04 お茶が美味しいですね!




 カチャカチャとソーサーとカップがぶつかる音が絶えず聞える。目の前の相手が苛立っていること、冷静さが欠けていることは誰が見ても分かることだった。



「し、幸せ自慢ですの? 自惚れですの?」

「いや、報告しに来ただけだから。というか、呼び出しておいて、私の話を聞くなり、自惚れだの何だの言う方が失礼だと思いませんか? ナンダー令嬢」

「だから、何度言ったら分かるんです!? 私の名前は、ナーダ! ナー・ダ!」



 バンと机を叩く物だから、周りにいた取り巻きの令嬢達はビクリと大きく方を上下させた。確かに、こんなにあらぶっている彼女を見れば、そのような反応をするのは当然だと思う。



(あーお茶が美味しい)



 散々私を馬鹿にして笑いものにしていたナーダに一泡吹かせられて私は満足していた。出されたお茶も心なしか美味しく感じる。まあ、そうか。最近、お母様が事業で立ち上げたお茶の会社から取り寄せている物らしいから(メーカーをぺらぺらと喋る物だからすぐにわかったけど)、美味しくないわけはない。それを、ナーダが知っているかどうかは別として。


 庭に響くのは、ナーダの悔しそうな声。私はズッとお茶を啜った。ちなみに、ここはナーダの家の庭園だ。今日は天気が良いから、何てしょーもない理由で呼び寄せて、私のことを多数でからかおうとしたのだろうが、私がまさかユーイン様と婚約しているとは思わず、その情報に動揺して見ての通りこの状態というわけだ。



(でも、本当に煩い人だよなあ……)



 何処か他人事のように感じつつ、私は先ほどからギャンギャンと騒いでいるナーダを見ていた。よくまわる口だと言うことだけは分かる。何を言っているかさっぱり理解できないけれど。

 何の恨みがあって私に絡んでくるかは不明だけれど、自分より階級が上の貴族である私が羨ましいのかも知れない。私は、下だろうが上だろうがどうでもイイし、強い人間が生き残るときっとまわりからしたらズレている思想を持っているから、そんな上だの下だの言われても全く痛くも痒くもない。そんなことを言って、何が楽しいのだろうか。

 そういうマウントをとることでしかいきられない哀れな生き物なのかと、私は代わりに溜息をついてあげたい。



「聞いているんですの? ステラ嬢」

「えーあー聞いてますよ。で、何だっけ?」

「全然聞いてないじゃないですか、この脳筋。耳にまで筋肉が詰まってるんですか」

「さすがに、それはないかな」



 何を言ってるんだ此奴。


と、さすがに今の発言は意味が分からなすぎると思って見ていれば、ナーダは気づかないだけで彼女の取り巻き間も「え?」みたいな顔をしている。もう、分が悪いから私を虐めるのはこの辺にしておいて欲しいなと、私はもう1度お茶を啜りながら思う。



「何で、貴方なんかがユーイン様と」

「いや、ナーダ令嬢。そもそも、婚約者いるのに何でそんな発言が出来るんですか? まあ、私が婚約破棄された後ですから、別に文句言いませんし、私もあんな男こっちから願い下げだったのでよかったけど。人の婚約者を羨むのって何か違うと思うんだけど?」

「黙りなさい。貴方の何処が良いのよ」

「何処が良いって、さあ? ユーイン様、そういうこと全然言ってくれないから分からないけど」

「魅力無いってことじゃないの!?」



と、またギャアギャアと騒ぎ始める。正直、耳障りでしかない。周りの目もあることだし、これ以上は面倒臭い。そろそろ帰ろうと思い、私は席を立った。


 それにしても、どうしてそこまでして私を貶めたいのか分からない。全然効果ないけれど。



(ああでも、帰る前に聞いておかなきゃだな)



