ヴァイラス潜入

 目的地に入る直前、クロガネは朧のステルス機能を発動させる。これで敵のレーダーをジャミングし、ヴァイラス側の索敵も困難になるからだ。

 クロガネはモニターで施設の位置を確認し、そこから離れた森林地帯にある小高い丘に着陸する。


「さて、見張りの数は……っと」


 朧を屈ませ、背部に備えたスナイパーライフルを構えた。

 クロガネはスナイパーモードに切り替え、スコープ越しに見張りの数を確かめる。ヴァイラスのパンツァーはシンプルな人型二脚の姿形だった。


「いち……に……合計三機」


 クロガネがつぶやいた直後、スナイパーライフルの引き金をひく。見張りの一機をヘッドショットで撃ち抜いた。

 一機が倒れると、ほかの二機は警戒して辺りを見回す。

 続けて二機目をヘッドショットで倒す。

 最後の一機は弾道で気づいたのか、此方へ向かって飛んできた。

 朧はスナイパーモードを解除し、左腕に備えられたブレードを構える。相手が銃を構えるよりも速く間合いを詰め、頭部と四肢を切り飛ばした。

 クロガネは残骸となって地上に散らばったそれを横目で見つつ、施設からの増援を警戒する。しかし増援が出てくる気配はなかった。

 不審を抱きながら、クロガネはバラバラにしたヴァイラスのパンツァーを調べる。

 特になにも特徴のない、いたってシンプルなデザインをした人型二脚なのだが……リアルな人間に近い造形をしている。機動兵器のロボットというよりアンドロイドの骨格のようだ。


(そういえばヴァイラスの設立者はマッドサイエンティストだったな。人体改造が趣味とか……)


「まさかな……」


 クロガネは嫌な予想が脳裏に過ぎるも、「ンなわけあるか」と頭を振る。


(とにかく仕事だ、仕事。さっさと終わらせよう)


 クロガネは朧を駆り、施設の裏側へ移動する。機体から降りると揃えてきた装備を持って、施設の裏口から内部へ潜入した。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 クロガネはダクトを通って監視室へ降り立った。カイトの居場所を確認するためだ。


「だれもいねぇ……。セキュリティーガバガバじゃねぇか」


 クロガネは警備状態に呆れつつ、モニターを確認していく。映しだされる場所には人の姿がどこにもいなかった。


「社員がひとりもいない。どうなってんだ、この企業」


 ますますヴァイラスに対しての疑惑が浮かぶ。とある一室が画面に映しだされたとき、は目を見張った。

 中肉中背の初老の男が、ベッドで若い男を抱いていからだ。


「あー……」


 見てはいけないものを見てしまった。

 クロガネは視線を逸らそうとしたが、不意に若い男を目を凝らしてよく見る。若い男は、カイトだった。


(そういりゃあ、ロードナイトが言ってたな。カイトはたくさんの男を虜にして人生を狂わせたって。じゃあ、相手のジジイがカエルレウムか)


 七三分けにした白髪混じりの金髪で、まなじりが下がった目つきがねちっこさを現しているようだ。


(あーあ。発情期の犬みたいに腰振りやがって。いつからやってんだよ。カイトはかなりへばってるな。大丈夫かよ)


 クロガネはカエルレウムからカイトへ視線を移したとき、画面越しにいるカイトと目が合った。


「……は?」


 カイトはクロガネ――正確には部屋に設置された監視カメラをじっと見つめている。

 涙で濡れたスカイブルーの瞳。快楽で赤く染まった肌がなまめかしく、クロガネは生唾を飲み込む。

 画面へ釘付けになっていると、カイトの唇が動く。


――だれ?


