契約と虚偽
カイトを連れ、俺は後部側のコンテナへ移動する。
この大型ヘリはもともとパンツァーを輸送するために用いるものだが、おやっさんが自宅代わりとして安く購入し内部を改造した。
よって内装がミリタリーというより一般の家みたいな雰囲気になっている。……まあ、服とかダンボールが散乱しているせいもあるが。
折りたたみ式のアウトドアチェアを二つ出し、俺はカイトと向かい合って座る。
さて、どれから話そうか。ひとまずヴィルトゥエルについて聞くか。
「なあ、カイト。“ヴィルトゥエル”について詳しく教えてくれないか?」
俺が質問すると、カイトは抑揚のない口調で答える。
「カエルレウムから聞いた通り、ヴィルトゥエルはマティアス・シュミット博士が“
「そのヴィルトゥエルの制御をしているのがカイトなんだよな」
「ああ。ヴィルトゥエルの制御および整備は生体CPUである俺の管理下にある」
カイトの話を聞いて、俺はずっと気になっていることを尋ねる。
「ヴィルトゥエルってどこで格納されているんだ? てか、カイトが寝たあと、ヴィルトゥエルが消えちまったんだが……」
カエルレウムとの戦い後、ヴィルトゥエルは緑の粒子となって消失した。
くそ寒い雪原に取り残された俺はカイトを抱えて途方に暮れていたが、タイミング良くおやっさんが来たので凍死は免れた。そのあとは予想通り拳骨と説教だったけどな。
俺の問いに、カイトはタブレットを取りだした。
「ヴィルトゥエルは
「ふーん。消えた理由は?」
「俺はヴィルトゥエルの“生体CPU”だからな。俺が寝てしまえば、ヴィルトゥエルを動かすことはできない。電源みたいなものだ」
「ヴィルトゥエルはカイトが起きてる状態じゃないと動かせないのか」
ある意味完璧なセキュリティだ。
カイトが寝ている間、ヴィルトゥエルは現実に出てこないってことか。
あと、カイトはヴィルトゥエルは“どこにでも出現することが可能”って言ってたな。つまり……。
「ヴィルトゥエルって屋内に出現させることもできるのか?」
「できる」
「じゃあなんでカエルレウムのときは出さなかった? 屋内に出して、さっさととんずらすればよかっただろ」
痛いところを突いてしまったのか、カイトは顔をうつむかせる。
「……一度だけやった」
「やったのか。もしかして、ヘカトン・ケパレーに返り討ちにされたのか」
カイトはまた黙ってしまう。
しばらく沈黙が続いたが、観念したようにカイトが口を開いた。
「俺、パンツァーをまともに動かしたことない」
「……は?」
「クロガネみたいに操縦できない」
「いやいやいや。それじゃあ、いままでどうやって動かしてたんだよ」
「……オートマチックシステム」
自動操縦か。
それでよくテロリストやっているな。
「自動操縦でも限度があるだろ」
「基礎的なことはプログラミングされている。あと、俺……戦闘は射撃ぐらいしか練習してない」
「射撃ってことはシミュレーターか。まあ、近接戦闘に関しては模擬戦や実戦じゃねぇと感覚はつかめないからな」
さしずめ戦闘経験の無さが災いして、カエルレウムに捕まったってことだな。
「おまえが捕まった原因はわかった。此処からは俺にとって重大な質問だ」
「なに?」
「俺のパンツァーをどこに隠したのと、おまえが俺にキスした理由」
行動不能になった朧をどこへやったのかも気になるが、それ以上にキスした理由が一番気になる。
しかも、ディープキスだぞ。ディープキス。
女にされたことないのに、顔立ちが整った年下の男にされた、俺の複雑な気持ち。おまえにわかるか⁉ と叫びたい衝動を必死に抑えている俺に対して、カイトは真顔で答える。
「クロガネのパンツァーはヴィルトゥエルのパーツとしてデータ変換した」
「……は?」
ヴィルトゥエルのパーツとして?
「それって二度と戻ってこないってこと?」
「データ化したからそうなるな」
「……マジか」
固まる俺をよそに、カイトは話を続ける。
「キスした理由は、パイロット登録をするためだ。ヴィルトゥエルのパイロット登録は“遺伝子”とされている。血液採取が本来のやり方だが、緊急事態だったからな。生体CPUである俺がクロガネの唾液から直接遺伝子情報を得てパイロット登録した」
「えーっと……要するに。俺はヴィルトゥエルの正式パイロットってこと?」
「そうなるな」
「……カイトは?」
「俺はヴィルトゥエルの生体CPUだ。パイロットじゃない」
カイトにディープキスされたことで、俺はヴィルトゥエルの正式パイロットとして登録されてしまった。
あまりにも非現実的なことに、俺は頭を抱える。
「なんで、俺をパイロットに選んだ?」
「クロガネなら信頼できるって思った」
俺の問いに、カイトは俺を見つめながら告げた。
「カエルレウムから俺を守ってくれただろ。クロガネならヴィルトゥエルを任せてもいいって思った」
「会ったばかりの傭兵をよく信頼できるな。俺、おまえを裏切るかもしれないぞ」
「……そうなったらしっかり見切りをつける」
カイトの表情は変わらないが、ちょっとだけ目が泳いだような気がした。
からかった詫びとして、俺はカイトの頭をなでる。
「冗談だ。依頼されたからにはきっちりやり通す。それが俺の流儀だ」
「世界政府の依頼には嘘の報告をするんだろ?」
「それはそれ。とにかく俺に依頼するならそれなりの報酬金はもらうからな」
「報酬金……」
報酬金、と聞いて、カイトは考え込む。
もしかして金がないのか?
