04 笑顔の破壊力がえげつない天使
「え、ええと……まだ、早いかなあなんて。あはは……」
真剣な表情で見つめられて、私はそんな風に苦笑いでこの場から逃げようとしていた。でも、小さくなったユーイン殿下は私のドレスを離してくれそうになくて。助けを求めて、ソリス殿下の方を見た。
「ちょっと、本当にどういうことなんですか!? 小さくなった理由も分かりませんし、というか、婚約迫られてるんですけど!?」
「で、婚約受け入れるのかい?」
「よく、この状況でそんなこと言えますね。殿下は!」
私は、思わずソリス殿下を睨みつけた。すると、ソリス殿下はまたハハッと笑ってごめん、と謝ってくれた。だが、全然反省しているように見えない。
私は、はぁ、とため息をついてからもう一度ユーイン様を見下ろした。
ユーイン・ウィズドム殿下。
剣豪のソリス殿下と並んで、彼は帝国の大魔道士と呼ばれるほど魔法に長けた人間なのだ。数多の戦場を、ソリス殿下と切り抜けてきた。勿論、別々の出陣だってあったけれど、どちらが指揮官だろうが、一人だろうがソリス殿下もユーイン様も負けることはなかった。
「まあ、簡単に説明すれば、魔力が暴走して小さくなっちゃったって感じだね」
「そんな軽いノリで言って良いものじゃないですよね!?」
「まあまあ、そう怒らないでよ。可愛い顔が台無しだよ」
「誰のせいですか! 誰の!」
「あははっ」
全く、この人はいつもそうだ。人のことを揶揄って楽しんでいるような気がする。そもそも、流れで言ってしまったが、私も自分の顔が可愛いとは思っていない。
ソリス殿下は、私の怒りに気にも留めず話を続けた。
曰く、ユーイン様は先日の戦いにて魔力を暴走させ、魔力が枯渇したところ小さくなってしまったのだとか。所謂、幼児退化。中身まで幼くなってしまったらしく、名前やある程度の人間関係は把握しているが、人見知りが激しくなって、なかなか心を開かないらしい。
「それで、困っているんだ。どうやったら元に戻るかって」
「魔力が戻れば良いんじゃないですか? まあ、私は分け与えられる魔力なんて持ってませんけど……自然に戻るのを待つしか」
魔力は時間が経てば回復する。だが、今回ユーイン様が失った魔力量を考えると通常の何倍も……という可能性だって考えられる。だから、自然に回復するのを待っていたら遅いんじゃ無いかと。
(そう考えると、確かに『帝国の一大事』って感じよね)
戦争や紛争の類いは減ってきたものの、国家転覆を狙う輩や、魔物の凶暴化などでソリス殿下もユーイン様も度々戦場に駆り出されているし。その負担がソリス殿下だけにいくのも、まして、この機会を狙ってユーイン様を殺そうとする輩も出てくるかも知れない。そうなると、魔力が残っていないユーイン様は危険な状況に立たされていることになる。
魔力の回復を待っているんじゃやはり遅いのだ。
「俺も、魔物が凶暴化したって言うから、明日には出て行かなきゃいけないし。その間、誰かユーインの面倒を見てやって欲しいんだ」
「あの、チラチラ見るのやめて貰って良いですか」
ソリス殿下は、私が断れないと分かっているのかユーイン様を差し出すように手を伸ばしてくる。
その手を払い除けるように、手を叩けば、ソリス殿下は残念そうに肩を落とした。というか、とても手を痛そうにさすっている。
「あ、すみません」
「気にしなくて良いよ。いつもの事だろ」
「……そうですけど」
咄嗟に……だったとはいえ、ソリス殿下の手を叩いてしまったことには変わりなかった。音もパシィンッ! と痛々しく響いたし、申し訳なさが込み上げてきた。もし、本気で叩いていたら、いくらソリス殿下とはいえ吹き飛んでいただろう。
でも、ソリス殿下の言い草には納得できない。
いつも、こうなるの分かってて私を巻き込むんだから。
と、思いながらソリス殿下を見つめていれば、彼は何かを思い出したかのようにポンと手のひらを打った。
「そうだ。この際、ユーインに決めて貰おうじゃ無いか」
そう言って、ソリス殿下は私に預けようとしていたユーイン様をひょいと持ち上げた。そして、私の前に立たせる。
何を?
