契約と虚偽

 クロガネはカイトを連れ、後部側のコンテナへ移る。

 この大型ヘリは元来パンツァーを輸送するために用いるものだが、アカサビが自宅代わりとして安く購入し内部を改造した。故に内装がミリタリーというより一般の家みたいな雰囲気になっている。服とかダンボールが散乱しているせいもあるかもしれない。

 折りたたみ式のアウトドアチェアを二つ出し、クロガネはカイトと向かい合って座る。


(さて、どれから話そうか。とりあえずヴィルトゥエルについて聞くか)


 クロガネはヴィルトゥエルについてカイトに聞くことにした。


「なあ、カイト。“ヴィルトゥエル”について詳しく教えてくれないか?」


 クロガネの問いに、カイトは抑揚のない口調で返答する。


「カエルレウムから聞いた通り、ヴィルトゥエルはマティアス・シュミット博士が“仮想空間メタバース”にて開発し、現実世界でデータ構築された機動兵器だ」

「そのヴィルトゥエルの制御をしているのがカイトなんだよな」

「ああ。ヴィルトゥエルの制御および整備は生体CPUである俺の管理下にある」


 カイトの話を聞いて、クロガネはずっと気になっていることを尋ねる。


「ヴィルトゥエルってどこで格納されているんだ? てか、カイトが寝たあと、ヴィルトゥエルが消えちまったんだが……」


 カエルレウムとの戦い後、ヴィルトゥエルは緑の粒子となって消失した。

 寒い雪原に取り残されたクロガネはカイトを抱えて途方に暮れていたが、タイミングよくアカサビが来たので凍死は免れた。そのあとクロガネはアカサビからの拳骨と説教を受ける羽目になった。

 クロガネの質問に、カイトはタブレットを取りだす。


「ヴィルトゥエルは仮想空間メタバースに格納される。こういう電子機器があればどこにでも出現することは可能だ」

「ふーん。消えた理由は?」

「俺はヴィルトゥエルの“生体CPU”だからな。俺が寝てしまえば、ヴィルトゥエルを動かすことはできない。電源みたいなものだ」

「ヴィルトゥエルはカイトが起きてる状態じゃないと動かせないのか」


 カイトが寝ている間、ヴィルトゥエルは現実に出て来ない。万全なセキュリティである。

 また、カイトはヴィルトゥエルは“どこにでも出現することが可能”って言っていた。要するに……。


「ヴィルトゥエルって屋内に出現させることもできるのか?」

「できる」

「じゃあなんでカエルレウムのときは出さなかった? 屋内に出して、さっさととんずらすればよかっただろ」


 痛いところを突かれてしまったのか、カイトは顔をうつむかせる。


「……一度だけやった」

「やったのか。もしかして、ヘカトン・ケパレーに返り討ちにされたのか」


 カイトは黙ってしまう。しばらく沈黙が続いたが、観念したようにカイトが口を開いた。


「俺、パンツァーをまともに動かしたことない」

「……は?」

「クロガネみたいに操縦できない」

「いやいやいや。それじゃあ、いままでどうやって動かしてたんだよ」

「……オートマチックシステム」


 まさかの自動操縦。

 それでよくテロリストやっているな、とクロガネは呆(あき)れた。


「自動操縦でも限度があるだろ」

「基礎的なことはプログラミングされている。あと、俺……戦闘は射撃ぐらいしか練習してない」

「射撃ってことはシミュレーターか。まあ、近接戦闘に関しては模擬戦や実戦じゃねぇと感覚はつかめないからな」


 さしずめ戦闘経験のなさが災いして、カエルレウムに捕まったのだろう。

 クロガネはため息をつく。


「おまえが捕まった原因はわかった。此処からは俺にとって重大な質問だ」

「なに?」

「俺のパンツァーをどこに隠したのと、おまえが俺にキスした理由」


 行動不能になった朧をどこへやったのか気になるが、それ以上にクロガネはカイトがキスをした理由が一番気になった。しかもディープキスである。

 女性にされたことないのに、顔立ちが整った年下の男にされたのだ。

(俺の複雑な気持ち。おまえにわかるか⁉)と、クロガネは叫びたい衝動を必死に抑えた。対して、カイトは真顔で答える。


「クロガネのパンツァーはヴィルトゥエルのパーツとしてデータ変換した」

「……は?」


 ヴィルトゥエルのパーツとして?


