傭兵クロガネ

 どこにも属さない、フリーの傭兵であるクロガネのもとに大きい依頼が舞い込んできた。


「……救出依頼?」

「ええ。“ヴァイラス”という企業に捕らわれたお姫さまの救出をあなたに頼みたいのです」


 VIRUS−ヴァイラス−。

 企業の名前は聞いたことはあるクロガネだが、どんな形態のパンツァーを造っているかは知らない。


 機動兵器――通称:パンツァー。

 現在の主力兵器となっている巨大ロボット。

 二脚人型がベースとなる一方、タンク型、獣型、と企業によって様々な形態パーツが存在する。パーツの組み合わせによって、防御力またはスピード力が変化するのだ。

 武器は自由に選べるようになってはいるも、パンツァーの形態によっては重量とEN出力が制限されてしまうこともある。

 その点を含め、パイロットたちは自分に合ったパンツァーを組み立てていくのだ。


(ヴァイラスって企業……ニ、三年前に立ち上げたとこだったか? それでパンツァーのパーツを出してないとかおかしくないか?)


 ヴァイラスに対するきな臭さを感じる一方、クロガネは目の前にいる依頼者の男――世界政府総帥の騎士と名乗るロードナイトにも胡散臭さを抱く。


「えーっと、ロードナイトさま」

「“さま”は付けなくて結構。“ロードナイト”と呼び捨てで構いません」


 つらの良い男が、穏やかにほほ笑む。

 クロガネは世界政府の総帥が十八歳の少女であることを思いだす。


(恋愛経験のない女の子なら、こんなほほ笑みを向けられたら惚れちまうな)


 クロガネはさりげなくロードナイトを観察する。

 ほほ笑み以外にも容姿が良い。赤みが混じった黒髪のオールバック。光の反射で赤に見える茶色の瞳。ネイビーのスーツに、ダークレッドのネクタイをしっかり身に着けたイケメン。本当に同じ人間か? と思ってしまうほどスタイルが良い。

 筋肉質で体格が大きい自分と比べたら失礼だな、とクロガネは思った。


(とりあえず気になっていることを聞こう。依頼を受けるかはそれからだ)


 気を取り直して、クロガネはロードナイトに気になったことを聞く。


「その救出してほしいっていう“お姫さま”なんだが……女か?」

「はい?」


 意味がわからない、とロードナイトは首をかしげた。

 クロガネは真面目な表情で理由を語る。


「よぉ〜く聞いてくれ。べつに自慢でもなんでもないんだ。信じられないかもしれないが、とにかく聞いてくれ。――俺と出会った女は100%の確率で俺に惚れる」

「一目惚れ、というものですか?」

「それだったらまだかわいいほうだ」


 クロガネは苦々しく話を続ける。


「俺に惚れた女は……しつこく俺に付きまとう。俺が興味なくても、だ」


 クロガネが言いきった直後、家のドアが勢いよく開かれ、赤毛のボブヘアとそばかすが特徴的なかわいらしい女の子が深めの皿を抱えて元気よく入ってきた。


「こんにちは!! クロガネさん!! お昼まだですよね? マッシュポテトを作り過ぎちゃったんで、お裾分けに来ました!!」


(――来たな、ポテト娘!!)


 クロガネはげんなりしながら、ポテト娘もといご近所さんであるアンナを出迎える。

 アンナは愛らしいが、三十路を超えた男の家に堂々と入ってくることにクロガネは恐怖を抱いた。


「こんにちは、アンナ。いつもマッシュポテトのお裾分けありがとう」


 クロガネはいつも通り笑顔で対応。山盛りのマッシュポテトが入った皿を受け取ると、アンナの肩をつかんでまわれ右をする。


「いまはお仕事の話し合い中なんだ。急に入って来たら、相手がびっくりしちゃうだろ?」

「そうでした!! わたしったらいつもの癖でつい……」

「わかってくれてなによりだ。じゃあ、また今度」


 クロガネはアンナを追い出すと、勢いよくドアを閉めて鍵を掛けた。


「はあ……。鍵を三つくらい付けるべきか?」


 ドアに寄りかかってぼやく彼に、ロードナイトは楽しそうに告げる。


「積極的な娘さんだね」

「積極過ぎて怖い。この前なんか夜這いされそうになって大変だった」

「……君が夜這いしたのではなく?」

「逆だ。とにかく捕まっているのが女なら却下だ。俺の身がたない。ほかをあたってくれ」


 クロガネは両手を上げて降参のポーズをとる。

 とにかく女だけは勘弁だった。過去のことを思いだすたびにぞっとしてしまう。

 そんなクロガネの気持ちを察したのか、ロードナイトは納得したようにうなずいた。


「あなたの事情はよくわかりました」

「わかってくれたか」

「だからこそ、この依頼はあなたが受けるべきだ」


 ロードナイトの返答に、クロガネは笑顔で固まる。


(前言撤回。このイケメン、なにもわかってない。ほほ笑みを浮かべる良いつらに、拳を打ち込みたい)


