09 もう一度!





 小鳥のさえずり、暖かな日差し、綺麗に咲き誇る花々。目の前におかれた最高のお茶と、最高のお菓子……そして、仏頂面の彼――――



「久しぶりです。ユーイン様」

「……これから、尋問でも始まるのか?」

「いえ、何故そう思うんですか」



 ニコニコと話し掛ければ、ばつが悪いとでも言うように顔を背けてしまうユーイン様。

 キラキラと輝く銀色の髪はいつにも増して美しかった。元から顔が良いのは知っていたけれど、よくよく近くで見てみればそのサファイアの瞳は、本物のサファイアよりも価値があるように思える。こんなに人の顔をじっくり見たことがなかったため、初めて気づかされるものが多い。



(まあ、そんな、見惚れている場合じゃなくて……)



 お母様とノイに頼み込んで作って貰ったこの機会。無駄にするわけにはいかず、どうにか、婚約を取り付けることが出来れば……と淡い期待、いや決意を胸に私はここに座っている。さすがに、大嫌いなコルセットは着けていないが、それなりに動きにくいドレスを着ている。でも、それもこれもユーイン様とこのチャンスを逃さないためである。

 別にこの日の為に自分磨きをしたとか、そんな対反れたことはしていない。素の私のままだ。それに関してノイとお母様は肩を落としていたが、今更自分磨きをして短時間で磨ききれるわけ無いと、めんどくさがり屋な私は思ったのだった。



(それにしても……やっぱり、似合うなあ) 



 私は、改めて目の前にいる彼を見つめる。

 彼は、いつも通りのシンプルな服を着ていた。それはそれで良く似合っているのだが、やはり、見慣れないものを見ると、どうしても目を奪われてしまう。

 ユーイン様は、この間の失態があってか、私と全く目も合わせてくれなかった。それどころか、苛立ったように、眉間に皺を寄せて、頬杖をついている始末。まあ、良いんだけど。



「ユーイン様」

「……」

「ユーイン様!」



 取り敢えず名前を呼んでみる。名前を呼ぶたび方が上下するが、顔は頑として向けなかった。その態度には苛立ったが、ここでこのテーブルをひっくり返してしまったら不味いと押さえる。恥ずかしいから顔を見せてくれない、そう思うことにした。



(でも、ここに来てから喋らないんだよな……全然)



 最高のセッティングのはずなのに、ユーイン様の心はちっとも喜んでいないようだった。こういうの、苦手だったことは知っていたけれど、皆こういうやり方がいいと言うから乗っ取ったのだ。私だったら、決闘で! なんて言ってしまっていたから。そもそも、魔法と拳では分野が違うのだけど。



(……にしても、この間まで小さい子のフリをしていたのに、こんな豹変する物なのかな?)



 いや、あれはただ子供を演じていたからああだっただけであって、本来のユーイン様はこういう人なのだ。無愛想というか、協調性がないというか……私もそうだから人のことは言えないのだけど。



「……てら」

「うん?」

「す、ステラは、何故僕をここに呼んだんだ」

「何故とは」



 ようやく口を開いたかと思えば、質問だった。それも、想像していたものよりずっと下回る内容で、私は拍子抜けしてしまう。もっと、他に言うことがあるんじゃないかと。まあ、でも……と私は考える。話の切り口は人それぞれだし、言いにくいのも分かるけど。この状況では仕方ないかも知れない。



「何故……か、ですよね。えっと、ユーイン様と話がしたいと思ったからです」

「この間のこと忘れたのか?」

「忘れた方がよかったですか」

「……性格悪いのか?」

「ユーイン様ほどじゃないです」

「……」



 この性格が悪いというのは、子供のフリをしてまで私に近づいた、ということであり、そこまで別に私はユーイン様が性格が悪いとは思っていない。ただ、それを突っ込めば、きっとこのくだらない質問を取り下げてくれるだろうと思ったからだ。だが、想像以上にユーイン様の心に大ダメージを負わせてしまったらしい。



(しまった、こんなこと言うつもりじゃなかったのに!)



