第9話「道中」

 道中――正確には電車に乗るまで――昏黒くんの身の上話を聞くことになった。

 

 そういうのは、最終回とかに伏線として温めておくものかと思ったけれど、あっさりと昏黒くんは話してくれた。


 私も、まさかそう簡単に話してくれるものではないと思っていたので、正直びっくりした。

 

 昏黒くんは、どこにでもいる普通の家庭の子供だったのだそうだ。


 どこにでもいる普通。


 自分を「普通」だと思っていた私からすれば、そこまで陳腐な言葉はない。


 彼は、どちらかと言えば裕福な家庭の一人息子として生まれ、私立の小学校に通っていた。


 そしてある日、覚醒かくせい――してしまったらしい。


 昨今ゲームや漫画などで取り沙汰される「覚醒」という言葉の「良い」印象とは裏腹に、その覚醒は「悪い」ものであった。


 覚醒――いわく、秘められた能力や才能が開花すること。


 その才能が、人に害を及ぼすものでないと、誰が決めた?


 クラス35名と担任1名、副担任1名を含めた計37人。


 全員の首を絞め、血液を一滴も出すことなく殺害した――のだそうだ。


 動かなくなった死体の山の上で、彼は教室へと入って来る人の首をほとんど無意識に絞め続けたのだという。


これが昏黒高暮の初めての殺人であった。


このことを隠蔽しようとした父母と学校側が、彼を闇の斡旋業へと高値で売却した。


今の一人暮らしの生活は、斡旋業である皆川さんの協力によるものなのだそうだ。


「綱頼さんがいなかったら、今頃ぼくは普通に野垂れ死んでいたと思うよ」


 と、昏黒くんは語る。その割には、煽り合っていたけれど。


「それで、その小学校はどうなったの?」


「どうもなっていないよ。ぼくの両親が、かなりの大金をはたいて情報を隠蔽しにかかったようでね。斡旋者しりあい一覧リストの中には、情報工作の得意な人もいるから、それでぱぱっと遮断シャットアウトされた。今でも普通にその私学の小学校は、何ごとも無かったかのように授業、しているみたいだよ」


「……お父さんとお母さんは、昏黒くんを守ってくれなかったんだね」


「あはは。まあ、親から見た子供なんて、喋る愛玩あいがん動物みたいなものだしね。それに親だからって、子のために人生を捧げなきゃいけないわけじゃないから、その辺りはもう割り切ってるよ」


 何だか自分に言い聞かせているように見えたが――それ以上の言及は控えておいた。


 親から見捨てられたという点は、私と少し似ている。


しかも壮絶である。


私の場合は、親と子というしがらみを絶たない上での嫌がらせ程度だったけれど、彼の場合は、本気で絶縁の段階までいっている。


「認めたくなかったんだと思うよ。自分の子が、殺人鬼だったなんて。気持ちは分からないでもないよね。これからお金をかけて丹精込めて育てようとしてた子が、人を殺して帰って来たっていうんだから。まあぼくも、そんな親に認められるの、面倒臭くなっちゃったんだろうなあ。恥ずかしい話だよ。一家全員を惨殺した君には、遠く及ばない」


「…………」


 何も言えなかった。幸せの大小を比較することができないのと同様に、不幸のそれもまた、比べることは無意味である。誰かよりも楽だからといって、我慢する必要はないのである。


 が――今の私に、そんなことを言える資格はない。


 そんな風に談笑していると、私達は最寄り駅に到着した。


 そのまま昏黒くんからお金を借りて、電車賃を払った。いつもはPASMOパスモを使っているので、切符を使うのは久しぶりで少し緊張した。




(続)

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