エピローグ

小さくても、大きくても私は貴方を愛してる




「災難でしたね、ステラ様」

「そう! でもね、間近でゴリラ神を見えて最高だった。もう、最高に熱い試合だった」

「……ステラ様、他に言うことはないんですか」



 今日最大の特大溜息を聞きながら、私は、この間のことを、ノイに熱く語った。本当に兎に角熱かったのだと。語彙力が自分に無いことが露見するぐらい、「ゴリラ神最強!」、「ゴリラ神万歳!」しかいっていない気がする。何か、他に大事なことがある気がするのに。



「それでステラ様、ユーイン様には渡せたんですか?」

「何を?」

「何をって、その日は、ユーイン様の誕生日だったじゃないですか」

「あー……はい、それね」



 ノイはそんな肝心なことを忘れて、何を覚えているんですか、的な事を言いつつ、鏡越しに私を睨み付ける。そう、それが重要だったのだ。というか、その為にパーティーに出席したのに。



(プレゼント、あの地下に落としちゃったんだよな……かといって、地下は埋まっちゃって、王宮とかその周りは今復興作業で忙しいし……)



 ユーイン様へのプレゼントは、あの地下に消えてしまった。きっと粉々……とまではいかなくても、目も当てられないものになっているだろう。そんなの掘り起こしてあげたところで喜ばれないと思う。オーダーメイドだったし、同じものは手に入らないから、また別の物をと用意しようと思ったけれど、見当たらなかった。無難に花……とかも思ったけれど、タイプじゃないし、何となくユーイン様に花なんかあげたら、一生大切にするとかいって氷付けにしそうな感じだから。



(ド偏見だなあ……これ)



 ユーイン様のことをいったい何だと思っているんだと、言われても可笑しくないけど、私の中のユーイン様はまだイマイチ掴みきれていない部分もあるので、こんな感じだ。

 私は、ベッドの上でゴロンゴロンと転がり、枕を抱きしめる。何であんな所に落としたのか。悔やんでも悔やみきれないが、くよくよしているのは私ではないと、気持ちを切り替えることにした。

 それに、誕生日なら何でも受け取って貰えるだろう。



「そういえば、今日ユーイン様が公爵家を訪れると……あ、来た」



と、ノイは気の抜けそうな声でそう言うと、準備が出来ましたので、と私を立たせた。


 可愛くして貰っていても、隠し切れていない筋肉だったり、怪我の後。お母様が直視したら倒れそうだなあ何て思いつつ、私は玄関へと向かう。そこには既にユーイン様がいて、私は庭まで案内する。庭には、青い薔薇が咲き乱れていて落ち着かない。花なんて愛でることないし、青というのは強烈だ。でも、ユーイン様の瞳の色にも似ている。



「ユーイン様、この間は……」

「災難だったな。ステラに怪我がなくてよかった」

「あ、ありがとうございます」



 優しい言葉に、胸の奥がきゅんとする。ああ、やっぱり好きだなあと再確認しながら、私はユーイン様を見上げた。本当に黙っていれば、切れ長で美しいサファイアの瞳も、サラサラと清流のような銀髪も、すらっとしつつしっかり筋肉のついている身体も、白い肌も。格好いい部類に入るのに、私の前では何処か可愛くて、おっちょこちょいな部分もあって、愛おしい。けれど、格好いいとはちゃんと思っている。男らしい格好良さ。



「ユーイン様、お誕生日おめでとうございました」

「ああ、ありがとう。ステラ。あの日、聞けなかったからな」

「矢っ張り、寂しかったですか?」

「寂しい? そうだな……当日に祝って欲しかった気持ちもあったが、あんなことがあったんだ。仕方がないことだろう」



と、ユーイン様は、サラッと流した。でも、きっと心の中では祝って貰えなかった寂しさというものはあるんじゃないかと。


 私は、寂しそうなユーイン様の横顔を見ながら、プレゼントを渡すのはこのタイミングしかないと両手を広げた。



「っと……何だ、ステラ」

「誕生日プレゼントです」

「誕生日プレゼント……」

「私に存分に甘やかされるって言う、誕生日プレゼントです」

「存分に甘やかされる……」



 大困惑、見たいな顔でこちらを見ているユーイン様。

 これまで分かってきたことは、ユーイン様は甘えたいけど、甘えられないシャイなところがあるということ。素直になれないと言うことは分かりきっていたので、私はプレゼントに甘やかされるという物を送ろうと思った。これなら、準備もいらないし、何より喜んで貰えると、そう思ったのだ。

