05 ユーイン様が二人!?




(いやいやいや、あり得ないでしょ!? 何で、何で!?)



 混乱の嵐。

 頭の中には、混乱の二文字が飛び回っている。それは、目の前に現われた大きなユーイン様……のせい(いや、元々そのサイズが本来の姿なんだけど)。



(じゃあ、この足下にいるユーイン様は?)



 私の足にぴったりとくっついているユーイン様は、大きなユーイン様に対して、並々ならぬ殺意のようなものを向けていた。けれど、子供の大きな瞳で睨んだところで、その睨み何て犬に噛まれた程度のものだろう。

 大きなユーイン様はちらりと、小さなユーイン様を見下ろし、すぐに私の方へ視線を戻した。



(どういうこと? この冷たい感じも、蔑むような目も……って言っちゃったら、失礼かもだけど、ユーイン様……そのものじゃない。でも、そうなるとユーイン様が2人?)



 訳が分からなかった。

 突然の大きなユーイン様の登場に場は騒然とする。後ろで控えていたノイも、どういうこと? と眉間に皺を寄せていた。けれど、メイドが何か言える立場じゃないと、ユーイン様の出を伺っていた。



「ステラ、俺のことを忘れたのか?」

「わ、忘れてなんてないです……帝国の第二皇子に挨拶申し上げます」



 何故か改まってそんな挨拶をすれば、ユーイン様は少しだけ口角を上げた。

 こんな人だっただろうかと、私は挨拶をしながら思う。それに、何故ここにいきなり現われたのか、そこから説明して欲しい。



(何だか、色々出来すぎているのよ)



 毒がはいっているかも知れないお茶やお菓子、そして、大きなユーイン様の登場。ソリス殿下の言葉を思い出しながら、私はいつでも動けるように構えていた。けれど、いつもと違う服に、キツく締められたコルセット。前のお茶会で、ドレスを滅茶苦茶にして怒られてしまった経験があるからこそ、今回のドレスも滅茶苦茶にしたらお母様に何を言われるか分かったものじゃなかった。だからこそ、下手に動けない。

 けれど、この場にいる小さなユーイン様は守らなければと、ただそれだけ頭に刻まれる。



「そんな堅くならないでくれ。僕と、ステラの仲だろう」

「私達、そんな仲じゃないですけど」



 ユーイン様がそういうので、私は間髪入れずそう返してしまった。ユーイン様の白い顔に皺が寄る。不機嫌なのは誰が見ても分かることだった。そういう所は、ユーイン様らしいけど、私に話し掛ける人だっただろうか。

 思い当たるのは、やはり偽物ということ。

 しかし、これほどまでに似せることが出来るのだろうか。かなりの魔力を持っている人でなければここまで完璧に似せることは出来ないだろう。

 助かったのは、私とユーイン様の関係を深く知らないということだけ。それだけで、偽物なんじゃないかと言う疑惑が確信に変わる。というか、私とユーイン様ってそもそも喋らない仲だし……



「あの、それで貴方は誰なんですか?」

「何を言うんだ。僕は、ユーイン・ウィズドム。この帝国の第二皇子だろ」

「ですが、ユーイン様はここにいます」



と、私は、あの小さなユーイン様を庇いながら言った。


 大きなユーイン様は、小さなユーイン様を見て一瞬表情が強張る。二人も同じ人物がいるなんて不自然だろう。



「ステラは、そいつが本物だと思っているのか?」

「ソリス殿下から直々にユーイン様を頼みますと言われたんです。貴方が誰かは分からないけれど、第二皇子に化けるなんて不敬だと思わないの?」

「何だと」



 酷く冷めた瞳で見下ろすユーイン様。ゾクリと背筋が凍るような、感覚におそわれながらも、ギュッと足にしがみつくユーイン様のためにも、ここは引けないと思った。

 その化けの皮を剥がすと、意気込み口を開いた瞬間、偽物のユーイン様がそれまで黙っていたウルラの方に視線を向ける。



「そうだ。アールデゥ子爵の子息……貴様はどちらが本物だと思う?」

「ぼ、僕ですか……」

「貴様以外誰がいるというのだ」



 高圧的な態度に、ウルラは萎縮してしまっている。それどころか、震えていて見てられない。本当に男なのかと思ってしまうぐらいに。



(ああ、これはいけないかも……これ、男女差別になっちゃう)



 私は首を横に振った。幾ら情けないとは言え、男だから……なんて理由を付けてはいけない。それじゃあ、私が女だから美しくありなさいと言われていることに反発している理由と同じになってしまうから。

 けれど、目に余る。ウルラは、チラチラと私を見ながら、震えた口を開いて、ユーイン様に向かって言う。



「あ、貴方様が、ほ、本物だと思います。そ、そもそも、魔力切れで小さくなるなど前例がありませんし」



 ウルラの言っていることは正しいだろう。

 実際ユーイン様が小さくなった理由は魔力切れとかそういうものだと言われたけれど、前例がない。しかし、帝国一の魔道士だからこそイレギュラーが起こりうる可能性もないわけではない。けれど、私は、ユーイン様が実際小さくなったところを見たことが無いわけだし……



(ソリス殿下が、自分の弟だって言っているしか証拠がないけれど。ソリス殿下が自分の弟のことを間違えるわけ無いから)



 ソリス殿下はあれだけ弟であるユーイン様をおちょくったりしているけれど、かなり溺愛していると聞く。大切な弟を見間違うはず無いと。



(矢っ張り、ウルラは脅されているのね。それも、きっとこの偽物のユーイン様に)



 私の中で結論が出る。

 この偽物は、本物のユーイン様を貶めようとしているのだろうと。

 そうと決まれば、やることは一つ。

 私は、目の前の大きなユーイン様を睨み付ける。



「何だ、その目は」

「偽物がいい気にならないで。本物のユーイン様はここにいるんだから」

「だから何故、その小さいのが本物だと言えるんだ」

「……」

「根拠がないくせに言うな。それこそ、俺に対して不敬ではないか?」



 そう言われ、言葉に詰まる。

 確かに、私には根拠はない。けれど、ソリス殿下が言ったのならそれが真実だろう。それに、この人がユーイン様のふりをして、何を企んでいるかは知らないけれど、このままにしておけば、ユーイン様の立場が悪くなるだろう。

 そう思いながら、私はじっと大きなユーイン様を見る。

 すると、大きなユーイン様は眉間にシワを寄せ、一層その顔を歪ませた。

 ユーイン様はそんなんじゃない。



「不快だ……まずは、その小さいのを消してから貴様を――――」



 そう言って叫んだかと思えば、ユーイン様は小さなユーイン様に向かって攻撃魔法を放った。



(魔法……威力もあって、早い……!)



 間一髪の所で小さなユーイン様を抱きかかえ、後ろに飛んだが、その地面には大きな穴が空いていた。



(この人、誰か分からないけれど強い……)



 偽物が攻撃魔法を放った瞬間、この場の空気が一変した。私はこの場にいる小さなユーイン様と、ノイを守りながらあの相手に勝てるだろうか。

 額に流れる汗、爪が食い込む拳。



(ううん、勝つ……)



「俄然、燃えてきた」



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