傭兵クロガネ
その依頼が来たのは、三日前。
しょっぱい依頼ばかりで、かつかつの生活を送っていた俺のもとに、でかい依頼が舞い込んできた。
「……救出依頼?」
「ええ。“ヴァイラス”という企業に捕らわれたお姫さまの救出をあなたに頼みたいのです」
VIRUS−ヴァイラス−。
企業の名前は聞いたことがあるが、どんな形態のパンツァーを造っているかは知らない。
機動兵器――通称:パンツァー。
現在の主力兵器となっている巨大ロボット。
二脚人型がベースとなる一方、タンク型、獣型、と企業によって様々な形態パーツが存在する。つまり、パーツの組み合わせによって、防御力またはスピード力が変わっていく。
武器は自由に選べるようにはなっているが、パンツァーの形態によっては重量とEN出力が制限されてしまう場合もある。
その点を含め、パイロットたちは自分に合ったパンツァーを組み立てていくのだ。
(ヴァイラスって企業……ニ、三年前に立ち上げたとこだったか? それでパンツァーのパーツを出してないとかおかしくないか?)
ヴァイラスに対するきな臭さを感じる一方、俺は目の前にいる依頼者の男――世界政府総帥の騎士と名乗るロードナイトにも胡散臭さを抱く。
「えーっと、ロードナイトさま」
「“さま”は付けなくて結構。“ロードナイト”と呼び捨てで構いません」
たしか、世界政府の総帥って十八歳の女の子って聞いたな。
恋愛経験のない女の子なら、こんなほほ笑みを向けられたら惚れてしまう。
ほほ笑み以外にも、容姿が良い。
赤みが混じった黒髪のオールバック。光の反射で赤に見える茶色の瞳。
ネイビーのスーツに、ダークレッドのネクタイをしっかり身に着けたイケメンだ。
本当に同じ人間か? と思うくらいスタイルが良い。
筋肉質で体格のでかい俺と比べたらめちゃくちゃ失礼だが……。
とりあえず、気になっていることを聞こう。
依頼を受けるのはそれからだ。
「その救出してほしいっていう“お姫さま”なんだが……女か?」
「はい?」
意味がわからない、とロードナイトは首をかしげる。
そうだよな。
そうなるよな。
理由を話さないとわかんないよな。
「よぉ〜く聞いてくれ。べつに自慢でもなんでもないんだ。信じられないかもしれないが、とにかく聞いてくれ。――俺と出会った女は100%の確率で俺に惚れる」
「一目惚れ、というものですか?」
「それだったらまだかわいいほうだ」
俺は苦々しく答える。
「俺に惚れた女は……しつこく俺に付きまとう。俺が興味なくても、だ」
そう説明した直後、家のドアが勢いよく開かれた。
「こんにちは!! クロガネさん!! お昼まだですよね? マッシュポテトを作り過ぎちゃったんで、お裾分けに来ました!!」
来たな、ポテト娘!!
俺は心のなかでげんなりしながら、ポテト娘もといご近所さんであるアンナの対応をする。
赤毛のボブヘアとそばかすが特徴的なかわいらしい女の子。
かわいいんだが、三十路を超えた男の家に堂々と入ってくるのはどうかと思うぞ。
「こんにちは、アンナ。いつもマッシュポテトのお裾分けありがとう」
俺はいつも通り笑顔で対応。山盛りのマッシュポテトが入った器を受け取ると、アンナの肩をつかんでまわれ右をする。
「いまはお仕事の話し合い中なんだ。急に入って来たら、相手がびっくりしちゃうだろ?」
「そうでした!! わたしったらいつもの癖でつい……」
「わかってくれてなによりだ。じゃあ、また今度」
俺はアンナを追い出すと、勢いよくドアを閉めて鍵を掛けた。
「はあ……。鍵を三つくらい付けるべきか?」
ドアに寄りかかってぼやく俺に、ロードナイトは楽しそうに告げる。
「積極的な娘さんだね」
「積極過ぎて怖い。この前なんか夜這いされそうになって大変だった」
「……君が夜這いしたのではなく?」
「逆だ。とにかく捕まっているのが女なら却下だ。俺の身が
