02 帝国を救ったゴリラ神は
「はあ~~~~」
「ステラ様、その汚れた服でベッドに倒れないでください。洗ったばかりです」
「ノイも、そんなこと言うの!? ゴリラは地べたで寝ろって言うのね」
「そうではありません。後、ゴリラ神を侮辱するのはどうかと思います」
「侮辱はしていないわ。ゴリラ神は帝国を救った神様だから……私の尊敬している……ああ、ゴリラ神と結婚できればそれでいいのに」
カナールに婚約破棄された後、私は公爵邸に戻り自分の部屋のベッドの上に飛び込んだ。すると、状況を理解した侍女のノイモシーニ、ノイがやってきて注意をする。
確かに、私の身体は泥だらけで汗まみれ。でも、今は構うものか。もう何もかも嫌になってしまった。
私は、ごろんと寝返りを打つ。
別に、婚約破棄されたことがあれだったとか、暴言吐かれたことがあれだったとかではない。ただ、何というかここ二年。一応婚約者としてそれなりに努力してきたのに、それが伝わっていなかったこと、そして自分を認めて貰えなかったことに対する不満が爆発してしまったのだ。
女らしい振る舞いを求める婚約者。皆、私に要求してきたのはそれだった。
女らしくしろと。
一緒に歩いていて恥ずかしい。女はこうあるべきだという思想が皆強すぎて、私にはあわなかったのだ。
私だって窮屈に感じていた。愛してくれなくても、この先自分と婚約し、結婚してくれる人なんて現われないだろうなと思うから妥協していたところはあった。それが、いけなかったのか、私は婚約破棄されてしまったのだ。
実のところ、これで二回目である。
一回目は、もう殆ど記憶に残っていないため私の中ではなかったことなのだが、この年になると記憶は残る物なのだと。いいや、今日、今婚約破棄されたから記憶に残っているだけで、その内忘れるだろうけど。
「ゴリラ神は、皆のゴリラ神ですから。ステラ様とは結婚できません」
「分かってるわよ! 冗談で言ったの!」
私はノイに向かって枕を投げた。それをノイはひょいとかわして、地面に力なく落ちた枕を拾いあげて叩いた。
「はあ、どうせまた婚約者ができるんですから。今回は良い方だったじゃないですか。顔も悪くないし、性格も良い。まあ、少し言葉がきついのが難点ではありますが、それは仕方がないことでしょう」
「婚約破棄されている時点でよくないの。どうせまたって、二回も婚約破棄されて? それで、ゴリラ令嬢って呼ばれてる令嬢に誰が婚約してくるって言うのよ。こっちからお願いしても遠回しに無理ですって言われるのに?」
「ゴリラ令嬢とは名誉な名前じゃ無いですか」
「皮肉られてるんだけどそれが」
ノイは、どうにか良い方向へ転がしたいみたいだったが、私は全然良い方向に考えられなかった。
この国は、かつて世界を滅ぼそうとした黄金のドラゴンとこの地に眠っていた漆黒のゴリラが戦い、ゴリラがドラゴンを倒したことによって、ゴリラを神聖視、神として崇めるようになった。ゴリラのその強さとたくましさから、銅像が造られ、ゴリラ捕獲禁止法が世界各国に広まり、森を守ろうなんて言う運動まで出てきたほどだ。
私も、ゴリラ神の物語を幼い頃から聞かされ心酔してしまっているのだ。
だからこそ、ゴリラ令嬢と言う名前は名誉なはずなのだが、遠回しに怪力、野性味溢れていると貶されているのだ。自分ではその「ゴリラ令嬢」という名前は気にいってはいるんだけど。
「ステラ様、いい加減に服を脱いでください。お風呂の準備も出来ているので」
「……うぅ。熱いお湯は苦手なのよ」
「知っています。ですが、入らないと汚いままですよ」
「わかった……入る……」
私は、渋々ベッドから出て着替えを持って部屋を出た。
「はぁ~~」
私は、肩までしっかり浸かりながら声を上げた。
朝からお風呂には入れるなんて贅沢だなあと思いながらも、先ほどの出来事を思い出して気分はどんよりとしてしまう。
やっぱり、カナールのことは好きになれそうに無かった。
私は、彼のことをあまり知らない。でも、それでも彼は私の好きなタイプでは無かった。ただそれだけのこと。
そんなことを思いながら、バサバサになった黒髪を絞って服を着替える。先ほどの訓練着ではなくてドレスだった。真っ赤なドレス。お母様が黒髪には赤いドレスが似合う、と口癖のように言うから、ドレスは赤が多い。ワンポイントも赤だ。確かに、この黒髪にインナーカラーで銀色がはいっている髪には似合うだろうけど。
(インナーカラーというか、生れたときから銀色だったんだけど……)
まるでゴリラを表す色みたいで素敵! とは自分でも思っている。
「ステラ様、湯加減は大丈夫でしたか」
「うん。丁度良かったわ」
「それならよかったです……と、話は変わるんですが、ステラ様。公爵様がお呼びです」
「お父様が? 何か用事かしら」
「……曰く、帝国の一大事だそうです」
「うん?」
ノイは、真剣な表情でそう言うと頭を下げて戻って行ってしまった。ノイは優秀だから、やることは山のようにあるのだろう。新人指導も彼女が担っていることが多い。若くしてあれだけ賢くて動ければ株も高いだろう。何より、私が走ってもついてこれるのだから。
私は、ノイの背中を見送りながら、お父様が待っている執務室……ではなく、玄関へと向かった。開かれていた扉の向こうには既に馬車の手配がすんでおり、お父様は出かける支度が出来ているようだった。今日は何も予定が入っていないはずなのに。そう不思議そうに近付けば、私に気づいたお父様が声を上げる。
「おお、ステラ。急いで馬車に乗ってくれ。皇宮へ向かうぞ」
「え、えっと……」
「帝国の一大事だ」
「はい?」
詳しい説明もなしに、切羽詰まったようにお父様は急いで馬車に乗るよう私に言ってきた。でも、何が何だか理解できずにその場で突っ立っていると、お父様の怒号が響く。
「何をしているステラ! 第二皇子が『小さくなって』しまったんだぞ!」
「はいぃ!?」
真っ赤な顔になったお父様がさらに訳の分からないことを叫んだので、私も頬を引きつらせながらお父様を睨み返してしまった。
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