03 いざ対面!
「矢っ張り帰って良いかな」
「ダメです。ステラ様。ここまで来て逃げるのは、格好悪いと思います」
「でも、でも!」
駄々をこねないで下さい。と、ビシッと背中を叩かれる。
こんな風に、貴族に、主に向かって背中を叩けるのはノイぐらいだろうと思う。結構痛かった。
今日は、この間のキツいコルセットではなくゆったりしたドレスで、多少は動きやすいように丈が短めである。ノイやお母様の計らいで、私らしさが出せるようにと、このような服を選んでくれた。いや、服で何とかなる問題じゃないのだ。
(いや、だって、絶対に怒ってるって……あんなふり方した相手が、もう一度会いたいなんて言ったら……)
どうして、私はこんな風に取り乱しているのだろうか。いつもなら、もっと堂々としていられるのに。
こんなの、恋する乙女みたいじゃないか。
(私に一番似合わない単語でしょ、それ)
自分で思って何だが、私が『恋する乙女』何てあり得ないのだ。そもそも、私がユーイン様を好きかと聞かれたら、格好いいとは応えられるけれど、好きとは応えられるか分からない。まだ、彼のことを知らなさすぎるのだ。
一応、幼馴染みというものではあるが。なんなら、ユーイン様よりも、ソリス殿下の方がよく知っている。まあ、それは彼が良く喋る人間だからというのもあるけれど。
「ステラ様」
「……何、ノイ」
「もし、婚約となったら皇紀になる為に、勉強しないといけませんね」
「え? ああ、うん。そうだね」
いや、まだなるか分からないんだけど。でも、ノイにはそうなるんじゃないかというビジョンがあるのかも知れない。まあ、お父様もお母様も賛成するだろうし、皇帝陛下も、お父様と戦友だし、昔からよくしてくれたから、結婚となったら喜ぶだろうけれど。
勉強とかいやだなあと、思う。それこそ、がっちがちに躾けられるに決まっているからだ。そういうのは嫌いだ。
「ステラ様には、幸せになって欲しいんです。だって、私の主人なのですから。だから、ステラ様。後悔だけはしないでください」
「う、うん」
真面目に、ノイがそんなことを言うので、私は言葉が詰まった。
ノイはずっと私のことを見てくれているし、幸せになって欲しいと面と向かって言われたら、何だか恥ずかしくなってしまう。
(こんなに思ってくれているんだから、何かしら成果は残さないと)
成果を残す、というのがこの場合あっていない表現かも知れないが……と思いつつ、私は気を引き締めることにした。会ってみなければ分からないし、私もユーイン様のことを知りたいと思ったからだ。
「よし」
いってらっしゃいませ、ステラ様。とノイに見送られながら私は通された皇宮の一室の扉の前で深呼吸する。コンコンと軽くノックをし「入れ」という声が聞えた後、私はドアノブに手をかけた。声を聞くに、あの大きなユーイン様だと分かる。
少しだけ、小さなユーイン様なら……と思っていた願望は打ち砕かれる。
(そうだよね……あの小さなユーイン様はイレギュラー的なものだったから)
本来は、私と同い年なのだ。
部屋に入ると何やら本を読んでいたユーイン様と目が合った。彼は、私と目が合うと、読んでいた本を閉じてこちら側に向かって歩いてくる。コツコツと近付いてくるたびに、胸が高鳴るのを感じていた。ただ、ユーイン様に会うだけなのに。こんなにもドキドキしているのは何でだろうか。
(そうか、この間までは小さなユーイン様で可愛げがあったけど、一気に大人になって格好良く見えるからだ!)
何て自分なりに結論づけて、目の前まできたユーイン様を見上げる。私よりも幾分か背が高いから、見上げる形になる。体格もかっちりとしていて、思わず見惚れてしまう。
「……久しぶりだな、ステラ」
「はい……」
「元気にしていたか?」
「はい」
「そうか」
そういうだけで会話が途切れてしまう。どうしよう、何を話せば良いのか全く思いつかない。
(何これ!? 全く、会話が続かないんだけど!?)
こんなことがあり得るのだろうか。いいや、あり得る。
私の頭はパンクしそうだった。これはよくないと分かっていても、こちらから何を話せば良いか分からないし、あっちも分からないみたいだし。気まずい空気が流れる一方で、何一つ解決しなかった。このままではいけないのに。
「ステラ」
「は、はい」
「……ああ、まず、何だ。座ってくれ」
「え、でも」
「客人を立たせ続けるわけにはいかない」
そう言って、ユーイン様は自分の隣の椅子を指さした。私はその通りにそこに腰かける。すると、また沈黙が流れた。
「この間のことだが」
「は、はいっ!」
突然切り出されたことに驚いて、私はつい声を大きくしてしまった。
(おおおお、落ち着け、ダメ、落ち着くのよ、ステラ)
自分にそう言い聞かせて、私は大きく深呼吸をする。けれど、上手く息が吸えなくてむせてしまう。その様子を見ていたユーイン様が駆け寄ってきて私の背中をさすった。
「あ、あり、がとうございま……ッ」
「……」
涙目になりながら顔を上げれば、ふとユーイン様と目が合った。顔も近い。動けば唇が当たってしまうぐらいの距離に私は心臓が飛び出そうになる。
何で、どうしてこんなに近いの? 訳が分からず、パニックになる私を見てか、ユーイン様も驚いたような顔をして、それから、ゆっくりと距離をとった。そして、バツが悪そうな表情を浮かべると、頭を掻いてから、口を開いた。
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」
「い、いえ」
何故、ユーイン様が謝るのだろうか。
私は、途端に申し訳なくなってきて、「こちらこそ、すみません」と無意識のうちに言葉が出ていた。
そうして、また私達の間に沈黙が流れる。何のためにここに来たのかその目的すら忘れてしまいそうだった。
「……ステラ」
「はい、何ですか。ユーイン様」
「……その、何だ…………今日は、どういった用件で、尋ねてきたんだ?」
と、ユーイン様は聞きにくそうに、気まずそうに口を開いた。
彼の眉はハの字にまがっている。
(うっわ、可愛い……じゃなくて!)
と、一瞬思ったが、私は慌てて首を横に振って邪念を振り払う。その顔が、いつぞやの小さなユーイン様と重なったからだろうか。
今はそんなことを考えている場合ではないのだ。そもそも、私がここに来たのは婚約の話をするためであって……じゃなくて、まず謝らないといけなくて。
そこまで考えて、私ははっとする。兎に角このチャンスを逃してはいけないと、私はバンと机を叩いて立ち上がった。言いたいことは一応頭の中にある。
「あ、ああ、あの! ユーイン様」
「す、てら?」
「私、小さなユーイン様が好きなんです!」
「は?」
私がそういった瞬間、ユーイン様の顔がこれでもかというくらい歪んで絶望していたのを、私はこの目ではっきりと捉えてしまった。
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