俺は両手を上げて降参のポーズをとる。
とにかく女だけは勘弁だ。
過去のことを思いだす
そんな俺の気持ちを察したのか、ロードナイトは納得したようにうなずいた。
「あなたの事情はよくわかりました」
「わかってくれたか」
「だからこそ、この依頼はあなたが受けるべきだ」
前言撤回。
このイケメン、なにもわかってない。
ほほ笑みを浮かべる良い
俺がぐっと拳を握りしめたとき、ロードナイトが一枚の写真を掲げる。
目に入ったのは、無表情の若い男の写真。
アジア人寄りの整った顔立ちをした青年で、大体二十代くらい。
髪色は灰色に近いシルバーグレージュで、ゆるめのツイストパーマをかけている。
そして、魅入ってしまうほど綺麗なスカイブルーの瞳が特徴的だ。
「……だれだ?」
「カイト・シュミット。名前ぐらい聞いたことあるでしょう」
「ああ。指名手配中の
カイト・シュミット。
とある企業の護衛の任務をしていたとき、兵士たちから聞いた名だ。
「世界を混沌に陥れるテロリスト、だったか。たしか、カイトが持っているパンツァーが特別で、その情報を得るために血眼になって探しているみたいだな」
「さすがは“なんでも屋”。そこまでの情報を得ていましたか」
俺の情報収集力を、ロードナイトは称賛した。そして、今回の依頼の詳細について語りだす。
「ヴァイラスに捕らわれている“お姫さま”というのは、“カイト”のことです。ヴァイラスの設立者であるカエルレウムはイカれたマッドサイエンティストとして有名で、自分が気に入った男や女を抱きつぶしてから人体改造するという
「やべえ変態じゃねえか!! あっ、そのカイトが捕らわれたって、つまり……」
「カエルレウムに気に入られて捕まったということでしょう。人体改造されるのも時間の問題です」
話を聞いて納得した。
カイトが持つ特別なパンツァーは、
テロリストの救出を世界政府が動けば、企業らが黙っていないはずだ。
俺のような、報酬金が良ければどんな依頼も引き受ける傭兵とか、な。
俺はロードナイトからカイトの写真をひったくる。
「男なら問題ない。あんたの依頼、引き受けてやるよ」
「期待していますよ。ああ、一応警告はしておきましょう」
ロードナイトはカイトの写真を指先で撫でながら、
「カイトはね、たくさんの男を
おい。
そういう重大な話は先に言え、ロードナイト。
俺はこの依頼を受けたことを、少しだけ後悔した。
◆ ◆ ◆
ロードナイトを見送ったあと、俺は必要となる装備……と言っても長らく愛用している刀のみだ。
それと、ロードナイトからもらったヴァイラスのフロアマップと施設の構造と設備が描かれた図面、カイトの写真を持ち、愛用のパンツァー・
朧はユーラシア大陸アジア最大の地域にある企業・
機動性と隠密性に長け、かつて『中国』と呼ばれた大国の暗殺者を彷彿とさせる形状をした黒いカラーリングが特徴となっている。
ただ、隠密性を重視しているせいか、装備できる武器は少なく、俺の場合はブレードとスナイパーライフルのみだ。
朧を起動させ、俺はヴァイラスの本拠地である、かつて『アラスカ州』と呼ばれた北米大陸の最北端へ向かう。
目的地へ向かうなか、突然無線通信が入る。
通信相手が誰だかわかっている俺は苦笑いを浮かべ、通信回線をオンにする。
「はい。なんでも屋の傭兵クロガネです」
『クロガネェェェェッ!! おまえ、俺が留守の間に世界政府からの依頼を受けやがったな!!』
機内にしわがれた男の怒号が響く。
普通の人が聞いたらびっくりするが、俺は何十年も聞いてるから慣れてしまった。
「わりぃな、おやっさん。かつかつ生活の俺に、でけぇ依頼が舞い込んだんだ。受けるに決まってるだろ」
俺が“おやっさん”と呼ぶ、通信相手の男。
名は“アカサビ”という。
仕事の仲介人であり、旧知の間柄だ。
勝手に依頼を受けた俺に、おやっさんは大層ご立腹のようで文句を言い続ける。
