06 プチプチ騒動
(どどどど、どうしよう)
話し掛けるタイミングを逃した。いや、初めからタイミングなんてものは存在しなかったのかも知れない。
第二皇子の入場、および挨拶が終わると、すぐにユーイン様のまわりには人が群がり、話しかけられている。しかし、それは仕事上の話ばかりで、ユーイン様もいつも通り冷静に受け答えをしている。それがまた格好良く見えてしまうわけで。
いつものように凛とした姿に、いつもより大人びた雰囲気に私は、いつも通りときめいているわけで。
(そうじゃなくて!)
持ってきたプレゼントは、小さなものでずっと手から下げている鞄に入れている状態なのだけど、それを私に行くタイミングがなかったのだ。ユーイン様も、仕事の話や、挨拶やらで忙しそうだし、それを後回しにして私の元にきてくれるわけでもなかった。初めからそれは、期待していなかったが。あまりにもユーイン様のまわりに人がいすぎるものだから、私があの間に割って入るのは違うなあと思ったのだ。まあ、別にいいのだけど。
「はあ……」
シャンパンを片手に私はため息をつくしかなかった。ユーイン様が人気なのは喜ばしいことで、そりゃ、第二皇子の誕生日パーティーだから皆浮かれるわけで。
(仕方がないわね……)
と、諦めている自分がいる。
「はあ……」
二度目の溜息。何せ、私は友達と呼べる存在がいないため、こうぼっちという物を決め込んでいるのだ。話し掛けてくれる令嬢もいないし、令息も、貴族達全員から無視されている。ありがたいこと……というのは可笑しな話かも知れないが、チラチラと見て話すのはやめておこう、という人はいなかった。本当にそれだけは、心の平穏を保ってくれる。まあ、それもそれで寂しいものだけど……先ほどウルラが話し掛けてくれたことは、奇跡に近いだろう。
そんなことを考えながら、手に持っていたグラスをテーブルに置いた。
「あらあらあらあら。そこにいるのは、ゴリラ令嬢様じゃなくて~」
「げ……」
この声は。と、私は聞き慣れた甘ったるい上から目線、高飛車ボイスに眉を寄せる。振返れば案の定、そこにいたのはナーダとその取り巻き達だった。いつもよりもジャラジャラとアクセサリーやら化粧やらが派手で、目がチカチカする。それに、香水もキツくて鼻が曲がりそうになる。いったい、幾らかかっているのか考えるだけでも恐ろしい。いや、貴族だからお金云々は気にしなくて良いはずなのだが、アクセサリーなどにお金をかける気持ちが分からない。私なら、そのお金を練習用の木剣やら動きやすい服やらに使うんだけど。
(うわあ……)
しかも、ナーダは嫌なことに私のことを見るなりクスリと笑い、こちらに近づいてくるではないか。
ああ、もう。本当に面倒臭い奴らに絡まれた。それなら、矢っ張り誰にも話し掛けられない方がよかったかも知れないと。
「辛気臭い顔してますわね。ステラ嬢」
「……何のようですか。ナーダ令嬢」
「あら、ようやく私の名前を覚えたんですね。はあ~いったい、何年かかったことやら」
そうナーダは嫌みったらしく言って笑う。取り巻き達も同じようにニヤついている。いや、名前ぐらい覚えてるし。ただ、呼びたくないだけ。
(私なりの、嫌がらせだったんだけどなあ……)
そんな風に思いながらも、それを口に出さず、私は黙って彼女を見つめた。嫌がらせをする時点で、同じレベルに堕ちてしまうような気がして、今撤回したが、多分ナーダは気づいていないだろう。
すると、彼女はわざとらしい仕草で肩をすくめ、私の顔を覗き込むように見る。そして、 私の持っているシャンパンに視線を向けると、目を細めた。
「お酒、飲めないんですの?」
「え? いえ、飲みますよ。一応」
「ふーん……」
舐め腐った目を見て、ああ、早く何処かに行ってくれないかなあ何て思っていると、隙を突いてナーダはひょいとグラスを奪った。
私の代わりに飲んでくれるんだ、やったーとはならないのが彼女である。嫌な予感しかしない。本当に。
「ゴリラなら、水浴びの方が嬉しいんじゃなくて?」
「だから、ゴリラじゃないし、ゴリラ神様を侮辱するなっ……」
そう反論しようとしたとき、彼女が奪ったグラスからまだ飲みかけのシャンパンが零れ落ちた。
さすがに、今日のドレスは高いし、我慢してきていたドレスをユーイン様にみせる前に汚すのは、ときゅっと目を瞑ったとき、私にふりかかるはずのシャンパンは誰かの服に命中したようで、きゃあ! という悲鳴が響く。
「ゆ、ユーイン様」
「え……」
その名前を口にしたのはナーダだったが、彼女は顔を青くして私の目の前に立って、私の代わりにシャンパンの餌食になった男性を見ていた。
(ユーイン様)
「申し訳ございません、ユーイン様!」
「貴様のような低俗な真似をする輩が、僕の誕生日パーティーに紛れ込んでいるとわな」
「ユーイン様」
「ステラ、怪我は無かったか?」
「あ、いや……ユーイン様濡れて……」
頭から被ったのか、ポタリポタリと、髪から滴が滴っているユーイン様は私の方を向くと、ふわりと微笑んだ。濡れても尚、そんな笑顔が出来るのかと、私は胸を貫かれた。ドキドキしながら、私は彼の頬に触れようと手を伸ばす。
「うわ、ユーイン濡れてんじゃん。着替えてきたら?」
「……邪魔するな、兄貴」
だが、頬に触れる前にその手は引っ込められた。聞き慣れた声がまた一人。騒ぎを聞きつけ、駆け寄ってきたであろうソリス殿下が、ユーイン様を見て、驚いたようにそんな声を上げたからだ。ユーイン様は、原因となったナーダではなくて、ソリス殿下に対して舌打ちをした。いや、普通逆でしょ。と思いながら、ユーイン様はちらりと私の方を見る。
「ステラ、悪い。また後でだ」
「……え、はい」
そう言って、泣き叫んで許しを乞うているナーダとその取り巻きの間を歩いて行くユーイン様。勿論、ナーダ達は、会場から引っ張り出されたわけで。嵐が去ったように、そして、今日の主役を失った会場はしんと静まりかえった。
「あーえっと」
「ステラ、ずっとあんな仕打ちを受けてたの?」
「え、いや……まあ、何というか」
そうして、私は、ソリス殿下に肩を掴まれ尋問されるように尋ねられた。そんな目で見られたら答えるしかないだろうと。でも、これは私の問題だし。
「い……」
「ステラ、正直に話して?」
もう、そんな捨てられた子猫みたいな目で見られたら言うしかないだろう。私は、ユーイン様にも甘いが、殿下にも甘いのだ。
「わ、分かりました。話します……と、取り敢えず場所変えませんか? あの、目立つので」
そう、私達は今、凄く目立っていたのだ。
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