仮想戦機ヴィルトゥエル

 

『こ……こんな……こんな事があってたまるか!!』


 動きだしたヴィルトゥエルが信じられないのか、カエルレウムのヒステリックな声がスピーカーから聞こえてきた。


『私は君を隅々まで調べた!! だが、ヴィルトゥエルを動かせる方法はわからなかった!! なぜ、その傭兵は動かすことができるんだ!!』


 早口で喚き立てるカエルレウムを耳障りだと思いながら、俺はモニターで搭載された武器を確認する。

 カイトが爆発系の武器が有効だって言ってたな。

 バックユニットの小型連装グレネードキャノン、試しに撃ってみるか。

 俺はヘカトン・ケパレーの頭部に照準を合わせ、バックユニットのボタンを押す。

 コンッ!! コンッ!! というノック音とともに砲弾が放たれ、ヘカトン・ケパレーの頭部に直撃した。

 無数の金切り声が響き、機体が大きくかたむく。


『人が話しているときに砲撃とは……!! 少しは空気を読め!!』

「おお、悪い悪い。あんたの声が耳障りだったから、つい撃っちまった」

『傭兵の分際で――ッ!!』


 ヘカトン・ケパレーから拡散ビームが放たれる。

 俺は上空へ飛び上がり、隙間をくぐり抜けながらかわしていく。

 ビームが装甲をかするも、“自己修復機能”ですぐに復元され、大したダメージにはならない。


「集中砲火や当たりどころが悪いと修復に時間がかかる。気をつけろ」

「りょーかい」


 カイトからの忠告を受けとめ、最小限の動きで攻撃をかわしつつ、ヘカトン・ケパレーの真上へ飛び上がる。

 ヴィルトゥエルの左腕に装着された炸裂弾投射器を横へなぎ払うように振るえば、コンテナが展開され、大量の爆雷がヘカトン・ケパレーへ降り注ぐ。

 爆発音と金切り声の大合唱と爆炎に包まれた光景はまるで地獄のようだ。


『ありえない!! ありえないありえないありえない!! 私は最高の科学者だぞ!! 最高の科学者である私が……たかが傭兵に負けるなど!!』


 敗北を認めたくないのか、カエルレウムはずっと叫んでいる。


『カイト!! 君も私を愛しているだろ!! 愛しているなら、そこの傭兵より私にヴィルトゥエルを預けるべきだ!!』


 カエルレウムは必死な声色でカイトに呼びかける。

 俺は気になってカイトのほうへ視線をやれば、カイトは表情を変えずに告げた。


「気持ち悪い」


 その一言に俺は笑いそうになるが、必死に堪える。

 一方のカエルレウムはショックで動揺しているのか、「ううううううう!!」とうなりだす。その様子からカイトに相当入れ込んでいるのがわかった。


『わ、私をもてあそんだのか……。薄汚い男娼の分際でぇぇぇえええッ!!』


 カエルレウムが絶叫しながら、ヘカトン・ケパレーで突っ込んでくる。

 避けるのも面倒だった俺は、ギリギリまで相手を引きつけてから小型連装グレネードキャノンを撃った。

 爆発の衝撃で動きが止まったヘカトン・ケパレーの頭部をわしづかむ。


「あんたは自分勝手な発言ばかりだな」


 通信が届いているかわからないが、俺はカエルレウムに言う。


「カイトがあんたを弄んだ? 違う、逆だ。あんたがカイトを弄んだ。被害妄想も大概たいがいにしろ、エロジジイ!!」


 頭部を引き千切り、胴体は施設に向かって蹴り飛ばす。


「ヘカトン・ケパレーのシールド消失。バックユニットを小型連装グレネードキャノンからプラズマキャノンへ武装変更」


 カイトが敵の状態とバックユニットの武装変更を知らせる。

 ん? 武装変更?


「カイト。バックユニットの武装変更は不可能のはずだが?」


 手持ち武器の換装ならわかるが、バックユニットの武装変更はガレージに戻らないとできない。

 俺の疑問に、カイトは作業の手を止めずに答える。


「ヴィルトゥエルはデータで構築された兵器だ。使用するパーツも武器もデータで保管されている。生体CPUである俺がいれば、その場で変更が可能だ」


 なるほど。カイトがいないと、ヴィルトゥエルの本領を発揮することができないってわけか。

 俺がひとり納得していると、ヴィルトゥエルのバックユニットが小型連装グレネードキャノンから細身の銃身をしたライフル型のプラズマキャノンへと変化した。


「プラズマキャノン、エネルギー充填開始。80……90……」


 カイトが発射シークエンスを口にする。

 ふたつの銃口から稲妻エネルギー波が発せられ、互いのエネルギー波がぶつかり合い、巨大なプラズマ球体へと変化する。


「エネルギー充填100パーセント。セーフティロック解除」


 ふたつの銃口がヘカトン・ケパレーへ向けられる。


「照準軸合わせ完了。施設ごと吹っ飛ばせ、クロガネ」

「――応!!」


 カイトの合図を聞いて、俺は引き金をひく。

 銃口から放たれたプラズマ球体は、ヘカトン・ケパレーを押しつぶし、渦を巻き、轟音を立てながら大きくなっていき、ヴァイラスの施設を跡形もなく破壊した。


『……わた……私の……野望……ッ……!!』


 カエルレウムからの最期の通信はノイズ混じりでよく聞き取れなかった。

 ただ、死ぬ間際まで自分の欲望に忠実なクソ野郎だった。

 俺はヴァイラスの施設へ目をやる。

 施設の瓦礫もヘカトン・ケパレーの残骸もなく、黒く染まった大地と黒い粉塵が舞っていた。

 世界政府と数多の企業が狙っている仮想戦機ヴィルトゥエル。

 その強さと危険性を知ってしまった俺は、ロードナイトから受けた依頼をどうするか考えるよりも、先ほどから反応がないカイトが気になって振り返る。

 カイトは……寝ていた。座席に寄りかかり、ぐっすり寝ている様子だ。

 ただ、施設で見たときより、安心した表情を浮かべている。


(もう少しだけ寝かせておくか……)


 カイトをそっとしておき、俺はロードナイトへの言い訳と今後の生活について考えることにした。

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