07 ドレスも宝石も興味ない




 怒られた。



「酷くない!? だって、人命救助に貢献したのよ!? なのに、お母様ときたら」

「いえ、私も公爵夫人の仰るとおりだと思います」

「ノイは、私の味方じゃ無いの!?」



 いいえ、味方じゃありません。何てばっさり切ってノイは、冷たい黒い瞳を私に向けた。相変わらずの無表情で、少し腹が立ちつつも、それよりももっと、お母様の味方で、お母様の言葉に賛同したノイが許せなかった。

 ナーダの家での一件があり、事情聴取を引きつった顔の騎士達にされつつ、私はありのままに大蛇との戦闘を伝えた。いきなり現われたことや、かなり強くて凶暴だったことも。ただ一つ、誰かの魔法が掛けられていた、と言うことは離さなかった。もしかしたら、ナーダ達を狙う人達がまだ近くにいるかも知れないと思ったからだ。下手に刺激するよりかは泳がせて、出てきたところを捕まえればいいと思ったからだ。それに、ナーダ達を狙っているのなら、あちらの家がどうにかするだろう。

 話してあげた方が良いかもしれないと思ったが、現場検証もするだろうし、多分すぐにバレることだろう。



「あのドレスって、高いものだった!? ドレスなんてどれも同じに見えるんだけど」

「はい。高いものです。予約が殺到する高級店のオーダーメイドなので、それなりには。生地や刺繍糸の一つ一つに魔力が込められているので、それもまた高価な値段になるんですよ」

「……そ、そんなに」

「それを、素手で引きちぎるなんて……普通は出来ません」

「うっ……ドレスや、装飾に命をかける女の気持ちが分からないわ。あんなの、石ころじゃ無い」



 宝石なんてキラキラ輝いている石ころ。私はそう思っている。

 でも、その発言が不味かったのか、ノイはギロリとあの大蛇よりも恐ろしい目で私を睨み付けてきた。



「そもそも、あのドレスに限らず、私の給料ではとても買えないものをステラ様は普段から身につけているんですよ。貴族は贅沢ものなんです。ステラ様みたいな思考の貴族が増えれば、平民との格差もなくなって平和になるかも知れませんが」

「ノイ……落ち着いて」



 確かに、ノイの言う通りだ。私が今着ているこの服も、この部屋にある家具も全て公爵家のお金で買ったものだ。そんな数枚の銀貨で買えるものじゃ無い。それに、私の為に、私を思って買ってくれたものだってある。

 私にはそれが当たり前すぎて、感謝を忘れていた。ノイのような没落した貴族からメイドに来てくれているような子もいるわけだし、私が贅沢をしているのに、贅沢をしていると言うことを忘れている、ということは彼女たちにとって許せないことだろう。でも、自分は従者でそれを意見できないと。



「ごめん、ノイ」

「……謝罪はいりません。私の独り言なので」

「そう」



 そんな風にしか、愚痴をはき出せないのだと、ノイは顔を逸らしてしまった。

 私は立ち上がり、彼女の後ろに立ち優しく抱きしめた。いつも、私を守ってくれる彼女に感謝を込めて。



「ありがとう、ノイ。いつも私のお世話をしてくれて」

「…………」

「ノイがいなかったら、ベッドは土まみれだったと思う」

「…………」

「ノイ? 聞いてるの?」

「す、ステラ……様、くる……しい、です……」



 腕の中でぐったりとするノイ。どうやら、力加減を間違えてしまったらしい。慌てて彼女を解放すれば、彼女は息を荒げながら、床に膝をついて咳き込んでいた。



(どうしよう)



 背中をさすってあげたいが、また力加減を間違えてしまうのでは無いかと心配になり、オロオロしていると扉をノックする音が聞えた。

 コンコンと軽い音だ。どうぞと返事をすると、入ってきたのはユーイン様だった。



「ど、どうした……んですか、ユー」

「敬語、やだっていった」

「どうしたの。ユー」

「ステラが来てくれないから、僕から会いに来たの」



と、どうだ嬉しいだろ? みたいな顔で私を見る彼。何てあざといのだろうか。きっと、邪に気持ち何もない、純粋な笑顔なのだろうけど。


 そういえば、ナーダの件ですっかり忘れていたが、私は彼に求婚されていたのだと思い出す。



(でも、あれは冗談でしょ?)



 子供になったユーイン様の初恋を奪ってしまった……にしては、ユーイン様、私を見る前から決めていた見たいに思えたけれど。それもきっと気のせい。

 私がユーイン様に夢中になっている隙に、ノイは意識を取り戻し部屋をスススッと出て行ってしまった。



「ねえ、ステラ。僕のいったこと覚えてる?」

「言ったこと?」

「結婚を前提に付合って欲しいって。お嫁さんになってっていった」

「う~ん、そこまで言ったけ?」

「言った!」



 ふんす、と頬を膨らましてユーイン様は言う。

 確かに、婚約を前提に……とは言われたけど、お嫁さんになっては言われていないと思った。私が記憶力乏しいと思っているのか、子供だからあることないこと言っても良いという風に思ってるのかは分からないが、ユーイン様はどうにか押し切ろうとしてきた。



「僕の、お嫁さんになるの嫌なの?」

「そそそそ、そんなんじゃないからああ!」



 うるっと泣きそうな瞳で言われて、私の中の愛おしいメーターが頂点に達し、私はユーイン様を抱きしめていた。

 小さく骨がミシミシと音を立てた気がしたが、可愛らしい、愛おしいと言うことしか頭になく、私はユーイン様を夢中で抱きしめる。腕の中で「ぐるじぃ……」とユーイン様が呟いていたこと何て、私の耳には入ってこなかった。

 それでも矢っ張り、小さいユーイン様と婚約は出来ないかなあと私は考える。それに、大きいユーイン様は女性嫌いだって聞くし、何より一人を好んでいた……



(私と似ている部分もあって、強くて……惹かれてはいたんだけどね)



 それが、恋心だったのか、憧れだったのか、この時の私には分からなかった。



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