08 外出は危険が一杯




「僕、外にお出かけしたい」

「ユー外に行きたいの? でも、外出許可……」

「既に公爵様から許可は下りています。ステラ様」

「何か、早くない? もしかして、私達の会話盗み聞きでもしていた?」



 公爵邸での生活にも慣れてきたのか、小さなユーイン様はあれがしたい、これがしたい、と願望を口にするようになった。でも、まだ人見知りは治らないのか私以外のメイド達とは余り喋らず、私と一緒にいることが多い。それに、私といるとき話し掛けてきた他の人に対して牽制するように睨む癖があった。その時のユーイン様の目は、大きいユーイン様の目とそっくりで(そりゃ本人が縮んだだけだから、そうなんだろうけど)目を疑うものがあった。

 そんな彼が外に出たいと口にしたのは初めてのことだった。

 公爵家では、メイド達が交代制でユーイン様の面倒を見ている。食事の時は一緒だし、私の鍛錬にだってついてきた。でも、何故か一緒に寝るのだけは嫌がっていた。お風呂は一緒じゃ無いのは勿論なのだが、てっきり夜になったら一緒に寝たいというものだと思っていたのだけど。どうやら違うようだった。



「盗み聞きなんてそんなことしません。それに、後はステラ様が判断だけです」

「うーん、外出許可が出ているのなら連れて行っても良いけど……」

「お外行きたい……」



 ちらりとユーイン様を見れば、うずうずとしたように体を揺らしている。その姿が子犬のようで、とても可愛い。

 このままずっと見ていたい衝動に駆られるが、流石にそれだと話が進まないと思いグッと我慢する。

 こんな可愛いユーイン様の願いを、叶えない訳にはいかないのだ。ただ少し、引っかかることはあるが。



「でも、最近巷で人攫いが増えてるっていうじゃない。だから、ちょっと危ないかなあって思って」

「確かにそうですね。ですが、護衛も何人か付けていきますし、私もついていく予定なので」

「あっ、うん、そうだね」

「今回の外出は、『ステラ様の』ではなく、あくまでユーイン殿下のご要望なので」

「あ~はい。理解してます」



 ノイは念を押すように言った。

 私が外出するときはノイだけを連れて行くことにしている。守られるのは好きじゃないし、そもそも、私を守れるような騎士が公爵家にも帝国中を探してもいないのだ。自分の身は自分で守れる。こんな令嬢は、きっと世界中探しても私だけだろう。

 お父様は経費が浮くな、と笑っていたけれど、お母様は倒れそうなほど頭を抱えていた。経費が浮くかどうかはともかくとして、いざとなったらノイを私が守れるし一石二鳥だと思っている。



「分かった。細心の注意を払いつつ、外出する。いざとなったら、私がユーを守れば良いだけの話だし」

「相変わらずですね。ステラ様は」

「ステラが、僕のこと守ってくれるの?」

「そうだよ。私が、命に代えてもユーの事守ってあげるからね」



 私が胸を張って言えば、ユーイン様は嬉しかったのか私に飛びついて来た。そのままぎゅっと抱き着くと、私の胸に顔を埋めた。そんな彼に、私はよしよしと頭を撫でてやる。すると、もっとと言う様に、私の手に擦り寄ってきた。



(はあ~癒やし。ふにふにしてて可愛いし、私に暴言吐かないし、意地悪もしないし)



 何処かの二人とは違って。と、もう顔も朧気にしか思い出せない元婚約者と、舌打ちして睨み付けた醜い顔の侯爵令嬢が頭の中を通り抜けていった。



「ステラ、ステラ」

「何? ユー」

「僕も、ステラのこと、命に代えても守るからね」

「へへ~ありがとう。ユー」

「約束」



と、ユーは私に小指を差し出してきた。子供の約束とはまた可愛いものだと私も小指を差し出して、絡める。そしてゆびきりげんまんをして、笑いあった。



「よーし。そうと決まれば、外出準備。ノイ手伝って」

「はい。かしこまりました」



 私は早速外出の準備を始めた。

 外出用の服に着替え、玄関に向かえば既に支度を済ませたノイとユーイン様が待っていた。ユーイン様も先ほどの服とは違い、動きやすくも可愛らしい格好をしていた。子供服なんていつ発注したのかと前々から不思議だったが、そんなことどうでもよくなるぐらい似合っていて、可愛いユーイン様を見ていると頬が緩んでしまった。

 そんな彼は、私を見るとぱああと顔を輝かせて、こちらに向かって走ってくる。



(うわっ!  転ぶ……!)



と思った瞬間、ユーイン様は何かを思い出したかのように急ブレーキをかけた。そして、そのままの勢いで私の腰にギュッと腕を巻き付けて、お腹辺りで手を組むと、私のことを見上げてきた。 まるで抱っこをせがむ子供のように。

 そんなユーイン様の行動に驚きつつも、私は彼の目線に合わせてしゃがみこむ。そうすれば、ユーイン様は満足そうに笑ってくれた。

 一体どうしたんだろう。そう思っていると、ユーイン様は私の頬に手を当て、はにかんだ。



「ステラ、とっても可愛いよ」

「えっ」



 ユーイン様の言葉に、思わず変な声が出てしまった。

 可愛いなんて、初めて言われた気がしたから。それだけじゃ無くて、純粋に誉めてくれるユーイン様を見ているとドキッと心臓が飛び出しそうだった。



(え、え、まさか、これが恋――――?)



 自分でも顔が熱くなるのを感じて私はパッとユーイン様から離れてしまった。ユーイン様は不思議そうにこちらを見ていたけど、私はそれに構わず立ち上がった。



「さ、さあ早く行こう」

「うん。ステラ」



 ユーイン様は、キョトンと私を見つめた後に、その顔に花を咲かせて私の手を掴んで歩き出した。

 柔らかくて小さい手は、力加減を間違えたら潰れてしまいそうなほどか弱かった。

 でも、とても温かくて、安心できた。

 そんな私の気持ちを察してくれたのか、ユーイン様はぎゅっと握る手に力を込める。



「お出かけ楽しみだね。城下町にはたーくさん良いものがあって……って、ユーもいったことあるか。覚えてるか分からないけど」

「あのね、ステラ」

「何?」



 公爵邸から城下町に向かっている最中、ユーイン様は何をしたら喜んでくれるかな、何て考えながら歩いていた。

 ユーイン様の記憶が何処まであるか分からないし、城下町に来ている記憶があるかすらも分からない。だから、話題のだし用が無かったのだが、ユーイン様が私の手を引っ張った。



「僕ね、夢だったんだ。城下町に行くの」

「そうだったんだ。じゃあ、楽しまないとね」

「違うよ」

「え、ええと、何が?」



 私が首を傾げれば、ユーイン様は立ち止まって振り返る。

 そして、ニコリと笑みを浮かべると、こう言った。



「僕は、ステラと一緒に行きたかったんだよ」 



 そんな嬉しい言葉を言われてしまうと、またボッと顔が赤くなる。



「へ、へえ、そうだったんだ」

「そう。夢だったんだ。ステラと一緒に城下町いくの」

「そ、それは……嬉しいな」

「へへ、デートみたいでしょ」



と、ユーイン様は冗談なのか、本気なのか分からない言葉を口にして、再度私の手をギュッとその小さな手で握りしめた。



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