『世界政府の依頼は危険なものばかりだから、絶対引き受けるなって口が酸っぱくなるほど言ったよな!!』
「はいはい。耳にタコができるほど聞きました。でも、今回は救出依頼だから大丈夫だって」
『は? 救出依頼? 誰を救出するんだよ!!』
「そろそろ目的地に着くから無線切るぞ」
『おい!! クロ……!!』
俺は通信回線をオフにする。
「こりゃあ、帰ったらどやされるな」
とりあえず
目的地に入る直前、朧のステルス機能を発動させた。
これで敵のレーダーをジャミングし、あちらさんの索敵も困難になるだろう。
モニターで施設の位置を確認し、そこから離れた森林地帯にある小高い丘に着陸する。
「さて、見張りのパンツァーの数は……っと」
機体を屈ませると、背部に備えたスナイパーライフルを構えた。
スナイパーモードに切り替え、スコープ越しに見張りの数を確認する。ヴァイラスのパンツァーはシンプルな人型二脚の姿形だった。
「いち……に……合計三機」
そうつぶやいた直後、俺はスナイパーライフルの引き金をひき、見張りの一機をヘッドショットで撃ち抜く。
一機が倒れると、ほかの二機は警戒して辺りを見回す。
続けて二機目をヘッドショットで倒す。
最後の一機は弾道で気づいたのか、此方へ向かって飛んできた。
スナイパーモードを解除し、左腕に備えられたブレードを構える。
相手が銃を構えるよりも速く、間合いを詰め、頭部と四肢を切り落とした。
残骸となって地上に散らばるそれを横目で見つつ、施設からの増援を警戒する。
しかし、新たなパンツァーが出てくる気配はなかった。
不審を抱きながら、俺はバラバラにしたヴァイラスのパンツァーを調べる。
特になにも特徴のない、いたってシンプルなデザインをした人型二脚なのだが……リアルな人間に近い造形をしている。
機動兵器のロボットというよりアンドロイドの骨格のようだ。
そういえば、ヴァイラスの設立者はマッドサイエンティストだったな。
人体改造が趣味とか……。
「まさかな……」
嫌な予想が脳裏に過ぎるも、俺は「ンなわけあるか」と頭を振る。
とにかく仕事だ、仕事。
さっさと終わらせよう。
そう自分に言い聞かせ、朧を駆って、施設の裏側へ移動する。
俺は揃えてきた装備を持って、施設の裏口から内部へ潜入した。
◆ ◆ ◆
裏口から潜入した俺は、ダクトを通って監視室へ降り立つ。
カイトの居場所を確認するためだ。
「だれもいねぇ……。セキュリティーガバガバじゃねぇか」
ヴァイラスの警備状態に呆れつつ、俺はモニター画面を確認していく。
「社員がひとりもいない。どうなってんだ、この企業」
ますますヴァイラスに対しての疑惑が浮かぶなか、とある一室が画面に映しだされたとき、俺は目を見張る。
中肉中背の初老の男が、ベッドで若い男を抱いていた。
「あー……」
見てはいけないものを見てしまった。
思わず視線を逸らそうとしたが、不意に若い男を目を凝らしてよく見る。
若い男は、カイトだった。
(そういりゃあ、ロードナイトが言ってたな。カイトはたくさんの男を虜にして人生を狂わせたって。じゃあ、相手のジジイがカエルレウムか)
七三分けにした白髪混じりの金髪で、
(あーあ。発情期の犬みたいに腰振りやがって。いつからやってんだよ。カイトってやつ、かなりへばってるな。大丈夫かよ)
俺はカエルレウムからカイトへ視線を移したとき、画面越しにいるカイトと目が合った。
「……は?」
カイトは俺――正確には部屋に設置された監視カメラをじっと見つめている。
涙で濡れたスカイブルーの瞳。快楽で赤く染まった肌がなまめかしく、思わず生唾を飲み込む。
画面へ釘付けになっていると、カイトの唇が動く。
――だれ?
瞬間、俺はハッと我にかえり、画面から視線を逸らす。
「なんだ、いまの……」
カイトは、俺に話しかけたのか?
