10 最強VS最強
世界の危機を察知して目を覚ますゴリラ神。
群れのリーダー、シルバーバックとして……私達人間の味方であり、希望であり、英雄のゴリラ神は目を覚ます。
「よかったんですか。前戦から降りてきちゃって」
「問題ないよ。俺達がいても、さほど変わらなかっただろうからね」
「兄貴、それはないだろう。僕達を何だと思っている」
ソリス殿下に連れられて、王宮の地下、秘密通路を一列になって歩いている。たいまつ一本で照らせる範囲はごくごく僅かだ。絶えず、地震が起こり、上で繰り広げられているドラゴンとの攻防戦が気になって仕方がない。早く戻らなければ死人が出るのではないかとヒヤヒヤするぐらいに。しかし、ソリス殿下が私とユーイン様が必要だ、といったためついて行かないわけには行かなくなった。
ソリス殿下は、ユーイン様の言葉に対して、「帝国の三つの大きな星」だよ。と、クスクスと笑っていた。冗談なのか、真面目に答えてそうなのか、理解に苦しんだが、ここにいる三人は確かに、帝国の星と呼ばれている人間ばかりだ。
剣豪ソリス・ウィズドム皇太子殿下。
大魔道士ユーイン・ウィズドム殿下。
怪力ステラ・ウィース。
私だけ、何だか場違いな気がするし、もっと武道家とかそういう言い方なら良いんだけど、この表し方しかないようで。表し方は置いておいて、まあその三人は帝国の星、希望みたいに扱われている。あまりにもたぐいまれな才能を持って生れたためにそう言われているのだ。何千人に一人の逸材。三人存在している時点で、もう逸材とか、伝説レベルではないのかも知れないが。
「それで、何で私達が必要なんですか?」
「ゴリラ神の復活に必要なんだ」
「まさか、生け贄とか!?」
私は、ソリス殿下が言った言葉に驚いて声を上げてしまった。だって、こんな地下で復活……見たいな事聞いたら、先ほどのカナールのように儀式で生け贄でって考えてしまっても仕方がないだろう。もの凄く失礼なことを言っている自覚はあるが。まあ、でもそれにそんなことをするなら、こんなに堂々と歩いていないと思う。
ソリス殿下は爽やかな笑顔で「まさか」、といった。さすがのユーイン様もそんなこと考えもしなかったようで、私の発想に驚いて何も言えないみたいな状況だった。
ようやく、自分が如何に恥ずかしいことをいったんだと自覚する。小さな声ですみません、といって、取り敢えずは黙ってついて行くことにした。また、余計なことを良いそうだから。
「儀式……っていうのは、近いかもね。ゴリラ神も弱い人間のために目を覚まして、身を粉にして戦ってくれるわけじゃないから。強い人間を求めてるって言う部分では合っているかも。抗う人間、それでも勝てない強敵に俺達の代わりに戦ってくれる。それが、ゴリラ神だ」
「なるほど、矢っ張り、ゴリラ神は最強ですね!」
「……何故、お前達はそんな話で盛り上がることが出来るんだ」
後ろで、はあ……と大きな溜息が聞えたが、私は自分の強さを認めて貰い、その上でゴリラ神が復活してくれるなら……と何処か心が躍っていた。ソリス殿下の話を聞いていたユーイン様も呆れ顔だった。
「ここが……」
「ああ、こんなことになるとは思っていなかったからね。ここに来るのは初めてだけど……」
と、いって、ソリス殿下はたどり着いた地下の祭壇のような所に足を運ぶと、石碑のようなものに乗っかっていた砂埃を払っていた。王宮の下にこんなところがあるんだと、驚く反面、ここにゴリラ神が眠っているのかとわくわくと期待が大きかった。
ユーイン様は落ち着きを放っていて、相変わらずだなあと思う。そんなユーイン様を見ながら、祭壇で詠唱のような物を唱えるソリス殿下。一通り、詠唱を読み上げると、自分の親指の腹をナイフで切り裂き祭壇の出っ張りに1滴血を垂らす。これが、ゴリラ神を復活させるために必要な物なんだと察し、私も殿下に続いて真似てみる。ポタリと、落ちる血。そして、ユーイン様も同じように血を垂らすと、先ほどよりも大きな地震が地下を襲う。このままじゃ、地下が崩れる……と踏ん張りが利かず、その場に倒れ込むと、私を優しくユーイン様が抱き上げた。
「大丈夫だ。”来る”ぞ」
「え――――」
地震はさらに激しさを増し、地下の祭壇に、地面大きなヒビが入った。そこから、黒い毛深い何かが姿を見せる。
(ゴリラ神様!)