 ユーイン様は、一方後ろに引くと、顔を一掃し、そのままふいっと顔を逸らしてしまった。耳が赤くなっているところを見ると恥ずかしいのだろう。



(そういう所が可愛いんだ……って)



「それが、プレゼントか」

「はい、これがプレゼントです。お気に召しませんでしたか?」



と、私が首を傾けて言えば、うっ、と声が裏返ったようななんとも言えない声が聞えてきた。案の定それはユーイン様から発せられたもので。


 ユーイン様は、もう顔を隠すのは諦めたのか、真っ赤な顔をさらしながらこちらをチラチラと見ている。様子を伺っているのか、それとも、このプレゼントが信じられないのか。それから、少しの沈黙の後、ユーイン様ははあ……と息を吐いて口元に手を当てながら言う。



「……いや、最高だ」

「それならよかったです。ほら、いつでもどうぞ?」



 そう言ってわざとらしく両手を広げれば、またユーイン様はうっと言葉を飲み込んだのか、詰まらせたのか、真っ赤な顔を引きつらせながら私を見ている。これは、飛び込んで良いものなのか……警戒している子猫のようだった。



「夫婦になるからこれぐらい普通なんじゃないかな……って」

「夫婦」

「そうだと思っていたんですけど、私だけです?」

「いや、結婚する。夫婦になる。ステラとの子供も欲しい」

「うわー欲張りだなあ」



と、言いつつも、そこまで求めてくれることが嬉しくて、つい笑みがこぼれてしまう。


 それに、子供を作る行為だって、本当はしたいと思ってくれていたんだなあと思うと、尚更嬉しい。まあ、多分簡単にいかないだろうけど……ユーイン様の性格からして。



「その、抱き付いても良いのか?」

「勿論です。存分に甘やかされて下さい」

「……合法」

「はい」



 ユーイン様はそう言うと、覚悟を決めたように私に近づいてきた。だんだんと距離が縮まっていく。改めてユーイン様って大きいんだなあ、男性だったんだ……成人男性、何て阿呆な感想を抱く。そして、目の前まで来たユーイン様はピタリと止った。どうしたのかと待っていれば徐々に手を広げて抱きしめようとしているのが分かった。でも、ぷるぷると震えている。



「やはり、ダメ……だ」

「え?」



 そういうと、ユーイン様はポンと音を立ててあの小さなユーイン様になってしまった。落ちないように抱き留めて、私は腕の中の小さなユーイン様を見る。小さなユーイン様は、先ほど緊張していたのが嘘みたいに、大きな瞳を潤ませて私を上目遣いで見ている。


 ぎゃんかわ……



「ステラ」

「ユーイン様、矢っ張り貴方は……」

「ステラ?」



 こてんと首を傾げるのはダメだ。可愛すぎる。

 私は感極まって、ユーイン様を思いっきり上に向かって投げた。上空でんぎゃあああああ! 見たいな、情けない悲鳴が聞えるような、聞えないような気がしながらも、私の腕の中に戻ってきたユーイン様をギュッと抱きしめる。



「ス”テ”ラ”ぐる”じぃ”……」

「ユーイン様、可愛いです。ユーイン様!」

「はなし……きけ」



 ぎゅむっと潰れながら話すユーイン様の言葉なんて無視して、最高に愛らしい、可愛い婚約者を抱きしめながら私は幸せを噛み締めた。


 ゴリラでも可愛いものは大好きだ。可愛いものは愛でるべきだ。

 今日、私の中にまた一つユーイン様の可愛い顔が刻まれた瞬間だった。

 恥ずかしがらず、向き合って夫婦になるのはまだ少し先のお話だ。



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ゴリラ令嬢は小さくなった第二皇子に恋をする~まさか、高い高いでこんなに怖がられるとは思っていませんでした~ 兎束作哉 @sakuya0528

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