつはカイトに惚れていた。予想だが、夜這いをかけようとしていたが、こいつの上司が先にカイトを抱いた……と)


 クズだな、と思った。

 カイトは“誘う”なんてしない。

 カエルレウムと同様、この男とその上司はということだ。

 黙っている俺に、男は八つ当たりのようにベラベラと言いまくる。


「おまえだって、抱いたんだろ!! あいつに誘われて!! くそっ!! なんでほかの男ばかり!! 俺からなにもかも奪っておいてよぉッ!! ずりぃだろ!!」


 抱いてねぇよ。

 俺は口に出さず、心のなかで否定する。

 キスは二回(一回目はディープキス)されたが、どっちも訳ありだ。男が考えているような行為はやっていない。

 それにしてもこの男、かなり情動じょうどうが不安定だ。カイトに対して恋慕や怨恨が入り混じっている。

 こういう輩はから一番厄介だ。

 俺が警戒するなか、急に男がおとなしくなる。それから顔をうつむかせたまま、ゆっくりと立ち上がった。


「……もういい」


 男がつぶやいた瞬間、カイトが俺の腕をつかむ。


「上空に所属不明のパンツァーが高速で飛行中。――こっちに向かってる!!」


 カイトの警告を聞き、俺は急いで外へ出る。

 瞬間、地響きが鳴り、その反動で家が半壊した。

 半壊した家の先には――重々しい武装をした二脚のパンツァーが立っていた。

 ネイビーブルーに彩られ、血管のような赤紫色の模様が描かれた装甲。機体パーツは重量系で組み立てられ、武器は両手に大型の長射程ショットガン、肩部には中型3連双体ミサイル、8連装垂直ミサイルが装備されている。

 武器はよく見かける物だが、機体パーツはどの企業でも見たことないデザインをしていた。


(なんだ、あのパンツァー。あんな禍々しいデザイン見たことねぇぞ)


 俺とカイトがじっと見つめるなか、謎のパンツァーがこちらへカメラアイを向ける。直後、あの男の声が響いてきた。


『俺の物にならねぇなら、この“禍津日まがつひ”で町をめちゃくちゃにしてやる!! 多くの人間を始末してやる!! おまえが、俺の仲間を消し炭にしたようになあッ!!』


 男はそれだけ告げて、町の中央へ機体を飛ばす。

 身勝手な相手の言動に俺は呆れると、となりにいるカイトへ視線をやる。

 眼を大きく見開き、禍津日と呼ばれたパンツァーが町を破壊していく光景を見つめていた。


「俺のせいなのか?」


 カイトは声を震わせながら、俺に聞いてくる。


「俺のせいで、人の命を奪うのか?」


 俺はカイトと視線を合わせないまま、相手の腕をつかんだ。


「カイト。シュヴァルツ・アシェを出せ」


 カイトの腕が強張る。

 俺は無視して言葉を続けた。


「なにがあったかは知らねぇが、自分で蒔いた種は自分で刈れ」


 普段と違う、俺の冷静な声に反応してカイトが顔を上げる。

 あの青い瞳に映った俺は、感情がまったくない顔をしているんだろうな。


「だが、依頼主であるおまえがやられたら俺が困る。今回は特別だ。戦闘は俺がやる。カイトは機体の調整に集中しろ」

「わかった」


 俺の意思を察したのか、カイトはシュヴァルツ・アシェを呼びだす。

 今回は重量二脚型のパーツで組み立て、武器は左腕に射突型ブレードのパイルバンカー、右腕に大口径ハンドガン、両肩には小型連装グレネードキャノンを装備した。

 俺はカイトとともにコックピットへ乗り込む。ハッチが閉まると、外の景色が映し出される。

 町はほんの数分で火の海になっていた。そのなかを闊歩かっぽする禍津日の姿は、悪鬼邪神にすら見えてくる。

 操縦桿を握った俺は、シュヴァルツ・アシェを最大ブーストで飛ばす。町の破壊に集中している邪神の背中目掛け、勢いを落とさないまま両脚のバネを活用した飛び蹴りを食らわせた。


『――ッ⁉ てめぇぇえええッ!!』


 唐突な不意打ちに、禍津日のパイロットである男の怒声が上がる。

 相手がミサイルで反撃してくる。いくつかはハンドガンで撃ち落として残りはかわした。


『ちょこまか逃げやがって!! この臆病者が!!』


 男は罵りながらショットガンを撃ちまくる。

 俺は弾丸を避けつつ、相手の行動を注視した。

 機体は最新鋭だが、パイロットである男はカイトへの執着があだとなり性能を活かしきれていない。


『隊長には抱かれて、俺を拒むなんておかしいだろぉッ!! 全部奪っといてよぉ!! 不公平だろうがぁぁああああ!! 抱かせろ抱かせろ抱かせろ抱かせろ抱かせろぉぉおお!!』


 ぎゃあぎゃあ喚き散らす男。

 俺はさっきから黙ったままのカイトへ視線をやる。

 平静を装っているが、顔色が悪い。男の言葉で過去の嫌な出来事を思いだしてしまったのだろう。


(早々に片付けたほうがいいな)


 そう判断した俺の心は冷え切っていた。

 禍津日へ通信をつなげると、俺はパイロットの男に向けてはっきりと告げる。


「おまえ、危険だから消すわ」


『……は?』


 相手の間抜けな声は無視し、俺は“戦うことだけ”に集中する。

 最大ブーストで禍津日との間合いを詰め、頭部に右肩のグレネードキャノンを放つ。直撃と同時、通信にノイズが入った。


『ガッ……ガガッ……てめぇ……!!』


 禍津日がミサイルを放つ直前、俺はハンドガンで両肩のミサイルコンテナを破壊。さらに左肩のグレネードキャノンで右腕を吹き飛ばした。


『――ッ!! このッ……!!』


 武装をことごとく破壊され、禍津日は残された左腕でショットガンを撃つ。

 だが、撃ったときの反動が大きいのもあり、照準がぶれ、弾丸はシュヴァルツ・アシェの真横を通り過ぎていく。


『くそッ!! なんで当たらねぇんだ!! 最新鋭のパンツァーだぞ!!』


 最新鋭のパンツァーでもパイロットが使いこなせていなかったら、そこら辺のパンツァーの性能と変わらない。

 とどめを刺すべく、俺はシュヴァルツ・アシェの左腕に装備されたパイルバンカーを構える。

 そのとき、ずっと黙り込んでいたカイトが俺に話しかけてきた。


「クロガネ」


 不安が含まれた声音で、カイトは俺に尋ねる。


「あの人の命を奪うのか?」


 俺はカイトの質問に答えず、シュヴァルツ・アシェを駆る。

 禍津日との間合いを詰め、コックピットに狙いを定め、左腕を振り上げた。

 強力アッパートともにパイルバンカーに搭載された杭がコックピットに打ち込まれる。

 通信で一瞬聞こえた男の悲鳴はノイズに飲まれて消え、禍津日は鉄屑となって崩れていった。

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