第2章 ゴリラトラブル
01 新たな事件の予感
「いやあ、この間は本当に助かったよ。危うく『可愛い』弟が連れ去られそうになったからね」
「その割には、ユーイン様なら大丈夫なんて言ってたじゃないですか」
「うん? 俺、そんなこと言ったかな」
「とぼけないで下さい!」
あの事件の翌日、皇宮に再度呼び出された私は、ユーイン様を連れて、ソリス殿下がいる執務室に呼び出された。何でも、この間の事件のことについて話したいことがあるからだそうだ。
ユーイン様は絶えず、ソリス殿下に威嚇の目を向けていた。兄だという認識が無いのか、それともたんに嫌いなのかは分からないが、私の足下にしがみついて離れようとしなかったのだ。そんなユーイン様にソリス殿下はなんともいえない目を向けつつ、私の方に目線を戻した。
「まあ、それは置いておいて……帝国内でユーインが幼児化したっていう噂が広まっているみたいだね。そのせいで、ユーインを狙った人攫いなんかが出てきたと。そして、間違えられた子供達が無惨に殺された」
「……ユーイン様なんて王族らしい綺麗な銀髪と、サファイアの瞳をしているのに間違うはずないです」
「そうなんだよね。だから引っかかるところもあって。もしかしたら、子供を生け贄に捧げているのかも知れないと」
「何のために?」
そう聞けば、ソリス殿下は顎に手を当てて考え込む仕草をする。
ソリス殿下曰く、今回の件は敵国からして目障りなユーイン様を消そうというよりかは、何かしらの儀式をするためにユーイン様を欲していたのではないかと。
確かに、ユーイン様の魔力は尋常じゃ無い。だからこそ、その魔力を欲して攫おうと計画したのではないかと。
そして、子供の魔力というのも汚れが無く、まだ開花していないため儀式なんかには使いやすいと古書に書いてあった気がする。魔法は、早くて八歳、遅くにも十歳
には使えるようになり、それまでは蓄積され続けるのだとか。年を取れば取るほどその魔力は減っていくというのがこの世の理だ。
しかし、ユーイン様は五歳でその才能を開花させた。
(じゃあ、今の小さいユーイン様も魔法が使えるって事?)
ユーイン様が魔法を使っているところは目にしたことがあり、それはもう他の人と比べものにならないほど美しくて冷たくて……芸術だと思った。
「ステラ、聞いてる?」
「は、はい。聞いてます」
大きなユーイン様の事を思い出しながら、いつこの小さなユーイン様が元の姿に戻るのか何て考えていたらソリス殿下に声をかけられた。ソリス殿下は私の反応を見て「聞いてなかったね」と苦笑する。
(そうだ、今はそれよりも大事なこと話しているんだ)
どっちも大事だけれど、ソリス殿下の話を無視する方が不敬だと気を引き締め直す。
「この帝国では、生け贄を捧げる儀式も、誰かを呪うような魔法も禁止されているのは知っているだろ?」
「はい。確か、禁忌とされているんですよね」
「そう。でも、それを影で行っている輩がいると報告があってね」
「……もしかして、帝国を乗っ取ろうとしているんですか!?」
「そういうことだね。帝国の国民を生け贄にして、何かを復活させようとしているんだろう。それこそ、国家転覆どころの騒ぎじゃ無い……世界を滅ぼそうとしている」
「そんな……何で」
「理由は分からないね。でも、復活させようとしているものは分かってるんだ」
と、ソリス殿下は息をつく。
生け贄を捧げ、魔力を捧げ……そうして復活できるものといえば、あれしかない。そう私は固唾を飲み込んだ。
「ドラゴンだ。何千年も昔、ゴリラ神によって倒され、封印されたドラゴン」
「まさか……」