そもそも、ユーイン様は今子供で正常な判断……知的にもまだ幼いのに、決めさせるのはないんじゃ無いかと思った。逆に言えば、ソリス殿下が良い感じに吹き込めば兄弟だから「うん」と返事しそうなのである。
それだけは絶対させない。
そう思って、ユーイン様を見ると、キラキラと期待に満ちた瞳で私を見つめていたのだ。
(ま、眩しすぎる―――!)
純粋無垢な瞳が、私を真っ直ぐに見据えていて、私は目を逸らすことも出来なかった。
ユーイン様は、ソリス殿下に持ち上げられて嫌そうにしていた。そして、私に助けを求めんばかりに手を伸ばしてくる。私の手でも包み込めそうな小さな手。握ったら骨が砕けてしまいそうだった。
見たところ、六、七歳ぐらいに思える。実際何処まで退行したのかは知らないけれど。実際は、十八歳なのだ。
「ユーイン。俺は、これから出かけなきゃいけないんだ」
「うん」
「独りぼっちは寂しいだろ?」
「うん」
年が近い弟に話し掛ける感じではなく、完全に子供に言い聞かせるような優しく柔らかい言葉を選んで言っているソリス殿下。それに素直に相槌を打つユーイン様。
私としては、早くこの状況から抜け出したいのだが、ユーイン様も私に視線を向け続けていて、ああ、もうこれは終わったな。と覚悟を決める。
「だからね、ステラ……このお姉さんの元でお留守番しててくれるかい?」
「分かった。僕、ステラの所で良いこにする!」
元気の良い返事が響く。
ソリスは首を縦に振って、私にユーイン様を押しつけてきた。私は落とさないようにと彼を抱き上げる。私の腕の中にすっぽり収まったユーイン様は、私を見上げた。
これが、本場の上目遣い。
(じゃなくて――――!)
「こここ、困りますって。ソリス殿下。私は、子供のお守りなんか」
「出来るって。ステラなら。それに、一応ユーインだ。そこら辺の子供よりかは聞き分けが良いだろう」
「そういう問題じゃないんですって……はあ」
「ステラ、悲しいの? 僕と一緒にいるの嫌?」
「うっ……ゆ、ユーイン様。違うの。そうじゃなくてね……分かりました。引き受けます。でも、早く帰ってきて下さいよ?」
「勿論さ。可愛い弟と、その婚約者の結婚式には出席したいしね」
「冗談面白くないです」
「いいや、あながち冗談じゃ無いよ」
「うん?」
何処か、含みのある笑みと言葉を言い残し、ソリス殿下は部屋を出て行ってしまった。どうやら、戦場に出向くのは本当らしい。
私は、空気になっていたお父様と部屋に取り残され、顔を見合わせた。
さて、どうするか。
「あ、えーっと、ユーイン様」
「ユーイン」
「え?」
「ステラ。ユーインでいいよ。それか、ユーでもいいよ」
「あの、でも……殿下は、一応第二皇子で」
「でも、ステラと僕は将来結婚するんでしょ? だったら良いじゃん」
と、ユーイン様は言う。いや、よくない……と言いたかったが、こんなにも無邪気な笑顔を向けられると何も言えなかった。私は、諦めたように息を吐き、彼の要望通り名前を呼ぶことにした。
「ゆ、ユー?」
「なあに? ステラ」
「う゛っ……矢っ張り、破壊力が凄い」
にへらっと笑ったユーイン様を見て、私は目が潰れそうなほどまばゆい光を直視した。こうして、ユーイン様は公爵家で預かる……ことになった。
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