10 可愛い婚約者





「み、見るな……」

「ほへぇ……」



 ぷるぷると震える子猫のように、小さくなったユーイン様は、顔を隠してその場にうずくまった。着ていた服はだぼだぼで、そのサイズの合わない服の中にすっぽりと埋もれてしまっている。その姿はまるで、愛くるしいぬいぐるみのようだった。

 私は、そんなユーイン様を見て頬を緩ませた。そして、そっと手を差し伸べると、ユーイン様はびくりと体を震わせた。

 だが、それも一瞬の事で、ゆっくりと顔を上げる。小さなユーイン様は、大きなユーイン様と違って瞳も大きいし、うるうると輝いているし肌も幾分か柔らかいように見える。私の心を貫いた姿だった。けれど、小さかろうが、大きかろうが今では関係無くなって、「恥ずかしくて小さくなってしまった」という事実の方がよっぽどよかった。



「す、ステラ、これは違う」

「可愛いです。ユーイン様」

「だから、僕は可愛くないだろ……この姿ならまだしも」



 この姿と、自分で可愛さを自覚しているところがあざといと思った。現にその可愛さに騙されて、癒やされて、ときめいてしまったのだから。

 それは、過去の話と言えば過去の話だけれど。男の人に、可愛いという感情を抱くのはあまりあれかも知れないし、男性からしたら不名誉なことかも知れない。だから、口にするのは控えた方が良いとは思っているが、それでも口から出てしまうのだ。



「……だから、そんな目を輝かせてみるな」

「えー」

「ステラ……お前……意外と意地悪なんだな」

「ユーイン様程では」

「僕はそんな事しない」

「でも、この間私を揶揄ってきたじゃないですか」

「……あれは、ただ単にステラの反応を見たかっただけだ」



 ぷくぅ、と頬を膨らませて言うユーイン様。小さな姿では何をやっても可愛いという印象しか受けない。だが、ここで私が折れてはいけない気がする。

 だから、私はユーイン様の頭を撫でながら言った。これは、この間のお返しだ。すると、ユーイン様の顔は真っ赤に染まった。そして、私に背を向ける。



(全てが癒やし、ほんと可愛すぎる……)



 このままずっと見ていたい気持ちにもなったが話が進まない気がして、少しだけ意地悪をしてみる。



「ユーイン様、それで先ほど何を言おうと思っていたんですか」

「……言わない」

「何故言ってくれないんですか?」

「このかっこでは示しがつかないだろう」



と、ユーイン様は、背中を向けたまま耳を赤くして言っていた。

 確かに、あの姿で言うのと、この姿で言うのとでは言葉のとらえ方というか耳に入ってくる情報量に差が出るのは確かだった。でも、可愛いと私のことを言ってくれようとしたユーイン様がその言葉をなかった物にしようとしているのはいけ好かない。全然言ってくれて構わないし、いって欲しいのだ。勿論、ユーイン様限定だが。



「可愛いって言ってくれようとしていたんですよね」

「……聞えていたなら良いだろ」

「いえ、ユーイン様の口から聞きたいので」

「……本当に性格が悪いな。兄貴と似ている……彼奴に影響されすぎだろ」



 そう、ユーイン様は毒ついた。

 言われてみれば、ソリス殿下の影響を受けていないこともなくて、殿下の口調というか性格というか似ている部分はある。けれど、いっしょにされるのはどうかと思った。まあ、それぐらい頭が回っていないんだろうけど。



「でも、ユーイン様はそんな私に惚れたんでしょう?」

「……っ!」



と、ユーイン様は声にならない叫びをあげた。


 そして、暫く沈黙が続く。



「ユーイン様?」

「……そう、だが」



と、ユーイン様は消え入りそうな声で呟いた。


 それから、ちらりとこちらを見てまたすぐに顔を伏せる。その姿に、私の心は完全に撃ち抜かれた。



(なにこれ、なにこの生き物!?) 



 今すぐ抱きしめたくなる衝動を抑えて、私はユーイン様に手を差し伸べた。

 ノイが、ユーイン様は私に惚れていると言ったから、それを信じてこうアタックしているのだ。いや、初めこそ、ユーイン様が、じゃなくてユーイン様に私がプロポーズ計画だったんだけど、この際どっちでもよくなってしまった。これが、所謂ヘタレと言う奴で、ヘタレなユーイン様が頑張って私に愛を伝えてくれたら、それこそ最高じゃないかと思ってしまう私もいて。後は、ユーイン様次第。ダメなら、こちらから言う。



「ユーイン様、私もユーイン様のことが……」

「い、言うな。そういうのは、男から言うのが……あれだろ……」

「えーでも、ユーイン様言ってくれるんですか?」

「……ぐ」



と、ユーイン様は悔しげな表情を浮かべた。


 その顔が可愛くて、私はつい笑みをこぼした。だが、ユーイン様は私の手を取ることなく立ち上がった。そして、私の方に歩いてきて私を壁際まで追い詰める。目の前には私よりも大きな男性……ではなく、私よりも遥かに小さな子供がいる。壁際に追い詰められたところで逃げようと思えば、逃げられる。子供とじゃれている感覚だ。



「……す、ステラ」

「はい、ユーイン様」

「この姿で言っても、大丈夫なのか?」

「私は、気にしませんが」

「僕が気にすると言っている」

「なら、元の姿に戻れば良いんじゃないでしょうか?」



 さすがに、ズボンは引きずるため、ユーイン様は上の服だけどうにか着て私に迫っている状態だが、彼の言うとおり全然しまっていない。格好悪いわけじゃないけれど、やっぱり気になるらしい。



「……今、恥ずかしくて戻れない」




と、ユーイン様は顔を真っ赤にして言った。そんな反応をされると、こちらも困ってしまう。



(なんで、こんなにも可愛いのだろうか……)



 確かに、魔法は精神面も関係してくるし、いくら大魔道士と言われるユーイン様でも、この状況では魔法を制御出来なくなっているんだろう。だからこそ、小さくなってしまったと。



「……分かった、戻れないが、この期を逃したら言えないかも知れないから……な。クソ……こんな風に言うつもりはなかったのに」

「大丈夫ですよ、幻滅しないので」



 私はそう、軽く言ってやる。

 ユーイン様は、滅茶苦茶嫌そうなかおをしていたけれど、私は気にしなかった。それから、ユーイン様はゆっくりと息を吸って吐いて、そのサファイアの瞳を私に向けた。姿は小さくても、その格好良さは健在だった。



(可愛いけど、格好いいじゃん……)



「ステラ、僕と結婚してくれ」

「はい、喜んで、ユーイン様」

「……ッ!?」



 その言葉を聞いた瞬間ブワッと体中の体温が上がった気がした。そうして、気づいたときにはユーイン様を持ち上げて、その場で彼を上空へと持ち上げた。所謂高い高いで。



「あははは」



 ユーイン様は恐怖のあまり真っ青なかおをしていたけれど、私は喜びのあまり何度も何度も彼を持ち上げてはその嬉しさを表現していた。

 その後、ユーイン様が「もう小さくならない」と拗ねられてしまったのは言うまでもない。



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