03 行かないで、イヤイヤ期




「矢っ張り嫌だー!」

「ステラ様暴れないでください。コルセット締めるので」

「痛い、痛い! これ、絞め殺される奴じゃん!」



 ぐぐぐっと後ろからコルセットを締めるノイ。

 お母様の選んだドレスで、お母様の決めた髪型で、お見合いをする事になった。朝から、メイド達は慌ただしく走り、私の身なりを完璧に仕上げていく。 

 そして、私は今、人生で一番苦しい思いをしていた。

 それは、これから会う相手のせいではなく、コルセットのせいで。

 いつもなら、こんなもの着なくてもいいのに。動きづらいし、何で世の中の女性は細くて美しいことだけにこだわるのだろうか。私には理解できなかった。きっと一生理解できない。



(そんな容姿ばかり気にして、もっと他のことを気にして欲しい……内面とか見て欲しい)



 皆美しいことにこだわる。男性は美しくて強いことにこだわる。前者はあれでも後者を求められるのはありがたいことだと思う。私が男性だったらと、何度も妄想する。でもこの妄想が現実になることはあり得ない。

 ノイは、私のコルセットを締め上げると満足そうに笑みを浮かべた。それから、「終わりましたよ」と言ってくれた。やっと終わったのかと、大きく息をつく。

すると、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。



「ステラ!」

「お父様?」

「すまない、俺の力不足だ。まさか、お前がお見合いなんて……」

「いや、別にお父様が悪いわけではないですよ。それに、私もそろそろ婚約者ぐらい見つけないとって思っていましたから」



 そう言えば、お父様は申し訳なさそうな顔をした。

 まあ、私の言葉が本心ではない事に気づいたからだろう。そんなことはどうでもよくて、お父様がわざわざ私の部屋に来るのは珍しい。いくらお父様でも、いきなり女性の部屋に入ってくるのは……と、そう思っていると、お父様の足の間を縫って、てとてとと私の方に歩いてくる小さな人影が見えた。



「ステラ」

「ユーイ……ユー!?」



 ユーイン様というと、彼の表情が曇るため、あまり言わないようにしている。だが、何故ここにユーイン様がいるのか驚いて私は思わず屈んでしまった。お腹の周りが苦しくて屈むのもやっとだった。



(コルセット邪魔すぎる……)



 どれだけ堅いものを使っているんだろうと思うぐらいにきつく締まっている。本当に死ぬかもしれないとさえ思った。

 しかし、今はそれよりも、目の前にいるユーイン様の方が大事だ。ユーイン様は、何故か不安そうに私を見上げていた。そういえば、ユーイン様には今日のことを詳しく話していなかったなぁ何て思い出した。まあ、いっても子供が理解できることじゃないだろうし。



「ステラ、結婚するの?」

「え? 何でそんなこと言うの? というか、何処からその話し聞いたの?」



 意外にもずばりとそんなことを言われたので、私は反応に困ってたじろいだ。それを見てか、ユーイン様は益々目を潤ませる。このままじゃ泣き出してしまうんじゃ無いかと思うぐらいに。

 どうしようとあたふたしていると、ユーイン様は背伸びをして私の両頬にその小さな手を当てた。温もりが頬に広がっていく。

 ノイは、化粧が剥がれるので……とか言いたげな表情をしていたが、小さくなってもユーイン様は帝国の第二皇子であり、その肩書きが消えるわけでもないので、何も言えずにただ見守っていた。私もこう、両頬を挟まれては、何かを言い返す気にもならなかった。と言うか、先ほどまでの嫌な気持ちが浄化されるように温かい気持ちになっていく。


 子供の力って凄いなと、感心してしまっていた。

 けれど、ユーイン様の顔が晴れたわけではない。



「皆が話してるの聞いたの。ステラ、結婚しちゃうの?」



 皆、とは誰のことを指すのか。子供だから、そんな言い方になるんだろうな。

 きっと、メイド達の噂話を聞いたのだろう。



(こんなに心配してくれるのは嬉しいけど……)



 私は、首を横に振った。結婚なんてするつもりはない。そもそも、相手だって知らないわけだし。でも、それをどう説明したらいいのか分からなくて、迷っていれば、ユーイン様が追撃と言わんばかりに口を開く。



「ステラ、僕との約束忘れたの?」

「約束?」

「僕と結婚するって約束」

「だ、だから、それは大きくしすぎじゃないかなあ……婚約の話は聞いたけど」

「婚約いこーる結婚なの!」

「あ、あはは」



 だったら、ここまで苦労していない。


 二回も婚約破棄されて、婚約=結婚とはならないのはもうわかりきっているのだ。婚約はあくまで婚約。どちらかが破棄すれば結婚なんて夢の夢で、白紙になる。だから、ユーイン様の言葉には頷くことが出来なかった。

 けれど、自分の事をここまで思ってくれているのは、きっとユーイン様だけなのだろう。



「約束したもん」

「ユーが、大きくなったらね?」

「ステラは、大きい僕だったら良いの?」



 何とか交わそうとしたが、ユーイン様は次から次に言葉を投げてくる。こういうのは、勝てないと分かっているため、自分の負けが確定した瞬間だった。口論になって飼ったことは無い。拳で語り合うなら、負ける気はしないけど。



(大きいユーイン様って、絶対こんな性格じゃないし……)



 もし仮に、ユーイン様が元の姿に戻ったとして、きっとそのユーイン様は私に何て興味ないんだろうなとも思った。だって、ユーイン様は孤高の存在で……

 そう思うと、何だか苦しくなってきた。別にユーイン様の事が恋愛感情的な意味で好きというわけでも無いのに。どうしてだろうか。この純粋無垢な小さなユーイン様がそんなことを言ったから? 頭が痛くなってきて、私は首を横に振る。

 ここでうだうだ言っても、今日の見合いが取り消されるわけでもないのに。



「ごめんね、ユー。私行かなきゃいけなくて」

「僕よりも大事?」

「うーん、違うけど。相手を待たせるのはいけないかなあって思って」

「じゃあ」



と、ユーイン様は顔を上げる。


 このまま引き下がってくれれば良いな、なんて淡い期待はすぐにでも打ち砕かれた。



「じゃあ、僕も連れて行って。その人が、ステラに似合うか僕が見極めるから!」

「え、ええッ!?」



 少し怒ったようなユーイン様の顔を見て、マジなんだ……と思ったと同時に、まさかこんなことになるなんてと私は開いた口が塞がらなかった。



(な、何でユーイン様はそんなに私に構うの?)



 驚きとは別に、ドキドキと心臓が煩いのは何でだろうか。



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