金がないから体で……はダメだぞ。
俺が心配するなか、カイトはタブレットを操作する。
「いま、俺の所持金はこれくらいだけど……」
カイトは画面に映った所持金を俺に見せる。
その額を見て、俺は度肝を抜いた。
「えっ……。俺の所持金より多くね?」
「ほんの少ししか使わないから」
「機体の修理とかパーツとか武器とかどうしてんだ!?」
「修理は
俺は気を失いかけた。
マジか。ヴィルトゥエルって金かかんないのか。
めっちゃいいじゃん……って思ったが、引っかかるところがあって俺はカイトに尋ねる。
「カイト。パーツと武器が買ったものじゃないとすると、どこで手に入れた?」
「企業から奪ったり、戦場でスクラップになった機体やら使い捨てられた武器をデータ化したり……」
「スクラップと使い捨ては問題ないが、企業から奪うのだけはやめとけ!!」
俺が注意すれば、カイトはやや不満ながらも「……わかった」とうなずいた。
とりあえず一生続きそうな護衛になりそうなので、報酬金は月払い(一ヶ月分の生活費)で契約を交わした。
「これで契約成立。ところで、カイト。いままでの生活はどうしてたんだ?」
「行く先々で声を掛けてきた男たちの家に泊まらせてもらった。ほとんどが体目当てだったけど」
体目当て、と聞いて、俺は嫌な気分になる。
「嫌にならないか?」
「……もう慣れた」
俺はカイトの表情やしぐさを注視する。
痩せ我慢しているように見えたが、あえて指摘はしなかった。
そうこうしている間に、俺とおやっさんが拠点にしている、かつては『ワシントン州』と呼ばれた地域にある町に帰還した。
◆ ◆ ◆ ◆
次の日の昼。
俺の連絡を受けて、ロードナイトがやって来た。
とりあえず、俺は早々にロードナイトに謝罪し、依頼は失敗したと伝えた。
「救出したところまではよかったんだが、目を離した隙に逃げられて……」
「そうですか。まあ、カイトは警戒心がとても強いので、逃げられてしまったのならしかたないです」
「面目ない」
俺が深々と頭を下げると、ロードナイトは「気にしないでください」と言う。
「カイトの救助は達成していますし、そのうえカエルレウムを排除してくださいました。カエルレウムは怪しい生体実験をしていたので、いつか襲撃しようと思っていたんですよ」
ああ、やっぱり世界政府も危険視してたんだな。
そりゃあ、パンツァーのパーツを一度も出してないからな。怪しまれるのは当然か。
俺がひとり納得していると、ロードナイトから領収書を渡される。
そこに書かれた金額を見て、俺は思わず「ファッ⁉」と変な叫び声を上げてしまった。
「あのぉ〜。この金額はなにかの間違いでは? ゼロが四桁以上あるんですけど……」
「間違いではないですよ。依頼達成かつカエルレウムを排除したボーナスです」
「ボーナス……」
「では、私はこれで失礼します。機会がありましたら、また頼むかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
ロードナイトは優雅にお辞儀をすると、足早に部屋をあとにした。
ひとりになった俺は領収書を眺めながら、ニンマリと笑う。
裏口から出ると、スキップしながらおやっさんの自宅にもなっている大型輸送ヘリへ向かった。
なかへ入れば、おやっさんとカイトが将棋で真剣勝負をしているところだった。
「うまく誤魔化せた!!」
「顔がニヤけてるぞ。どうせ大金で丸め込まれたんだろ」
「そんなわけねぇだろ〜」
「よし!! 久しぶりに飲みに行くか!!」
「また酒代に使いやがって……」
「いいじゃねえか。俺の唯一の楽しみなんだから」
「おまえが飲みに行くのは構わんが、坊主はどうすんだ? 俺はこのあと用事があるから町から離れるぞ。戻るのは明日の朝だ」
おやっさんからカイトのことを言われ、俺の有頂天外だった頭は現実へ引き戻される。
「うそだろ!? 用事を別の日に移せないのか!!」
「無理だ。これを逃したら貧困生活になっちまう。それとも指名手配犯で男には魅惑的な坊主を、むさい野郎ばかりの酒場に連れて行くか?」
「……飲みに行くのは諦めます」
俺は飲みに行くのを断念した。
カイトをあんな危険な場所に連れて行くのはダメだ。
てか、なんでおやっさんは平気なんだよ。ああ、すでに枯れてるからか。
「おい、クロガネ。おまえ、いま余計なこと思っただろ」
「思ってません。てか、なんで人の心を読むんだよ。昔の職業柄だからってやめろよな」
「はいはい。どうもすみません」
悪気なしのおやっさんは、カイトに話しかける。
「坊主。こいつが飲みすぎないかどうかしっかり見張っといてくれ」
「わかった」
素直に了承すんな、カイト。
とりあえず、宅飲みだな。酒とつまみを買って来よう。
おやっさんが出るまでカイトのことを任せ、俺は近所の小さいスーパーへ買い出しに出かけた。
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