02 何で勝手に決めるの?
「ステラ、婚約破棄された件、黙ってましたね」
「うっ……すみません、お母様」
とある日の夕食。
久しぶりに家族揃って食事が取れると少しの期待と、お母様に何か突っ込まれるんじゃないかと言う不安と共に席に座れば、その予想通り、お母様の口からこの間の「婚約破棄」の件について指摘された。
お母様の顔はいつも通り綺麗で、崩れていなかったが、心なしか眉間に皺が寄っている。
「えー、えっと。婚約破棄されちゃいました」
「はあ、これで何回目よ」
「何回目って二回目ですけど」
「普通は婚約破棄なんてされないのよ!」
バンッとお皿を叩いて、立ち上がったお母様に、私は思わず肩を揺らす。
それから、恐る恐る顔を上げれば、お母様は怒った表情のまま私を見下ろしていた。
これはヤバいやつだ……と思った時にはもう遅く、私はこの後、長い説教を受ける羽目になった。今日は私の好物が並んでいるというのに。
「いい? ステラ。貴女は公爵家の令嬢なの。それに、女なのよ。なのに何!? 男達に混ざって走って、剣を振るって……そして、拳で人を殴って。そんなの女の子がする事じゃ無いのよ」
「わ、分かってます……」
「この間仕立てて貰ったドレスも台無しにして……お茶会も、夜会の招待も断って」
お母様は頭が痛いといわんばかりに、額に手を当てる。
確かに、お茶会やら夜会やら招待が来ていた気がする。でも全く興味が無くて、ノイに捨てるよう頼んだのだ。そして、舞踏会もそうだ。出される料理は好きだけど、ダンスは苦手。私は踊るよりも剣を振っていたい。だから、いつも断りを入れているのだ。
しかし、今となってはその事が仇となってしまったようだ。
目の前には、美味しそうなシチューが置かれているのに、食べれるのはもう少し後になりそうだった。
「大体、ステラは可愛いんだからもっとおしとやかな振る舞いをして欲しいの。この間だって、廊下を走っちゃダメでしょう?」
「ごめんなさい」
「それから、それから」
その後も続く小言に、私は耳を傾ける。
正直、こういう話は面倒くさいと思う。それに、私は何も悪くない。
(というか、まだ大丈夫よ。きっと公爵家の令嬢っていうブランドは、あるわけだし……最悪誰かが貰ってくれるでしょうし……)
まあ、自分が認めた相手とじゃないと、結婚は嫌だけれど。でも、今は正直結婚のこととか考えられなかった。言い訳をすれば、婚約破棄されたばかりなのに、次の相手を見つけろなんて……
だから、早く終わらないかと思いながら、私は適当に相槌を打っていた。
すると、それがいけなかったのか、お母様の口が止まった。
やっと終わったか……と思って、ホッと息をつく。でも、それは間違いで、次の瞬間、お母様からとんでもない言葉が飛び出した。
「……ねえ、ステラ。この間参加したパーティーでね、ステラに興味があるっていう人がいて」
「だ、だから?」
嫌な予感がする。
お父様も、嫌な予感がするとその眉間に皺を刻んだ。それでも何も言わないのは、お父様はお母様に弱いから……という単純な理由。
「その人と、一度会ってみてはどうかしら」
そう言ったお母様に、私は思いっきり顔を歪めた。
お母様は気づいているだろうか。私がこの手の話を断るのが、これで何度目なのか。そもそも、私が結婚に乗り気になっていないことを知っているはず。
少し無神経なところがあるというか、まあそれは置いておいて。
「そ、それは、出来ないです」
「何故? もう、明日会うという約束を取り付けてしまったのだから。断るのは失礼だと思わない?」
「なんで勝手に!」
叫びたい気持ちをギリギリの所で抑えながら、私は机の下で拳を握る。
お母様はその間にも話を進めていき、お父様はそれを見て見ぬフリをしていた。それに少しいらだちを覚えたが、自分一人でも強い人間であれ。というのが私のモットーだから、誰かに助けを求める……ということはしたくなかった。
だからここは耐えるしかなかった。
(でも、私にはユーイン様が……)
子供の話だから、本気にしているわけじゃないけれど、あんなに素直に結婚を前提に……何て告白されたのは初めてだった。だから、あの小さなユーイン様の顔が脳裏に浮かぶ。お母様の話なんて聞き流してしまうぐらいには、ユーイン様の事が強く頭に残っていた。
あの無邪気な笑顔を守りたい、と強く。
けれど、小さなユーイン様との婚約なんて認められるはずもないし。かといって、大きなユーイン様は無愛想で、婚約の話なんて聞いてくれそうにない。だから、口実を作ることは出来なかった。だって、私の強いと思う人はソリス殿下とユーイン様ぐらいしかいないから。
そんな事を考えていれば、ふとお母様の声が聞こえてくる。
いつの間にか、話は終わってしまったらしい。
「と言うことで、ステラ。必ず婚約を取り付けてくるのよ」
「だ、だから何で勝手に……」
「じゃあ、貴方を貰ってくれる人がいると思って?」
「おい、やめないか」
そう、ようやくお父様が口を開いた。
「ステラも困っているだろう。何も、まだ婚約破棄されたばかりだというのに」
「だからこそよ。貴方……公爵家がこのまま潰れてもいいって言うの?」
「そんな事は言ってないだろう」
二人の会話に、思わずため息が出そうになる。
お父様もこれ以上は何も……という感じに俯いてしまう。ここは、もうお母様の言うとおりにするしかないらしい。
「分かりました。会うだけ会います。でも、婚約までは分かりません。私は、その人を知らない訳ですから」
「そうね。一応、貴方の意思も尊重しているつもりよ」
「何処が……」
「何か言ったかしら、ステラ」
「いいえ、何も」
私は慌てて首を横に振った。お母様の機嫌を損なってしまったらどうなるか分からないし、これ以上ぐちぐち言われるのは嫌だと思った。
お母様も、お母様で私のことを心配してくれているわけだし……
(ただ、やり方が強引というか、尊重しているという割には考え足らずのような気もするけど……)
女性は結婚して……がお母様の中では一番なのだろう。それが、幸せだと思っているに違いない。
結局私はそれ以上何も言えないまま、明日にその人に会うことになったのだった。
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