ドラゴンは、災厄そのものといわれている存在だ。そんなものが復活すれば、それこそ、ゴリラ神しか倒せないだろう。そのゴリラ神もこの地に眠っていると言われているし、しかし、ゴリラ神は召喚できるものではないのだ。ゴリラ神がその縄張りを荒らされたと思った時目を覚ます。そんな存在なのだ。
と言うことは、この時代でまたドラゴンとゴリラ神の戦いが見えると言うことなのだろうか。
それはそれで見てみたいものだが、両者の戦いは一つの大陸を砕くほど壮絶なものだと言うから、両者が目覚めてしまえば、この帝国は海に沈んでしまうだろう。
「今、極秘に調査を進めているんだ。でも、いざとなったら……ステラ力を貸してくれるかい?」
「勿論です」
「ありがとう。普通の令嬢ならこんなこと頼めないんだけどね。君はたくましすぎるから」
「はい!」
「嬉しそうだね……」
また苦笑いをされて、私は何だか恥ずかしくなってきた。いつもは思わないのに、どうしてかソリス殿下の前では子供っぽくなってしまうのだ。
そんな私を見かねたのか、ソリス殿下はふっと微笑み、私の頭を撫でた。その優しい手つきに思わず目を細める。
すると、それまで黙っていたユーイン様がソリス殿下の足を思いっきり踏んでいた。小さな足ではダメージは少ないものの、それでも痛かったようでソリス殿下は顔を歪める。しかし、ユーイン様はお構い無しといった感じだ。
それから暫くの間、ユーイン様の機嫌が悪くなってしまったのは言うまでもない。
「最強の剣技、最強の拳……そして最強の魔法が揃えば良いんだけどねえ、ユーイン」
「ステラ助けて、睨まれた」
ソリス殿下がユーイン様を見れば、ユーイン様はわざとらしく怯えたように私の後ろに隠れた。でも、そんな仕草も可愛くて許してしまう。多分私は、この小さなユーイン様に弱いんだと思う。
ソリス殿下は呆れた、と言う風に椅子に座り直した。
「そういえば、いつユーイン様は元の姿に戻るんですか?」
「さあ、俺にも分からないね」
「分からないって。まさか、私の所でずっと預かって何て言いませんよね? 仮にも、第二皇子なんですよ」
「それは分かってるよ。そうだね、それにユーインの力も必要になってくるから、そろそろ戻って欲しいところではあるけれど」
と、ソリス殿下が言えば、ユーイン様は怯えたようにソリス殿下の方を見た。でも、いざ目が合うと、バチバチと二人の間で火花が散る。
(矢っ張り仲悪いのかなあ……)
大きいユーイン様とソリス殿下の仲が悪いとは聞いたことはないけれど、ソリス殿下が太陽ならばユーイン様が月。ソリス殿下は明るくて誰にでも平等だけど、ユーイン様はクールで物静か、一人を好んでいるっていうのはよく聞く話だ。だからこそ、合わないのかも知れない。でも、ソリス殿下の口からはいつもユーイン様の話が出てきたぐらいだし……
(そもそも私がユーイン様のことよく知らないのもあるけど)
喋らない人だから、言葉を交したのも数回ほど。ソリス殿下と同じで、幼馴染み……ということにはなるのだけど、よく考えれば私はユーイン様のことをよく知らないのだ。
「いつ、ユーインが元に戻ってくれるかは分からないけど、そういう奴らがいるって言うことだけは覚えて置いて。こっちも調査を進めるけど。貴族も関係してきているみたいだから、調査は難航するだろうね」
「貴族が……」
「今の社会に不満を持っているとか」
そういって、ソリス殿下は、いつもの笑顔に戻った。
「まあ、それはこっちに任せて。ステラは、ユーインのことよろしくね」
「あまりよろしくされたくないですけど」
ハハッ、とソリス殿下は笑い、その後私はユーイン様を連れて執務室を出た。
「本当にいつまで『かわいこぶってる』つもりなんだろうね」
そんなソリス殿下の声は、私の耳には届かなかった。
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