「それって二度と戻って来ないってこと?」

「データ化したからそうなるな」

「……マジか」


 固まるクロガネをよそに、カイトは話を続ける。


「キスした理由は、パイロット登録をするためだ。ヴィルトゥエルのパイロット登録は“遺伝子”とされている。血液採取が本来のやり方だが、緊急事態だったからな。生体CPUである俺がクロガネの唾液から直接遺伝子情報を得てパイロット登録した」

「えーっと……要するに。俺はヴィルトゥエルのってこと?」

「そうなるな」

「……カイトは?」

「俺はヴィルトゥエルのCPUだ。パイロットじゃない」


 カイトにディープキスされたことで、クロガネはヴィルトゥエルの正式パイロットとして登録された。

 あまりにも非現実的なことに、クロガネは頭を抱える。


「どうして俺をパイロットに選んだ?」

「クロガネなら信頼できるって思った」


 クロガネの問いに、カイトは俺を見つめながら告げた。


「カエルレウムから俺を守ってくれただろ。クロガネならヴィルトゥエルを任せてもいいって思った」

「会ったばかりの傭兵をよく信頼できるな。俺、おまえを裏切るかもしれないぞ」

「……そうなったらしっかり見切りをつける」


 カイトの表情は変わらないが、ちょっとだけ目が泳いだような気がした。

 からかった詫びとして、クロガネはカイトの頭をなでる。


「冗談だ。依頼されたからにはきっちりやり通す。それが俺の流儀だ」

「世界政府の依頼には嘘の報告をするんだろ?」

「それはそれ。とにかく俺に依頼するならそれなりの報酬金はもらうからな」

「報酬金……」


 報酬金、と聞いて、カイトは考え込む。

 

(もしかして金がないのか? 金がないから体で……はダメだぞ)


 クロガネが心配するなか、カイトはタブレットを操作する。


「いま、俺の所持金はこれくらいだけど……」


 カイトは画面に映った所持金をクロガネに見せる。

 その額を見て、クロガネは度肝を抜いた。


「えっ……。俺の所持金より多くね?」

「ほんの少ししか使わないから」

「機体の修理とかパーツとか武器とかどうしてんだ!?」

「修理は仮想空間メタバース内でやるし、パーツと武器はデータ化しているから買う必要はないな」


 クロガネは気を失いかけた。


(マジか。ヴィルトゥエルって金かかんないのか。めっちゃいいじゃん……)と思ったが、クロガネは引っかかるところがあってカイトに尋ねる。


「カイト。パーツと武器が買ったものじゃないとすると、どこで手に入れた?」

「企業から奪ったり、戦場でスクラップになった機体やら使い捨てられた武器をデータ化したり……」

「スクラップと使い捨ては問題ないが、企業から奪うのだけはやめとけ!!」 


 クロガネが注意すれば、カイトはやや不満ながらも「……わかった」とうなずいた。

 とりあえず一生続きそうな護衛となるので、クロガネは報酬金は『月払い(一ヶ月分の生活費)』でカイトと契約を交わした。


「これで契約成立。ところで、カイト。いままでの生活はどうしてたんだ?」

「行く先々で声を掛けてきた男たちの家に泊まらせてもらった。ほとんどが体目当てだったけど」


 体目当て、と聞いてクロガネは嫌な気分になる。


「嫌にならないか?」

「……もう慣れた」


 クロガネはカイトの表情やしぐさを注視する。

 痩せ我慢しているように見えたが、あえて指摘はしなかった。

 そうこうしている間にクロガネとアカサビが拠点にしている、かつては『ワシントン州』と呼ばれた地域にある町に帰還した。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 次の日の昼。