 瞬間、クロガネはハッと我にかえり、画面から視線を逸らした。


(カイトは、俺に話しかけたのか? いやいや、ありえない。カメラ越し……ましてや監視室に人がいるのかどうかもわからない。俺の勘違いだ。色気に当てられて、そう見えただけだ)


 クロガネはカイトが映っていた場所が社員用の仮眠室だと確認し、フロアマップと施設の図面で寝室の場所を確認する。


「仮眠室は一番端か。 ん? 此処のダクトは別になってんのか? そうなると……研究区画から出て、仮眠室へつながるダクトから入るしかないな」


 クロガネは図面を頭にたたき込んでから、ダクトへ入っていく。せまいダクトを進んでいき、研究区画の廊下へと出た。


「仮眠室へのダクトは……あの辺か」


 クロガネは曲がり角付近の壁にある換気口を見つけて歩きだす。

 ふと、カシンッという金属音が耳に留まった。


 カシン……カシン……カシン……。


 だんだんと此方へ近づいてくる金属音。

 クロガネは足を止め、腰に備えた刀の柄に手を添える。

 曲がり角のほうをじっとにらみつけていたとき、カシン……と金属音が背後から響いてきた。

 明確な殺気を感じとり、クロガネは刀を鞘から引き抜く。

 振り向きざまに黒い刃を振り上げた瞬間、ガキィン!! と金属同士がぶつかり合う音が鳴った。


「――ッ!?」


 襲ってきた相手を見て、クロガネは言葉を失う。

 そいつはヘルメットのような物を目元まで被った白人男性なのだが、両腕がロボットアームになっており、両手の部分はカニのハサミのような形状をしている。

 全身に皮膚移植を縫合された姿は、昔アカバネに観せてもらったB級SFホラーに出てくる怪物に似ていた。

 怪物は金切り声をあげ、左腕を振り上げる。

 クロガネは刀で防いでいた右腕を押し返し、後退して左腕の攻撃をかわした。怪物との間合いをとり、刀を構え直し、相手の動きに注目する。

 大振りだが、両手の武器が重くて動作は遅い。しかし体が機械のため刃が通るかどうか――なんて普通の刀だったら完全に負けている。

 クロガネは床を蹴り、怪物との距離を一気に詰めていく。刀を横払いに振るえば、怪物は刃を強靭なハサミでつかんだ。


(――つかんだ!!)


 クロガネは両腕に力を入れ、一気に刃を引く。瞬間、黒かった刃は摩擦を受けて熱を持ち、赤々と輝く刃へと変化した。


 クロガネが長年愛用している刀・黒焔こくえん

 パンツァーと同じ鋼鉄で造られた黒刀で、摩擦させることで刃に熱を持たせ、赤々と輝かせる。

 赤くなった刃はパンツァーの装甲をいとも簡単に切りつけることができ、その気になれば一機倒すことも可能だ。


 クロガネは赤くなった黒焔を振り上げ、怪物の両ハサミを切り落とす。怯んだ相手の首を狙ってさらに黒焔を振るい、灼熱の刃で頭部を切り飛ばし、残された胴体を縦に一刀両断した。

 クロガネは刃を鞘に納め、鉄屑となった怪物へ目を向ける。

 アンドロイド――機械の体に人間の皮膚を移植しており、頭部の部分は本物の人間の頭部を使っている。

 見たくはないが、一応頭部のほうも調べておく。

 クロガネは目元まで被ったヘルメットのような物をはずす。

 頭部は脳と配線が複雑に組み合っており、配線が太い血管のように見えて気分が悪くなった。

 そっとヘルメットをもとに戻すと、カエルレウムの趣味の悪さを改めて知る。


(こいつ、想像以上にかなりやばい奴だ。カイトを連れてさっさとずらかろう)


 そのとき、カシン……と金属音が鳴り響く。

 ひとつではない。ふたつ、みっつ……それ以上だ。

 クロガネは恐る恐る振り返る。目に入ったのは、ドリルやらチェーンソーやらさまざまな武器を付けた怪物たちが押し寄せてきた。


「おいおいおい!! マジかよ!!」


(さすがに数が多過ぎる!! 黒焔だけじゃ対処できねぇ!! せめて手榴弾を持ってくりゃよかった!!)


 クロガネは戦うのを諦め、怪物たちに背を向けて走りだす。


(ダクトに入る余裕がねぇ!! カイトがいる寝室まで走るしかねぇか!!)


 クロガネは目的のダクトを通り過ぎ、寝室がある居住区画へ向かう。居住区画に入ったとき、突然防火扉が動きだした。

 クロガネは足を止めて振り向く。防火扉は完全に締め切り、怪物たちの侵入を防いだ。


(まあ、防いでいられるのも時間の問題か……)


 防火扉を壊そうと、扉の向こうではガンガンたたく音がする。

 クロガネは急ぎ足で仮眠室へと向かった。


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