 私はあたふたとしながら、なんとか話を戻そうと頭をフル回転させる。



「きょ、今日はお日柄もよくて」

「……」

「えーっと」

「……」

「もう、この間の事はどうでもいいので、そんないじけないで下さい!」



 私は、耐えられなくなってそう叫んだ。幾らユーイン様とはいえど、これは酷い。

 この間可愛いと思ってしまったのは紛れだったか。はたまた幻覚か。そう思えてしまうぐらい、今のユーイン様は可愛げが無かった。反抗期の子供みたいだった。あれは、可愛いというより面倒くさいだ。



「私がここに、ユーイン様を呼んだ理由? そんなの簡単です。貴方と話したかったから。この間、変なところで話を区切ってしまったので、もう一度話がしたいと思ったからですよ」

「そうか」

「文句ありますか」

「ない」



と、短く答えるユーイン様。


 ユーイン様は顔に出ないタイプだし声色が変化するタイプでもないので、本当にわかりにくい。今は、可愛さのかの字もない。



「この間は悪かったな、取り乱した」

「……」

「それに、お前に嘘をついて近付いた」

「……」

「すまなかった」



 そうして、ユーイン様は謝罪の言葉を述べた。

 いいや、聞きたいのはそれじゃないし、すまなかったと思っていたなら、嘘をついていた自覚があったならこの間謝って欲しかった。いや、謝罪が欲しいわけではなかったが。



(これが、ノイの言う、恋愛初心者って奴か)



 ユーイン様を可愛いと思う。これは、恋愛感情に当てはまるのか否か分からないが、ノイはユーイン様が私に抱いている感情は恋愛感情だと言った。だから、それを信じてこうして向かい合っているわけだが、如何せん二人とも恋愛初心者なのだ(ノイ曰く)。だから、何て話し掛ければ良いか分からないし、どういう言葉を掛ければ良いかもわからない。それに、私もそうだ。ユーイン様に何を言えば良いか分からず、黙り込んでしまう。



「ステラ」

「はい」

「僕の事が嫌いなのは知っている」

「はあ」

「でも、僕は」

「待って下さい。勝手に私が、貴方のことを嫌いだなんて……いついったんですか」



 違うのか? 見たいな顔を向けるユーイン様。いや、いついったのよ、そんなこと。



「この間、僕をフッたじゃないか」

「そうですね」

「だから、嫌いだと思った」

「だから、あれは誤解だったと言うことを言いたくて皇宮にいったのに」

「だが、お前は」

「でも、ユーイン様が」



と、ここで私たちはお互いの顔を見つめ合った。


 お互いに眉間にシワを寄せながら。

 確かに、この間私はユーイン様を振るような発言をしたが、それは勘違いだったのだ。なのに、ユーイン様はずっと私に嫌われていると思い込んでいたらしい。

 まあ、色々むかついてこの間ももう良いですみたいに言ってしまったけれど。

 はあ……と私は頭を抱えてため息をついた。ユーイン様は、ピクリと方を動かしていたが、その顔は無表情のままだった。その澄ました顔が嫌いだ。私は、バンと机を叩き付けた。



「じゃあ、この際言わせてもらいますね。私は、別にユーイン様のことが嫌いじゃないです。寧ろ、可愛いと思っています」

「かわ、可愛い?」

「はい。可愛いです」

「どんなところが? 僕が可愛いわけ無いだろ」



と、取り乱すユーイン様。


 そういう所が可愛いんだ、と私はグッと拳を握った。



「とくに、小さなユーイン様は最高に可愛かったです。可愛さのオンパレードでした……でも、小さなユーイン様だけが可愛いと思っていましたが、それは誤解でした。今のユーイン様も凄く可愛いです」

「かわ……」

「可愛いです!」



 そう強く言うと、ユーイン様の顔が林檎のように赤くなった。そうして、ふらりと立ち上がって私の方に歩いてきたかと思えば、私の肩を掴んだ。



「いや、可愛いのは僕じゃなくて、お、おま……ステラの」



 ユーイン様はそう、ぷるぷると震えながら私を見る。全然しまっていないけれど、それでも後一押しすれば……と私が思った瞬間ボンと目の前で何かが爆発した。



「へ?」



 恐る恐る目を開ければ、そこにはあの小さなユーイン様がいたのだ。



(ま、まさか恥ずかしさのあまり小さくなっちゃったとか!?)




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