 クロガネがぐっと拳を握りしめたとき、ロードナイトが一枚の写真を掲げる。

 クロガネの目に入ったのは、無表情の若い男の写真。アジア人寄りの整った顔立ちをした青年で、大体二十代くらい。髪色は灰色に近いシルバーグレージュで、ゆるめのツイストパーマをかけている。そして、魅入ってしまうほど綺麗なスカイブルーの瞳が特徴的だ。


「……だれだ?」

「カイト・シュミット。名前だけは聞いたことがあるでしょう」

「ああ。指名手配中のやつか」


 カイト・シュミット。

 クロガネはとある企業の護衛の任務をしていたとき、兵士たちから聞いた名だと思いだす。


「世界を混沌に陥れるテロリスト、だったか。たしか、カイトが持っているパンツァーが特別で、その情報を得るために血眼になって探しているみたいだな」

「さすがは“なんでも屋”。そこまでの情報を得ていましたか」


 クロガネの情報収集力をロードナイトは称賛した。そして、今回の依頼の詳細について語る。


「ヴァイラスに捕らわれている“お姫さま”というのは、“カイト”のことです。ヴァイラスの設立者であるカエルレウムはイカれたマッドサイエンティストとして有名で、自分が気に入った男や女を抱きつぶしてから人体改造するという悪癖あくへきを持っています」

「やべえ変態じゃねえか!! あっ、そのカイトが捕らわれたって、つまり……」

「カエルレウムに気に入られて捕まったということでしょう。人体改造されるのも時間の問題です」


 クロガネは話を聞いて納得した。

 カイトが持つ特別なパンツァーは、数多あまたの企業が独占したがっている。テロリストの救出を世界政府が動けば、企業らが黙っていないはずだ。世界政府自分たちが動けないなら、代わりの者を動かせばいい。


(俺のような、報酬金が良ければどんな依頼も引き受ける傭兵とか、な)


 クロガネはロードナイトからカイトの写真をひったくった。


「男なら問題ない。あんたの依頼、引き受けてやるよ」

「期待していますよ。ああ、一応警告はしておきましょう」


 ロードナイトはカイトの写真を指先で撫でながらあおるような口調で告げる。


「カイトはね、たくさんの男をとりこにして人生を狂わせた魅惑的な人間です。彼と直接出会ったら……あなたはどうなりますかね?」

「おい。そういう重大な話は先に言え」


 クロガネはこの依頼を受けたことを少しだけ後悔した。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ロードナイトを見送ったあと、クロガネは必要となる装備を準備する。とは言っても、持ち物は長らく愛用している刀のみだ。

 そして、ロードナイトから渡されたヴァイラスのフロアマップと施設の構造と設備が描かれた図面、カイトの写真を持って、愛用のパンツァー・おぼろに乗り込む。


 朧はユーラシア大陸アジア最大の地域にある企業・白百合パイパイフーアで造られている人型逆脚のパンツァー。三度笠のような形状のヘッドパーツとかつて『中国』と呼ばれた大国の暗殺者を彷彿とさせる黒衣を模したボディパーツが特徴だ。機動性と隠密性に長けているが、隠密性を重視しているせいで装備できる武器は二つのみで、クロガネはブレードとスナイパーライフルを選んだ。


 クロガネは朧を起動させ、ヴァイラスの本拠地である、かつて『アラスカ州』と呼ばれた北米大陸の最北端へ向かう。

 目的地へ向かうなか、突然無線通信が入る。

 通信相手が誰だかわかっているクロガネは苦笑いを浮かべ、通信回線をONにした。


「はい。なんでも屋の傭兵クロガネです」

『クロガネェェェェッ!! おまえ、俺が留守の間に世界政府からの依頼を受けやがったな!!』


 機内にしわがれた男の怒号が響く。

 普通の人が聞いたらびっくりするが、クロガネは何十年も聞いてるから慣れてしまった。


「わりぃな、おやっさん。かつかつ生活の俺に、でけぇ依頼が舞い込んだんだ。受けるに決まってるだろ」


 クロガネが“おやっさん”と呼ぶ通信相手の男。名は『アカサビ』といい、クロガネの仕事の仲介人であり旧知の間柄だ。

 勝手に依頼を受けたクロガネに、アカサビは大層ご立腹のようで文句を言い続ける。


『世界政府の依頼は危険なものばかりだから、絶対引き受けるなって口が酸っぱくなるほど言ったよな!!』

「はいはい。耳にタコができるほど聞きました。でも、今回は救出依頼だから大丈夫だって」

『は? 救出依頼? 誰を救出するんだよ!!』

「そろそろ目的地に着くから無線切るぞ」

『おい!! クロ……!!』


 クロガネは通信回線をOFFにした。


「こりゃあ、帰ったらどやされるな」


 とりあえず拳骨げんこつを受ける覚悟はしておこう、とクロガネは腹をくくった。

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