04 続く沈黙
「私、小さなユーイン様が好きなんです!」
「は?」
ユーイン様の「は?」が過去一番低い小枝と分かった瞬間、喉から変な音が鳴った。というか、出た。
(待って、今、私なんて言った?)
この間はごめんなさい。と言おうとしていたのに、何故か口からでた言葉はそんな意味の分からないものだった。こんなことを言うつもりではなかった。だから、許して欲しい。そう言っても、信じてもらえなさそうな言葉。
これでは、私が小さなユーイン様を好きだと言うことになってしまうではないか。巷で言う、何だ、小さい子好き………何て言うのかは忘れたが、それに当てはまるのではないかと思った。小さくても大きくてもユーイン様はユーイン様だ。変わりない。そのはずなのに、ユーイン様の絶望顔は消えなかった。
「そ、そうか……」
と、だけ呟いた彼は、そのまま頭垂れてしまう。
「ち、違うのです!」
「いや、いいんだ」
「本当に違いますから!」
「ああ……」
「何なら、証拠をお見せしますから!」
証拠って何だ。
自分で言っていて、もう意味が分からなくなってきた。流れに身を任せて口走った。それは事実だ。だけど、それがこんなことになるとは誰が予想しただろう。
でも、ここで諦めたら駄目だと私の本能が告げている。どうにかしなければ。
このままではいけない。そう思って、私はもう一度声を上げた。だが、私よりも先に、ユーイン様がぼふっ、と倒れそうな勢いでソファに腰掛けるものだから、私は口を開けたままその光景を見るほか無かった。
(絶対落ち込んでるじゃん!)
落ち込んでいるかどうかは別として、もう世界の終わりみたいなかおをしていることには間違いなかった。ソリス殿下と同じで……いや、それ以上にユーイン様の顔は格好良かった。笑顔がない分、強者感がある。実際ソリス殿下とユーイン様が戦ったらどっちが勝つか分からないけれど。
「いい、分かった」
「な、何が分かったんですか!?」
「……この間のプロポーズは忘れてくれ」
「え……」
私は耳を疑った。
何を言い出すのだろうか、この人は。思わずぽかんとしてしまう。
どうしてそんな話になるのだろうか。私が悪いとはいえ、どうしてそんな結論に至ってしまったのだろうか。確かに、私達はお互いのことを何も知らないし、知り合って間もない。でも、あれを無かったことにはできない。例え、ユーイン様がなかったことにしたいと言っても、忘れろといっても、自分で自分を殴らない限り、それぐらいの衝撃が頭を走らない限りきっと忘れられないと思う。
「わ、忘れられないので」
「……忘れてくれ」
「いいや、忘れません!」
「何故だ」
「何故って、こっちが聞きたいです」
私は声を上げると、今度は逆に立ち上がってユーイン様に詰め寄っていた。
忘れる? 冗談じゃない。
あんなに素敵な言葉を忘れるわけが無い。そう思うと、私は無性に腹立たしくなってきていた。
「小さくなったと思ったら、元に戻って……戻ったかと思えばプロポーズしてきたんですよ。これが、忘れられますか?」
「……」
「……というか、いつ戻ったんですか。元の身体に」
初めにこれを聞けばよかったと後悔した。
何が一番疑問で、このよく分からない意味不明な会話と、空気を創り出しているのかといえばこれなのだ。私は息を大きく吸ってから、また口を開く。
「いつ、戻ったんですか」
「……」
「私を、あの……庭で助けてくれたのは、ユーイン様でしたよね」
「…………」
「なのに、また小さな身体に戻ってた」
あの時のことはよく分からない。
ウルラとお見合いして、その庭で偽物のユーイン様に襲われて。そのピンチを救ってくれたのはユーイン様だった。本物の元のサイズの。
疑問ばかりが頭に浮かぶ。この疑問を解決しないことには、この間のプロポーズ云々の話ではなくなるだろうから。
「……言ったら、お前は引くだろう」
「内容に寄ります」
「……だからこそ、言えない」
「何で!?」
ユーイン様は一体何を言っているのだろうか。
ここまで来て引けと言われたって無理な話だ。というか、引くような話をこれからするつもりだったのだろうか。
「引くような話なんですか!?」
「……ああ」
「じゃあ、言わなくて結構です」
「は?」
私の言葉に驚いたように目を見開いたのはユーイン様の方で、その顔はやはり絶望しているように見えた。
意気地なしは嫌いだ。
だが、それを口にして言うとさらにユーイン様の心にダメージを負わせてしまうような気がして、さすがにそれは言えなかった。でも、ここに来て何かが変わると期待した私はバカだった。ユーイン様は案外ヘタレなのだと。それを知ってしまって私は大きく落胆していたのかも知れない。
(私が好きなのは、強い人なの。だから、今のユーイン様は格好良くも、強くもない)
「行くのか」
「だって、せっかく時間を作って貰ったのに……これじゃあ、私も気まずいですよ」
「そう、だな」
「だから、今日はこれで失礼します」
「ああ……」
そう言って、部屋を出た。ユーイン様は最後まで、引き止めようとしなかった。
「……何よ、何なのよ。何で、私が悪いみたいになってるの……」
廊下に出てすぐに呟いた言葉。
それは誰にも聞かれることなく、虚空へと消えていった。
「あれ、ステラ?」
「そ、ソリス殿下!?」
無駄に広い廊下を歩き、角を曲がると、そこにはソリス殿下がいた。
「どう? 上手くいった?」
ソリス殿下は私に近づいてくると、持ち前の笑顔でそう言った。
私は、突然現われたソリス殿下に困惑しつつ何て返せばいいだろうかと迷って、口から言葉が出なかった。ソリス殿下は、今日私がここを尋ねてくるのを知っていた。でも、まさか会うとは思わなかったのだ。
「ステラ?」
「は、はい。何ですか」
「もしかして、泣いてる?」
「へ……?」
すっと伸されたソリス殿下の手は、私の頬を撫でる。そして、その長い指で私の涙をすくった。
(嘘……何で私泣いてるの?)
自分の意思に反して流れ出るそれに、私自身驚いてしまう。どうしてこんなにも、悲しくなるのだろうか。どうしてこんなにも胸が痛いのだろうか。どうして、どうして……
頭の中を駆け巡るのはそんなことばかりで、もう自分で自分が分からなくなっていた。
「ステラ」
「私、何で泣いてるんでしょうか」
「ユーインが何かした?」
私は首を横に振る。
違う。何もしていない。ただ、何も教えてくれずに、勝手に一人で落ち込んでるだけなのだ。だけど、その事実が何故か悲しいと思ってしまった。その理由は何となく分かっていて、それが悔しくて、情けなくて、辛かった。
「……彼奴、本当に意気地なしだな」
「え、ソリス殿下何を?」
「ステラは、嫌かも知れないけど、もう一回話にいこうか。さすがに、俺もイライラしてきたから」
そういったソリス殿下の顔は笑っていなかった。ただ、真剣に怒っているような。
私は、そんなソリス殿下に手を引かれて、先ほど歩いてきた道を逆戻りする。だんだんと近付いてくるユーイン様の部屋を見て、私はギュッと目を瞑った。
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