 ソリス殿下に言われたことが今になって頭の中をよぎって、私はナーダともう一度向き合った。彼女は、悔しそうな顔で私を見ている。



「ナーダ令嬢、お聞きしたいんだけど、この間の大蛇の件……あれは、貴方が仕組んだこと?」

「……ハッ、何のことかしら。いきなり何を言い出すのかと思えば」



 明らかに一瞬表情が変わった。けれど、私ぐらいならまけると思ったのかいつもの挑発的な笑みを浮べるナーダ。折れてくれなさそうだなとは思ったが、これも帝国の未来のためだと思った。反乱分子は徹底的にあぶり出して潰すべきだ。



「あの大蛇から、変な魔力を感じたの。私だけを狙うように調教でもされてた?」

「そんなの、勘違いじゃないかしら? 大蛇だってか弱い私達の肉なんて食べても美味しくないわよ。貴方みたいな、食べれそうな肉が一杯ある獲物の方が大蛇とて良いんじゃないかしら?」



 何その屁理屈。私は、遠回しに、いやストレートにまた嫌味を言ってくるナーダを見て、呆れた。この人は、本当にどうしようもないなあと心底思う。



「話はそれだけかしら?」

「……口をわるつもりは無いって事?」

「口を割るも何も、私は何もしてないんですわ。勝手に、犯人扱いなんて……失礼にも程があるんじゃなくて?」

「……」



 私じゃ、ナーダを言い負かすことも、吐かせることも出来ないと悟った。ソリス殿下や、ユーイン様みたいに頭がないから、彼女の計画を聞き出すことも、彼女から情報を得ることも何もかも出来ないと。こういう時、私は非力だ。



(役に立とうと思ったのに、これじゃあ、立てない)



 だからといって、彼女を暴力で脅せば、いくら公爵令嬢の私でも謹慎を食らうだろうし、それ以上のこともあり得る。悪評が広がって、お父様にまで迷惑をかけるわけにもいかないし。

 けれど、ナーダは何か知っているのだ。ここで、吐かせなければ……と、気持ちだけが走っていく。何も出来ないくせに。私は、拳を握りながら立ち上がる。



「あらあら、冤罪をふっかけようとして分が悪くなったから帰るのかしら」

「違うわ。居心地が悪いだけ」

「同じじゃないかしら」



と、くすくすと取り巻きも含めて笑い出すナーダ。


 勝ちを確信している笑みに苛立ちを覚える。でも、根拠もなしに犯人扱いはさすがに出来ない。いくら、怪しくても。



「まあ、帰るなら勝手に帰って頂戴。もちろん、森に。ゴリラだものね」

「ゴリラ神を馬鹿にするのはいい加減に――――!」

「ああ、後、皇宮で開かれるパーティー。私も呼ばれているのよ。ユーイン様に」

「は?」

「ほら、もう少しでユーイン様の誕生日じゃない。皇宮でパーティーが開かれること知らないの?」

「し、知ってる」



 そうだ。すっかり忘れていた。言ってくれて助かった。

と、何故か先ほどまで苛立っていた相手に感謝しつつ、ユーイン様の誕生日のことを思い出して、私は汗が噴き出てきた。



(待って、何も準備していない)



 このままじゃ、婚約者なのに、誕生日に何も準備出来ていない人になってしまうと、私は踵を返して歩き出す。後ろでは、まだ笑っている声が聞えたが無視だ、無視。



(というか、ユーイン様に呼ばれたんじゃなくて皇宮からの招待状でしょ。何言ってんの、ナーダ令嬢)



 でも、もし、ユーイン様が直接手紙を出したら? と一瞬でも想像してしまった自分が嫌になった。もしそうだったら……

 胸がチクリと痛んだ。私は自分が思っている以上に、ユーイン様に惚れ込んでいるのかもと、今になって気づくわけで。



(……そんなことより、まずはプレゼントよ!)



 全く、殿下とユーイン様の役に立ちたい、この何か知ってる犯人かも知れない令嬢をとっ捕まえたいという思いは何処かに消えてしまい、私はユーイン様の誕生日プレゼントのことで頭がいっぱいになっていた。



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