第14話「準備」

 昏黒くんと一緒にご飯を食べて、風呂に入って(これは一緒にではない)、そして別々の布団で寝る。


 そんな生活がしばらく続いた。


 お金には大概余裕があるので、贅沢な暮らしではある。その間、私と昏黒くんで、交代交代で家事をしたり、買い物に行ったりした。


 大概の家事は私が昏黒くんに甘えるような形になってしまったけれど、それでも私もできることは協力したつもりである(つもりである――、と付け加えておく)。


 間違えている人間としてではなく、ちゃんとした人間として、共同生活を送る上では、やはり協力が不可欠となる。迷惑にならないようにと考えて考えて行動した。それをみ取ってくれたのか否か、昏黒くんとは普通に生活を送ることができた。


 年端もいかない男の子と一つ屋根の下――という状況シチュエーションで、何かが起こると思っていたけれど、驚く程に何も起こらず、私は生活に順応してしまった。


 これが物語だったとしたら、昏黒くんが私に惚れるだとか、私が逆に昏黒くんを襲うだとか(それはない)、そういう展開に発展していくのだろうが、そういうこともなかった。


 何も、なく。


 何事もなく。


 物語なく。

 

 生活は進んだ。


 中学生男子ではないので、何ごともない日常に安寧を覚えられるタイプの私である。


 異常とか、非日常とか、そういうのはなくて良い。


 必要なだけ生きて、必要なだけ殺して、必要なだけ間違えて、それが私である。

 

 そろそろ警察が御迎えに来るかなあなんて思っていたけれど、家のチャイムは一度として押されることはなく、誰かが来ることもなかった。


 大体一週間、二週間が過ぎた頃だろうか。


 昏黒くんが、仕事を持ってきた。


 いつの間に皆川さんの斡旋所に行ってきたらしい。


「今度の仕事は、本格的に手伝ってもらうことになるよ」


「分かった。次は何をすれば良いの?」


「ある政治家の野外公演が、明後日にある。そこでテロを起こそうとする反政府集団がいるから、それを阻止して欲しい、というところ」


 そんな護衛ボディーガードのようなこともするのか。


「いや、護衛はしなくて良いんだ」


 昏黒くんは言う。


護衛それはあくまで、別の仕事。ぼくらの役割は、反政府組織のテロをすること」


「一応聞いておきたいのだけれど、昏黒くん、阻止ってことは、つまり――」


「そうだね、相手を殺害することは前提みたいなものだ」


 前提なのか。


 反政府組織、ねえ?


 父がツイッターに政治の愚痴を垂れ流すくせに選挙に行かないような極端な人間だったので、そういう人間に対する印象はあまり良くはなかった。


 まあ要するに、自分の思うように世界が進んでいかないから、人を害しようという連中だろう? 


 言葉でなく、戦争で片付けようという連中だろう?


 うん、良し。


 そんな悪い奴らなら、殺してもオッケーだろう。


 そう思って、倫理観のスイッチを切っておいた。


 今回は、反政府組織の連中の顔と名前は、記憶しておいた。


 清涼川きよらがわ紫佐紀むらさき――五十八歳、男性、主犯格、無職、独身。


 淑景しげい桐彦きりひこ――四十八歳、男性、教師、独身。


 弘徽こきおくる――三十五歳、男性、会社員、既婚。

 

 飛香ひぎょう銀歩ぎんぷ――四十二歳、女性、独身。

 

 凝華こはな昇子のぼるこ――二十九歳、女性、主婦、既婚。

 

 長楽ちょうらく溢士いつし――二十歳、男性、学生、独身。

 

 それぞれきちんと、顔を確認し、記載されている情報たちを脳髄に入力インプットした。

 

 どうやって顔写真を調達したのかは分からなかったけれど、そこには普通の表情をした、どこにでもいそうな人々の顔があった。アニメや漫画なら、犯人らしいデフォルメが成されているのだろうが、現実の人間はそうはいかない。


「この清涼川さんという人が、主犯格なんだね」


 無職か。


 やはりこういうことを計画するのは、暇な人間なのだなということが分かった。


 大概そうだろう。


 出身大学まで書いてあって、知っている大学名が陳列されていてびっくりしたけれど、どこか納得いくこともあった。


 父も、名のある有名私立大学の卒ではあるけれど、政治的思想はかなりかたよっていて、私たちにも特定の政党の政治思想を植え付けようとしていた(そのくせ選挙にはいかないのだから、ダブスタ爆誕という感じである)。


 やはりというか何というか、勉強ができると頭が良いとは、違うのだなということを痛感する。


 本当に頭の良い人なら、暴力で自分の思想を訴えることなんてしないだろう。


 適切なを、知っているのだから。


 まあ、私は思想なく暴力に訴えているから、人のこと言えないんだけどね。


「そうだね、この人を優先的に殺すことが条件だ。ただ、今回注意しなければいけないのは」

 

 と、そう言って、指を一本立てた。


「相手方も、武装しているということだ。自作の銃も携帯している可能性があるし、凶器を持っている可能性もある」


「成程、反撃されるってことね」


「そう、だから気を付けて殺さないといけない」


 殺すことは前提――か。


 了解。


 罪悪感のスイッチも切った。


「分かった。気を付けて殺すね。あ――包丁、借りて良い?」


「良いけど、何に使うの?」


「殺しに」


 そう言って、キッチンから包丁を一本、取り出した。


「…………」


 そんな私を、神妙な顔つきで眺めていた昏黒くんだったが「まあいっか」とだけ告げた。


 料理でも使うから、一番切れ味の悪いものを選んだ。


 殺しに切れ味は関係ないからね。


「そうだ、私からもいくつか質問なんだけど」


 包丁を持っていない方の手で、私は手を挙げた。


「今回はテロの阻止が目的なんだよね? ってことは、この人たちが徘徊ウロチョロしているのを見かけただけなら、そのまま放置して良いの?」


「いや、殺す」

 

 昏黒くんは答えた。


「見かけたら即行で殺して。この人たちが殺害を計画していたことは間違いない。今回の機会でなくとも、きっといつか同様の手口で決行する。将来の殺人も阻止するんだ」


「分かった。えと、あと、他にも人がいたらどうする? この六人以外にも仲間らしき人がいたら、その人達は取り敢えず放置?」


「殺す」


 間髪入れず、昏黒くんは言った。


「そいつらも、何か動きをしそうだと判断したら殺して良い」


「判断……か」


 私には一番難しいことであった。まあ、相手が動いたら殺して良い、ということなら、取り敢えず目に映る変に動いた奴から殺していけば良い、か。


「分かった。じゃ、最後に、一般人が巻き込まれることってあるよね? テロを考えるような輩でしょ。それを六人も殺すってなったら、人質なんて取られたら厄介だよね。そういう場合って、どうする」


「いや、殺す」


 ほとんど条件反射に昏黒くんは言った。


「大概の事件は後処理班が何とかしてくれるから――気にしなくて良いよ。気にしないで殺して良いよ。それに今回は、与党の側も大事にはしたくない演説だからね。最終的に人殺しが露見して、議員がここに来なければ、それで良いんだ」


「何の演説なんだっけ」


「市長選の応援演説」


「ふうん、そうなんだ、選挙、行かなきゃね」


 正直あまり興味がなかったけれど、政治に興味のない(そのくせ文句だけ言う)大人にはなりたくなかったので、興味のあるフリをしておいた。




(続)

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