10 事件解決




「おらああっ!」



 普通、女性から出ないような声を腹の奥から出して、私はその拳を振るった。手近にいた男の顔面を殴る。



「ぐあっ」

「な、何なんだこの化け物は!?」

「うるさい」



 そうして一人また一人と倒していく。殴られて倒れていく仲間を見て、ようやく恐怖心が芽生えたのか、男達は戦闘態勢に入った。ナイフを取り出したり、詠唱を唱えたり。だが、誰一人として私に生身で向かってくるものはいなかった。皆、距離を取って攻撃を仕掛けてくる。



(腰抜け……)



 これなら、よっぽど公爵家の騎士達の方が優秀だと、私はナイフを蹴り飛ばしながら思う。持ち前のナイフが蹴り飛ばされ……蹴りによって折られたことに驚きが隠せないのか、ある男の顔には綺麗に右ストレートが入った。その拍子に、歯がパキッと欠けた音がし、一本の歪な歯が倉庫の灰色の地面に落ちる。

 これじゃあ、私が一方的に殴っている、犯罪者みたいじゃないか。

 攫うだけが仕事で、戦闘になれていないようにも思えた。こんな人達に、ユーイン様は攫われたのかと。怒りを通り越して呆れてしまう。

 こざかしい手を使うことでしか、勝利を掴めない奴は目も当てられないと、私は思うから。

 私に向かって飛んできた火球を、風圧で消し去り、魔法で作られた弓矢も全て指の間で止めそのまま真っ二つに折る。



「マジで、化け物じゃねえか!」

「魔法を此奴……素手で、素手で……!」



 男達が狼籍える。

 確かに、魔法を素手で防ぐのは並の技じゃ無い。そもそも、私じゃ無ければできないようなものなのだ。それは自覚ある。

 前提として、まず魔法は物理で防ぐのが難しい。私のように魔法を壊せるのは、私と、ソリス殿下の剣術、そしてユーイン様の魔法ぐらいなのだ。このぐらいのレベルにならないと、まず魔法を全て防ぐのは難しいだろう。

 私はそんな男達を尻目に、倒れている男達を踏みつけながらユーイン様の元へ駆け寄った。

 ユーイン様は、頬に切り傷が出来ていたが、意識もはっきりしているようだった。しかし、まだ子供だからか身体に力が入らないのか、立ち上がれないでいた。

 私は彼の縄を解きながら、どうにかこの場所から逃げようと出口を探した。縄を解く間、私は彼に何も聞かなかった。ユーイン様は何も言わなかった。怖がっている様子はなかったが、緊張からか言葉が出なかったのかも知れない。

 早くこの場から立ち去らないと……そう思って顔を上げれば、男の一人が詠唱を唱え始めた。



(不味い、この魔法って……睡眠魔法!?)



 直接的な攻撃、遠距離攻撃には対応できたが、特殊効果をもたらす魔法にはさすがに対応しきれなかった。霧のような白いもやが私達を襲い、私はその場で足をついた。



(意識が持ってかれる、眠い……)



 このままでは、寝落ちしてしまう。

 私は必死に目を開けようとしたが、それも叶わず、瞼は重力に逆らえずに閉じていく。すると、私の視界に影が入り込んだ。その人物は、倒れる私を抱きかかえて、優しく囁く。

 その声は、何処かで聞いたことのあるような声だった。



(綺麗な……銀髪……)



 最後に見た景色は、そんな美しい銀髪のハーフアップの青年だった。





――――

――――――――



「……テラ……ステラ」

「ハッ!」



 誰かに名前を呼ばれた気がして私は目を覚ました。勢いよく起き上がったせいか、目の前にいた人物と頭がぶつかってしまう。幸い、私には痛みが走らなかったが、ぶつかった人は、「くぅ……」と痛そうに声を上げていた。



「す、すみません……って、ソリス殿下!?」

「やあ、やっと起きたんだね。おはよう。お姫様」

「何でここに!?」



 立ち上がって頭を下げれば、聞き覚えのある声が振ってきて顔を上げればそこには戦場に出ていったはずのソリス殿下と、その家臣達がいた。皆、私を心配そうに見ており、状況を把握する。

 寝ていた時間はかれこれ数分と言ったところだろう。まだ、港で遠くに海が見え、潮の匂いがする。予想だが、ソリス殿下がちょうど帰ってきた……と言うところだろうか。



「予定よりも早く帰って来れたんだよ。そしたら、君の声が聞えてね、いつでも突入できるように、倉庫の外で張っていたんだ」

「そうだったんですか……そういえば、ユー……じゃなくて、ユーイン様は!?」



 ユーイン様が誘拐されて、取り戻すために私はあの倉庫に乗り……一緒に転移してきたわけだけど。

 私が辺りを見渡せば、「ステラ!」と名前を呼びながら、ユーイン様が走ってきて私に抱き付いた。それはもう心配していたと言わんばかりに。



「ステラ、大丈夫? 起きないかと思って心配して……」

「ううん、大丈夫だよ。ほら、なんともないでしょ?」



 ユーイン様が不安げな表情を浮かべる。ユーイン様にそんな顔をさせていると思うと、胸がギュッと締め付けられた。泣きそうな顔も可愛いと思ってしまうのは、許して欲しい。



(でも、意識を失う前、誰かが魔法を使ったような……あの男達じゃなくて、もっと冷たくて強い魔法)



 意識を失う前の記憶を思い出そうとしても、もやがかかったように思い出せなかった。まるで思い出さなくてもいいと言っているように。

 そんな風に考えていると、ソリス殿下と目がばっちりと合った。



「何でしょうか」

「うん? いやあ、二人とも無事でよかったと思って。兎に角、ステラが無事でよかったよ。ユーインの方は心配ないね」

「わ、私は無事に決まってますよ! じゃなくて、ユーイン様の方を心配してあげて下さいよ。だって、身体は子供なんですよ!」

「うーん、まあ、ユーインの方は心配じゃないかな」

「それでも兄弟なんですか!?」



 思わずそう叫んでしまった。

 元の身体のユーイン様なら、そりゃ心配のしの字もいらないと思う。でも、今のユーイン様は子供で、私達が守ってあげないといけない存在。なのに、ソリス殿下はユーイン様なら大丈夫だと、全く微塵も心配している様子はなかったのだ。

 いくら弟とは言え、子供に掛ける重圧では無いと思う。

 私がそう怒っていると、くいっと私の服をユーイン様が引っ張った。見れば、ユーイン様は構ってと言わんばかりに私を見つめている。



「どうしたの? ユー」

「ステラ、抱っこ」



 バッと両手を私に向かって広げたユーイン様。その瞳には期待が籠っており、断れるはずもなく私はそのままユーイン様を抱き上げた。すると、満足そうに笑みを浮かべ、ぎゅっと私にしがみ付く。

 何この子、可愛すぎるんだけど。

 矢っ張り、ユーイン様は私が守らなきゃと骨が折れない程度に抱きしめた。



「すっかり、絆されちゃってるね。ステラ」

「だって、ユーイン様凄く可愛いんですもん」

「そうだね……かわいこぶってるからね」



と、ソリス殿下はくすりと笑いながらユーイン様を見つめていた。




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