それは、私が夢に見たゴリラ神だった。王宮がどうなるだとか、地下が崩れるとか、もう頭の片隅ほどどっかに行ってしまい、私達は、復活したゴリラ神の掌にのせられ地上へと上がっていく。ゴリラ神は、私達を握りつぶさないように、また、崩れる際の岩石が当たらないようにと守ってくれた。意思疎通が出来るか分からないし、あまりの大きさに、見上げても顔を拝むことは出来なかったけれど、ゴリラ神の手のひらの上にいると言うだけで満足感で一杯だった。
地上に戻れば、ゴリラ神の復活に歓喜する声と、ドラゴンの宿敵を見つけ最後の戦いだと叫び声を上げ、そんな阿鼻叫喚の嵐に包まれていた。
ゴリラ神は、私達を地面の上に送り届けると、ずんずんと地面を踏みしめ、ドラゴンと退治した。ドラゴンも、何千年、何万年ぶりのライバルに嬉々として向かって行った。いや、今度こそまけないとリベンジを込めてだったのかも知れない。先ほどまで、荒れ狂っていたドラゴンは、私達に見向きもせず、ゴリラ神に向かっていく。炎のブレスも、翼による突風を巻き起こした攻撃も、ゴリラ神は素手で粉砕していく。私が理想とした戦い方だった。
二匹の怪物は、お互いの力をぶつけ合いながら、暴れまわっていた。
「俺達のはいる隙間なんて無いね。これは、人間では敵わないよ」
「そうですね……」
見惚れていた。
ソリス殿下は、やれやれといった感じでこの後どう復興していくか次のビジョンを考えているようだったが、私はただ最強がぶつかる瞬間を目に焼付けておこうと思った。
「ステラ、兄貴危ない!」
「え……っ」
ひゅんと何かがこちらに向かって飛んできた。それは、ドラゴンが放った火球の流れ弾。このままじゃ私も殿下も当たると、身構えたが遅く、ユーイン様が間一髪の所で魔法を放ち、受け止める。だが、かなり消耗しきっていたのか、ポンと何とも可愛い音を立てて、目の前で魔法を弾いたユーイン様は子供の姿になってしまう。
私は、そんなユーイン様を受け止めながら、顔を上げた。もうすぐ夜明けなのだ。うっすらと、遠くの空が明るくなっている。
「ユーイン様、ユーイン様大丈夫ですか!?」
「ああ、多分大丈夫だと思うよ。魔力切れと、寝不足かな?」
「ね、寝不足」
「うん、今日……ああ、昨日かな。ステラに誕生日祝って貰えるからって眠れなかったらしくて」
「え、何それ可愛いんですけど」
と、私は腕の中で眠る小さなユーイン様を見ながら叫ぶ。
矢っ張り、ユーイン様はクールじゃなくて可愛いだ。そんな、私に祝って貰えるからって……
「待って下さい、祝えてません!」
「そうだったね、こんなことになっちゃって……」
「ちゃんとプレゼントも準備したのに」
もうとっくに日付は越えてしまっているだろう。私は肩を落としながら、ユーイン様をおとさないよう抱きしめる。
「まあ、起きたら存分に祝ってあげなよ。ステラ」
「はい、勿論です」
そんな風に私が微笑めば、ゴンと大きな音を立てて、ドラゴンとゴリラが互いに頭突きをかます。そして、共倒れするように、バタンと地面に倒れた。だが、ゴリラ神は何とか起き上がり、私達に向かってドラミングを披露する。その姿はたくましくて、圧倒的強者だった。昇ってきた朝日が、キラキラと、ゴリラの勇ましい黒毛をてらす。そんな光に包まれながら、ゴリラとドラゴンは消えてしまった。
ありがとう、ゴリラ神様。私達は、貴方に救われました。
勇ましいシルバーバック。
「それで、ユーインはまた狸寝入りしているのかな?」
私は、隣でそう呟いたソリス殿下と、殿下の言葉に不満ありありといった顔で私の腕の中から覗いていたユーイン様の存在に気づかずにいた。
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