いやいや、ありえない。
カメラ越し……ましてや監視室に人がいるのかどうかもわからない。
俺の勘違いだ。
色気に当てられて、そう見えただけ。
「場所は……一番端にある寝室か」
俺はフロアマップと施設の図面で寝室の場所を確認する。
「あ? 寝室のダクトは別になってんのか? そうなると……研究区画から出て、寝室へつながるダクトから入るしかないな」
図面を頭にたたき込んでから、俺はダクトへ入っていく。
せまいダクトを進んでいき、研究区画の廊下へ出る。
「寝室へつながるダクトは……あの辺か」
曲がり角付近の壁にある換気口を見つけ、俺はそこへ向かって歩く。
ふと、カシンッという金属音が耳に留まった。
カシン……カシン……カシン……。
だんだんと此方へ近づいてくる金属音。
俺は足を止め、腰に備えた刀の柄に手を添える。
曲がり角のほうをじっとにらみつけていたとき、カシン……と金属音が背後から響いてきた。
明確な殺気を感じとり、俺は刀を鞘から引き抜く。
振り向きざまに黒い刃を振り上げた瞬間、ガキィン!! と金属同士がぶつかり合う音が鳴った。
「――ッ!?」
襲ってきた相手を見て、俺は言葉を失う。
そいつはヘルメットのような物を目元まで被った白人男性なのだが、両腕がロボットアームになっていて、両手の部分はカニのハサミのような形状をしている。
全身に皮膚移植を縫合された姿は、昔おやっさんに観せてもらったB級SFホラーに出てくる怪物に似ていた。
怪物は金切り声をあげ、左腕を振り上げる。
俺は刀で防いでいた右腕を押し返し、後退して左腕の攻撃をかわした。
怪物との間合いをとり、刀を構え直し、相手の動きを注目する。
大振りだが、両手の武器が重くて動作は遅い。
しかし、体が機械のため刃が通るかどうか――。なんて、普通の刀だったら完全に負けていた。
俺は床を蹴り、怪物との距離を一気に詰める。刀を横払いに振るえば、怪物は刃を強靭なハサミでつかんだ。
(――つかんだ!!)
俺は両腕に力を入れ、一気に刃を引く。
瞬間、黒かった刃は摩擦を受けて熱を持ち、赤々と輝く刃へと変化した。
俺が長年愛用している刀・
パンツァーと同じ鋼鉄で造られた黒刀で、摩擦させることで刃に熱を持たせ、赤々と輝かせる。
赤くなった刃はパンツァーの装甲をいとも簡単に切りつけることができ、その気になれば一機倒すことも可能だ。
俺は赤くなった黒焔を振り上げ、怪物の両ハサミを切り落とす。
怯んだ相手の首を狙ってさらに黒焔を振るい、灼熱の刃で頭部を切り飛ばし、残された胴体を縦に一刀両断する。
ここまで破壊すれば、もう動くことはないだろう。
俺は鉄屑となった怪物に目を向ける。
アンドロイド――機械の体に人間の皮膚を移植しており、頭部の部分は本物の人間の頭部を使っている。
見たくはないが、一応頭部のほうも調べておく。
目元まで被ったヘルメットのような物をはずす。
頭部は脳と配線が複雑に組み合っており、配線が太い血管のように見えて気分が悪くなった。
そっとヘルメットをもとに戻すと、カエルレウムの趣味の悪さを改めて知る。
(こいつ、想像以上にかなりやばい奴だ。カイトを連れてさっさとずらかろう)
そのとき、カシン……と金属音が鳴り響く。
ひとつではない。ふたつ、みっつ……それ以上だ。
恐る恐る振り返る。目に入ったのは、ドリルやらチェーンソーやらさまざまな武器を付けた怪物たちが迫ってきていた。
「おいおいおい!! マジかよ!!」
さすがに数が多すぎる!!
黒焔だけじゃ対処できねぇ!!
せめて手榴弾を持ってくりゃよかった!!
俺は戦うのを諦め、怪物たちに背を向けて走りだす。
(ダクトに入る余裕がねぇ!! カイトがいる寝室まで走るしかねぇか!!)
目的のダクトを通り過ぎ、寝室がある居住区画へ向かう。
俺が居住区画に入ったとき、突然防火扉が動きだした。
思わず足を止めて振り返る。防火扉は完全に締め切り、怪物たちの侵入を防いだ。
(まあ、防いでいられるのも時間の問題か……)
防火扉を壊そうと、扉の向こうでガンガンたたく音がする。
俺は急いで寝室へと向かった。
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