05 堂々としていれば




「ステラ様、自信を持って下さい。背筋を伸して」

「ひ~何だか緊張する」



 ひ~なんて、声出した物だから、ノイに「公爵夫人に言いつけますよ」と言われてしまった。まあ、こんな声、お母様が聞いたらはしたないの一声で一生ひ~なんて言わせて貰えなくなるだろう。というか、ひ~ぐらい出してもよくないかとか。



(はあ、そんなしょうもないこと考えている暇なんて無いのに)



 とうとう来てしまった、ユーイン様の誕生日。勿論私も、招待状を貰い、出席することを決め、この日に望む訳なのだが、如何せん、婚約者になって初めての誕生日と言うことで、ガラにもなく緊張してしまっているのだ。

 落ち着けと言い聞かせても、震えが止らないし、汗が止らない。ベタベタなままいきたくないのに……何て考えていても、汗は止らなかった。ノイには何度も「笑顔が気持ち悪いです」と言われる始末。頬が釣ってしまいそうなほど気味悪い口角の上がり方をしているのは、自分でも分かっているのだ。



「プレゼントも準備したんですから、大丈夫ですって」

「……そういう問題かなあ……というか、今日、いきなり婚約しているとか発表されたらどうしよう」



 実際、もう噂話は広まっていて、私とユーイン様は婚約しているというのはとっくの昔に帝国民殆どが知っている事だと思う。それぐらい、影響力のある人だし、噂という物はすぐに広がっていく恐ろしい物である。なので、正式に発表しなくても……と思っているが、如何せん、貴族社会とは面倒な物で、こういうのは大々的に、宣言しておかなければならないみたいなところがある。あーもう、面倒くさい。

 けれど、ユーイン様はそんなことを一言も云っていなかったし、何なら、ユーイン様もそういうのを嫌うタイプなので、今日いきなり発表なんてことはしないだろう。サプライズとかも、好きそうな人ではない。何というか、悪言い方をすると冷めているのだ。



「ステラ様、大丈夫ですから落ち着いて下さい」

「ででで、でも、ダンスとか……練習したけど、踊れるか」

「……ユーイン様がリードしてくれるでしょう」

「あ、あとは……上手く笑えるかとか」



 心配事は次から次へと出てくる。こんなの自分じゃないって思ってる。私はもっと活発的な女の子のはずで、貴族の令嬢っぽくなくて、ゴリラみたいで……なのに、そんな私が今、たった一人の男性の……婚約者の誕生日パーティーでソワソワしている。実際会場に行ったらどうなることか。



「大丈夫です。ステラ様。大丈夫です」

「えー」

「なら、いきませんか? キャンセルしますか?」

「う……それは、失礼だし……ユーイン様に会いたいし」



と、私は小声で呟く。ああ、私、ユーイン様に会いたくて仕方がないんだなって改めて思う。最近ずっと一緒に居たせいで、会えないのが寂しいのかも知れない。でも、今はそれよりも、早くユーイン様に会いたいと思ってしまう。



(腹くくれ、ステラ。大丈夫!)



 そう、自分を鼓舞して、私はよし、と前を向く。  

 それから、ノイに最終チェックをして貰って馬車に乗り込み、皇宮へ向かうことになった。馬車に乗っている最中もソワソワしていて、プレゼント喜んで貰えるかなあとか、何て声をかけようかなとか、誰が見ても乙女みたいなことを考えている自分がいたわけで。

 何で、こんなに緊張しているのだろうか。いつも通りでいいのに。と、思いつつも、やっぱり不安で堪らないのが本音だ。そうこうしているうちに、会場に着いたわけだが、第二皇子の誕生日パーティーともなれば、そりゃ大勢の人が参加するわけで会場内で、ユーイン様を見つけるのは困難と思われた。



「ステラ嬢」

「ウルラ? 貴方も参加していたの?」



 会場でうろうろしていれば、珍しく聞き慣れた声に身体が反応し私は振返る。そこにいたのは、この間散々な目……にあったウルラだった。この間よりも清々しい顔で、憑き物が落ちたみたいに好青年になっていた。うん、悪くない。こっちの方がいい。と、誰目線で査定しているのか分からない感想を胸に抱きつつ、彼から話し掛けてきたことに驚いた。

 取り敢えずは、軽い挨拶をして近況報告を聞く。あれから、何もなかったようで、婚約者とも順調らしい。ただ、ばったりカナールの消息が途絶えたとか。



(一応、伯爵家の子息だし……行方不明とかだと騒がれるんじゃ……)



 誰も騒いでいないところを見ると、口止めされているか、それとも容疑者として疑われているかのどちらかだなと思った。ウルラは、カナールに良いように使われていたみたいなこと言っていたけれど、実際何をしようとしていたのかは分からないとか。



(じゃあ、カナールはこの会場にいないって事よね?)



 さすがに、前の婚約者で、最低だったと言えど絡んでこられたら迷惑だし、ユーイン様に何を思われるか考えるだけで頭が痛い。いてくれない方がこちらとしてはありがたいのだけど。



「ねえ、ウルラ。ナーダ令嬢って見た?」

「ナーダ令嬢ですか? ナーダ・グランド令嬢……見ましたけど」

「そう」

「どうしたんですか?」

「ううん、何でもないの」



 確かに、ナーダは招待状を貰ったとか言っていたから来ないという事はないだろうと思っていたけれど、まさか本当にここに来ていたとは。カナールと同じく、来て欲しくない、会いたくない人間トップぐらいに君臨しているから。まあ、だからと言って何かあるわけではないのだが。ただ、彼女の動向は気になるところではある。



(さすがに、ユーイン様の誕生日パーティーで何かするってこと無いでしょうし……一応、ナーダ令嬢の婚約者がカナールだったとか……)



 色々考えてみたが、さすがにユーイン様の誕生日パーティーで……ってそんな目立つことはしないだろう。警備もいつも以上に厳しくなっているだろうし、危険物の持ち込みとか出来ないだろうから。

 まあ、ユーイン様に危害が及ぶようなら私がその犯人を殴るだけだから。それに、この誕生日にはソリス殿下もいるし……



(大丈夫よね)



 何もないことを祈る! そんな気持ちでいっぱいになった。



「それじゃあ、この辺で」

「うん。ありがとう、ウルラ」

「いえ。てっきり、警戒されていると思っていましたから」

「ああ……でも、私気にしてないから。だって、ウルラは命令されていたんでしょ? 人質もとられて」

「はい……けれど、僕が強ければそんなことになら無かった筈なんです。だから、ステラ様の強さに……僕にとってステラ様は憧れの存在なんです」



と、ウルラは少し照れくさそうにいって私の元を離れた。


 まさかそんなことを言って貰えるとは思わず私は、ありがとう、も言えず人混みに消えていくウルラの背中を見つめていた。



「第二皇子の入場です」



 そんな風に気をとられていれば、会場内に声が響き、会場内にいた人達の視線が集まる。そして、ゆっくりと会場の扉が開かれてそこから、ユーイン様が入ってきた。会場内の空気が一気に変わり、皆一様にユーイン様に向かって頭を下げる。勿論、私もその一人で、深々と頭を下げ、ちらりと顔を上げれば、群衆の中から私を見つけたユーイン様がフッと微笑んだような気がした。



(ユーイン様……)



 その何気ない笑顔に、胸を貫かれ、私はゆっくりと歩いて行くユーイン様を目で追うことしか出来なかった。



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