02 sideユーイン
「それで? 話って何だ。兄貴」
「ステラの前と、俺の前とで全然態度が違うね」
「そんなこと言うために、俺を呼び止めたのか?」
ステラがいなくなった後の部屋は気味が悪いほど静かだった。この部屋を支配している人間が、そういう威圧的な、圧倒的なオーラを放っているからだろうが。何とも、居心地の悪い空間である。
兄には何を考えているか分からない。それは昔からだが、今日はより一層それが際立っているように感じる。そもそも、何故僕がこんなにも警戒しなければならないかと言えば、全ては兄のせいなのだ。
結局の所、兄には勝てない。兄が、このように機会を設けてくれなければ、彼のお膳立てがなければきっと僕はこんな風にステラと結ばれる事はなかっただろう。彼の手を借りなければ、まだ何も出来ない子供のようだった。
「……で? ユーインはいつまでそんな姿でいるの?」
「服あるのか?」
「そこ?」
と、兄はクスクスと笑う。
そこ、というか、そこだろう。と僕は思うが、兄が笑ってすませてくれるならそれほど安い物はない。僕は、子供の姿から元の姿に戻り、兄のくれた服に手を通す。少し大きいように思うのは、兄の方が背が高くて肉付きが良いからだろう。腹の立つ話だが。
(鍛えている部分が違うからだろうな……)
病弱、というほどではなかったが、魔法に特化しすぎたこの身体は、あまり筋肉がつかなかった。兄を見習って、剣を振ってみたが、兄のように振りが早い攻撃も、地を裂くような重量のある攻撃も俺には到底繰り出せない物だ。だからこそ、剣術では一生兄に勝てないままだ。勿論、身体的能力も劣る。弟としての劣等感は一生俺に付きまとうだろう。
「俺の服大きい?」
「ッチ……いちいち、しゃくに障ること言うな」
「可愛いと思うよ?」
「可愛いと言って良いのは、ステラだけだ」
僕がぴしゃりと言えば、兄は肩をすくめていた。イラつかせる天才かと、その才能も誉めてやりたいところだった。誉める……何てこと、その人間を認めることに繋がるため、あまりしたくないし、僕も僕で、1番になりたいからこそ相手を認めたくない節がある。
と、それは置いておいて、ステラを先に帰らせて、兄が何を言いたいか、は大凡予想がついていた。
「僕に、何をして欲しいんだ?」
「話が早くて助かるねえ。あ、取り敢えず座ってね」
「……」
促されるまま座ってしまったが、相手に転がされている感じがして、またイラッときたため、僕は兄の前で足を組んだ。その様子に、兄はキョトンと目を丸くしていたが、「らしいね」と笑っていた。兄にとって俺は、取るに足りない弟なのだろう。
「分かっていると思うけど、この間のアールデゥ子爵邸での一件。アールデゥ子爵は何も知らなかったみたいだった。聞いたところ、ご子息のウルラが最近様子が可笑しいとは言っていたが、本人が仲良くしているからいい。と踏み込ませてくれなかったらしい。まあ、そんなのすぐにウルラ子息に聞けば誰とつるんでいたか分かったけど、バックにどれだけの貴族がついているか分かったもんじゃない」
「……僕にあぶりだせと?」
「いいや、それは、俺の方でやるよ。何だか、お前に任せたらその貴族事氷付けにしてしまいそうだからね」
と、兄は、何処か含みのある言い方で言った。
別に、僕はそこまで感情的ではないはずだ。いや、確かに、兄の前では感情的に……ならないこともないが、そこまで見ず知らずの貴族に対して感情を爆発させること何てない。
(……もしかして、ステラが関わっているのか?)
僕が顔を上げれば、兄の青い瞳と目が合った。同じ青のはずなのに、何処かすんだ空のような色に、自分とは違うと遠い存在のように感じてしまう。
「ああ、ユーインの言うとおり、ステラを狙っていたようだね。だから、お前には残党の処理は任せられない」
「……」
「お前が暴走したら誰もとめられないだろう。俺以外」
兄はそう言って笑ったが、その顔は「分かるよな?」と圧をかけてきているようにも思えた。
確かに、ステラは、この間もどこぞの令嬢の家で危険な目に遭っていたと言っていたし、今回のことも含めると二度危険な目に遭っているのだ。そこから、ステラを狙っていると言うことは確実で、僕と兄、そしてステラという帝国にとって必要で輝かしい星の一角を潰せばどうにかなると思っているらしい。馬鹿馬鹿しい話だ。だが、ステラを人質に取られたら……
グッと握った爪が皮膚に食い込む。
(ステラに限ってそんなことはないと思いたいが……彼奴は、身体に影響を及ぼす魔法は苦手だったな)
例えば、睡眠魔法や、麻痺魔法。魔法でさえ粉砕してしまうステラだが、あればかりは避けることの出来ないものだ。ステラの唯一の弱点と言って良いだろう。それに、ステラは優しい。ステラの両親が万が一にでも人質に取られたら、ステラは従わざる終えなくなるだろう。自分の侍女ですら命をかけて守る彼女のことだ。他人であれど、罪のない人間の命は命をかけて守るだろう。
「はあ……」
「溜息なんて珍しい。本当に、ユーインはステラのことが好きだね」
「好きとか言うレベルじゃない」
「じゃあ、どんな?」
と、兄は聞く。
言ってごらんよと、挑発しているようにも見えて、僕の眉は自分でも分かるぐらいあからさまにピクリと動いた。
「――――愛。世界で一番、僕がステラを愛してる」
「ハハッ……本人に言ってあげなよ。マウントとって、それって、牽制?」
「人のものを取るなって言う警告だ」
「忠告じゃないところ見ると、かなり来てるんだね。この間のこと」
「……」
兄の言う通りだ。
この間の事は、僕の中で大きな傷になっている。あんな思い二度と御免だ。ステラがいなくなっただけで、世界がモノクロに見える程僕は動揺した。ステラが隣にいる時は、色がついて見えるのに。だからこそ、もう離れたくないし離したくない。
兄の挑発に乗ってあんな兄弟喧嘩を、彼女の前でやってしまって。まあ、兄が悪いんだが……僕が認めてく無いだけだが。
いくら『尊敬』する兄であっても、僕はステラを譲る気は無い。本当は、兄だってステラのこと好きなくせに。
「話は以上だな?」
「そうだね。まっ、ステラのところにでも行ってあげなよ。婚約者でしょ?」
「言われなくてもそうする。じゃあな、兄貴」
僕はそう言って、ステラを追いかけるために部屋を出た。
「あーあ。弟に譲っちゃう俺って、結構お人好しかねえ……気づいてるんだろうけど、俺も……ステラのことが好きなんだ」
そんな兄の言葉を、僕は耳で拾った気がした。
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