第13話「束の間の日常」

 次の日、既さんに服を返しに行ったら、逆にパーカーとズボンを何着か貰ってしまった。


「お前も女子だろう。服は持っておいた方が良い」


 として引き下がってくれなかったので、仕方なく貰った。


 新品っぽいのだけれど、あの人が仕立てたのだろうか。作りがしっかりしていた。


 それを昏黒くんに言うと、「郷土さんはやっぱり女子に優しいんだなあ」と、眠そうに言った。


「…………」


 流石にこれ以上寝る気にはならなかったので、朝食を作った(冷蔵庫のものは好きに使って良いよ、と言われている)。


 料理のレパートリーはあまりないけれど、家事を強制的に手伝わされた反動で、何かをしていないと落ち着かなかった。


「買い物をしてくるけれど、何か欲しいものある? 昏黒くん」


「特にないよ。今日の夕飯はぼくが作るから」


 と、言って、彼はまた寝た。


 良く寝る子である。成長期だろうか。

 

 そのまま私は、早速既さんから頂いたパーカーを着用して(前回同様、怖いくらいぴったりであった)、私は外に出た。


 よくよく考えれば自殺行為であるが、日常が自殺みたいな私にとっては、もうなんかどうでも良かった。


 いっそそのまま警察に捕まってしまっても良いし、変な噂を立てられても良い。そう思って外に出た。


 しかし、誰も私のことなんて気にしなかったし、当たり前みたいに世の中は廻っていた。


 スマホで調べた近くのスーパーに行って、魚を買った。何となく、魚類を食べたい気分だったからである。

 

 肉は太る――というか、父親が結構肥満体であったので、ああはなりたくないという思いから、若干拒食気味だったところがあった。


 健康に悪いからと、無理矢理食事を食べさせられて、トイレでずっと吐いていた記憶を思い出した。


 まったく、あの家には良い思い出はない。


 でも、もうそんなことをする人々はこの世にはいないと思うと、どこか心が軽かった。


 それはきっと、昏黒くんのお蔭だろう。


 後は、生活必需品系、歯ブラシとかを一応買っておいた。


 まあ、昏黒くんも気遣いが出来る子だが、その辺りまで気を使われると申し訳なくなるのである。


 流石にね。


 お会計を済ませて外に出た。


 するとパトカーがサイレンを鳴らして、通り過ぎていくのが見えた。


 警察――正しい人達。


 あの人たちは、正しいことをしている。


 あの人たちから見ると、私は間違っているということになる。


 いつだってそうだ、私は、何をする間もなく間違っている。


 人を殺すことだって間違いだし、人を殺したまま罪を償わずに生きていることだって、間違いだろう。


 私がここにこうしていることそのものが、間違いなのだ。


 でも――通り過ぎてゆく警察の人達は、私を捕まえない。何かを見つけたのか、通報でもあったのかは分からないけれど、走り去ってゆく。


 ひょっとしたら、家での私の家族の遺体が見つかったのかもしれない。


 たとえそうだったとしても、その可能性を考慮しても――私の心は驚く程に動かなかった。


 それでもいいや、と、どこかで諦めているのだ。


 どうせ私の進む道は、全て間違えている。


 だったらせめて、他人の道を辿たどろう――その考え方は、変わっていない。


 昔は妹に、今は昏黒くんに続いている。


 そこに私の意志は介在しない。


 ここにいるようで、ここにいない。


 そこまでいくと禅の問答のようになってしまう。


 シュレディンガーの私――という比喩を咄嗟とっさに思いついたけれど、それは少し違うか。


 箱を開けて、大衆の目に晒されれば、私は死んでしまう。箱の中でしか生きられない――どちらかというと、箱庭の私か。


 私は、何かの間違いで生きている。


 そしてその間違いをただす人は、誰もいない。


 一人ぼっちは、相変わらず、か。


 どうせその寂しさだって――そんな私の感情だって、間違いなのだろう。


 そのパトカーを横目に、私はビニール袋を揺らした。


 次からはエコバックを持参しようと、何となく思った。




(続)

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