04 疑心暗鬼の見合い
(さて、どうしたものかなあ……)
「初めまして、ステラ嬢。僕はアールデゥ子爵家の長男、ウルラ・アールデゥといいます」
にこりと、ウルラは微笑んだ。けれど、何処か無理したようなその笑顔に、引っかかりを覚える。
私達のためにセッティングされた庭。目の前には、お茶とお菓子が並んでいる。私の好みを把握してか、この間買いそびれたマドレーヌらしきものやカヌレ、そしてマカロンまで用意されていた。
何だか無理して用意したように思うそれは、どうしても心が躍らなかった。完璧なセッティング、美しい薔薇が咲き誇る庭、そして柔らかい笑顔。私以外の令嬢なら喜びそうなものがそこにはあった。キラキラと宝石箱のように輝く世界。
しかし、私の心は落ち着かなかった。何故なら、隣に座っているユーイン様がずっと私の服を掴んで離さないからだ。
最初は、大人しく座っていたのだが、椅子をずずずとこちらに持ってきて私の隣は自分の席だとでも言わんばかりに、ユーイン様はウルラを睨んでいた。ウルラもどうしたものかと汗をかいている。
小さくなったとは言え、第二皇子。誰も邪険に扱えないのだろう。
「す、ステラ嬢。今日は時間を作って頂きありがとうございます」
「それは、こっちの台詞です。ウルラ子息。こんな、豪華な会を開いて貰えて嬉しい限りです。ただ……」
私はちらっと横目で見る。すると、ユーイン様がキッと私を見た。
「ステラ、駄目だよ! この人と結婚するつもりなんでしょう?」
「まだ、婚約もしてないから大丈夫だからね……ユー。落ち着いて」
どうしても、ユーイン様が目に入ってしまって、集中できないのが申し訳ない。私も、ユーイン様を邪険に扱えないし、かといってお母様が用意してくださったこの場を、この縁を台無しにしたら何を言われるか分かったものじゃない。私は挟まれながら、居心地の悪さに顔をしかめるしかなかったのだ。
ウルラも困ったような顔をして、その愛想笑いか、作り笑いか分からないけれど、私に助けを求めるように見つめてくる。
(そもそも、こんな細い男の人好みじゃないのよ!)
貧弱、病弱そう、自分の意見を言えなさそう!
最悪のコンボを心の中で唱えつつ、私の苦手なタイプだと思った。顔立ちは悪くないし、貴族らしいのかも知れないけれど、男らしさがない。人の顔色を疑うような目が嫌い。嫌いなところをあげたら切りが無いくらいだった。世の中の女性には受けても私には受け入れられない存在だったのだ。
そもそも、子爵である。
別に階級云々いうつもりはないが、この場合私が嫁ぐことになるのか。相手が、婿入りすることになるのか。公爵家が潰れても良いのかとお母様が言っていたから、婿入りなのかも知れないが、問題はそこじゃない。
お母様も見誤ったのだろうか。
階級云々といったが、一応そこも気にしているはずなのだ。公爵家と、子爵家。あまりにも差がありすぎる。
お母様は、結婚さえ出来ればいいと思っているのだろうか。
色んな考えが頭をよぎるが、私の頭では整理が着かなかった。ただ、目の前の男だけは却下だといっている。
「覚めないうちにどうぞ。ステラ嬢の好きなものだと聞いたので」
と、ウルラはどうにか会話を繋げようとしてか、ささっと、私に食べるよう促してくる。
けれど、何か引っかかるのだ。
(何で、そんなに食べてって急かしてくるの?)
確かに、紅茶が冷めたら美味しくないという理由はあるのかも知れないが、ウルラ自身お菓子にも紅茶にも手を付けていないのだ。そして、極めつけは申し訳なさそうな顔。何かに脅されているような、私を見ないその黒い瞳を見て違和感を覚える。
私だってそこまで馬鹿じゃない。
「何故、そんなに急かしてくるんですか?」
「えっ……」
私から話を振れば、挙動不審に顔を上げるウルラ。しかし、その目は泳いでいてあっちこっちに視線を向けていた。
まるで、言いたいことを言えないような子供のような態度に眉間にシワを寄せた。
私に媚びを売るなら、もっと堂々とすればいいのにと、苛立つ。けれど、ウルラはハッとしたように私を見ると、慌てて笑顔を作った。
「えっと、紅茶が冷めたら美味しくないので……アハハ」
と、ウルラは言う。しかし、私は、その笑顔の裏に何か隠されているんだと察する。
きっと、この人は嘘をつくことが下手くそなんだ。だから、私もすぐに気づいた。けれど、気づいてしまうとどうしようもない嫌悪感が身体中を支配する。
お母様も知らないだろうし、ウルラもきっと彼の裏に誰か操っている人がいると言うことは明確。そうなると、彼の家よりも上の爵位の人間達か……ウルラ達は脅されているのかも知れないと。
「誰かに脅されているんですか?」
「何で」
「だって、貴方の顔、嘘ついているように見えるから」
「ステラ嬢」
ごめんなさい。と、きっと心の中で何度も言っているに違いない。でも、言ってくれないと私には分からないのだ。私の頭じゃ、彼の裏にいる人間を突き止めることは出来ない。
「このお菓子か、お茶に毒でも盛ったんですか?」
「……ッ!」
ウルラの表情が変わる。さああ……と青ざめていくのが分かり、私はやはり図星かと思った。安易に食べなくてよかったとほっとしている。
ユーイン様も、知ってか知らずか、お菓子に手を付けなかった。偶然かも知れないけれど。ユーイン様は私がお菓子をあげれば食べていたし、てっきり甘いものが好きなのかと思ったけれど……
(まあ、ユーイン様は、賢いし……)
可笑しなくうきだと、子供ながらに察したんだろう。
ユーイン様が食べていたらどうなっていたか、考えるだけでも恐ろしくなった。
(誰も悪くない。お母様も、きっとこのウルラも……誰が……)
何故私を狙うのか。
確かに、帝国の三つの星と呼ばれている一人、ユーイン様が小さくなって、力の星なんて言われている私までいなくなったら、帝国は傾くかも知れない。未来に影が差すような。ソリス殿下だけになったら……
ソリス殿下が、国家転覆、世界を滅ぼそうと思っている人間がいると言うことを思い出した。もしかしたら、ウルラ達はその人達に巻き込まれているのかもと……
「正直に言って。誰が、貴方を操ってるの?」
「そ、そそれは、それは……」
ウルラはたじろぐ。
言えないと、言ってはいけないと。言葉が詰まっているようだった。
(ああ、もう焦れったい……)
私が、どんな手を使ってでも吐かせてやる。と、ムキになって立ち上がったとき、ふわりと、庭の薔薇が舞い上がった。
こつり、こつりとこちらに近付いてくる足音が聞える。
「――――ステラ」
そう名前を呼ばれた瞬間、ドクンと心臓が脈打った。
顔を上げ、その声の主に視線を向けたとき、瞳孔が開くような感覚を覚える。
「え……ユーイン様?」
そこに立っていたのは、元の身体に戻っている……隣にいたはずのユーイン様だったからだ。
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