 クロガネの連絡を受けて、ロードナイトが家に訪れた。

 クロガネは早々にロードナイトに謝罪し、依頼は失敗したと伝えた。


「救出したところまではよかったんだが、目を離した隙に逃げられて……」

「そうですか。まあ、カイトは警戒心がとても強いので逃げられてしまったのならしかたないです」

「面目ない」


 クロガネが深々と頭を下げると、ロードナイトは「気にしないでください」と言う。


「カイトの救助は達成していますし、そのうえカエルレウムを排除してくださいました。カエルレウムは怪しい生体実験をしていたので、いつか襲撃しようと思っていたんですよ」


 ロードナイトの言葉に、クロガネはヘカトン・ケパレーを筆頭とした生体機動兵器(バイオ・メカノイド)を思い返す。


(ああ、やっぱり世界政府も危険視してたんだな。そりゃあ、パンツァーのパーツを一度も出してないからな。怪しまれるのは当然か)


 クロガネが納得するなか、ロードナイトから領収書を渡される。

 クロガネはそこに書かれた金額を見て思わず「ファッ⁉」と変な叫び声を上げ、手足を小刻みに震わせながらロードナイトに確認する。


「あのぉ〜。この金額はなにかの間違いでは? ゼロが四桁以上あるんですけど……」


 青ざめているクロガネとは対照的に、ロードナイトは笑顔のままだ。


「間違いではないですよ。依頼達成かつカエルレウムを排除したボーナスです」

「ボーナス……」

「では、私はこれで失礼します。機会がありましたら、また頼むかもしれません。そのときはよろしくお願いします」


 ロードナイトは優雅にお辞儀をすると、足早に部屋をあとにした。

 ひとりになったクロガネは領収書を眺めながらニンマリと笑い、裏口から出るとスキップしながらアカサビの自宅にもなっている大型輸送ヘリへ向かった。

 なかへ入れば、アカサビとカイトが将棋で真剣勝負をしているところだった。


「うまく誤魔化せた!!」

「顔がニヤけてるぞ。どうせ大金で丸め込まれたんだろ」

「そんなわけねぇだろ〜」


 あきれているアカサビを気にせず、クロガネはネット銀行口座に振り込まれた報酬金を確認する。


「よし!! 久しぶりに飲みに行くか!!」

「また酒代に使いやがって……」

「いいじゃねえか。俺の唯一の楽しみなんだから」

「おまえが飲みに行くのは構わんが、坊主はどうすんだ? 俺はこのあと用事があるから町から離れるぞ。戻るのは明日の朝だ」


 アカサビからカイトのことを言われ、クロガネの有頂天外だった頭は現実へ引き戻される。


「うそだろ!? 用事を別の日に移せないのか!!」

「無理だ。これを逃したら貧困生活になっちまう。それとも指名手配犯で男には魅惑的な坊主を、むさい野郎ばかりの酒場に連れて行くか?」

「……飲みに行くのは諦めます」


 クロガネは飲みに行くのを断念した。カイトをあんな危険な場所に連れて行くのはダメだと判断する。


(てか、なんでおやっさんは平気なんだよ。ああ、すでにしなびれているからか)


 クロガネがそう思っていたら、唐突にアカサビがにらんでくる。


「おい、クロガネ。おまえ、いま余計なこと思っただろ」

「思ってません。てか、なんで人の心を読むんだよ。昔の職業柄だからってやめろよな」

「はいはい。どうもすみません」


 悪気なしのアカサビは、カイトに話しかける。


「坊主。こいつが飲みすぎないかどうかしっかり見張っといてくれ」

「わかった」

「素直に了承すんな、カイト」


 宅飲みを決めたクロガネは、アカサビが出立するまでカイトのことを任せ、近所の小さいスーパーへ買い物に出かけた。

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