第11話「初陣②」

 それは、どういうことだろう。


 いや、言葉を額面通りに受け取れば――それは、私が、この代表取締役を殺害しろ、ということか? 


 いや、いやいやいやいや。


 待ってくれ。

 

 理解が追い付かない。言葉はもっと追い付かない。


 お蔭で変に挙動不審キョドってしまった。


「え、ちょっと待って、わ、私が、殺すの? この人を」


「そうだよ」


 昏黒くんは、特に表情を変えることなく続けた。


「この人を、純が殺すんだ。折角せっかく殺さずにここまで連れてきたんだから、それくらいはお願いだよ」


「えー……」


 殺す――? 


 私が、この人を?


 全く予測していなかった。


 初めから教えて欲しかったくらいである。


 そうしたら、少しくらいは覚悟ができたというのに。


「大丈夫、この場所はしばらく人が来ないし、ぼくらが仕事を終えた後で、後処理業者に頼んであるから」


「色んな業者があるんだね」


「そうだよ。まあ、任務に失敗した場合、ぼくらが後処理されるんだけどね」


 何だか怖いことを言っていた。


 しかし私には、この人を殺す理由がない。


 殺す?


 実感が湧かない。 


 いや、てっきり昏黒くんがって帰って来る流れだと思っていたから、何も考えていなかった。


 殺す。


 殺す。殺す、殺す。


 …………。


 あまり殺すと言いすぎると、規制の対象になるから止めておこう。


 でも、私の家族の時と違って、この人を殺す理由は、私にはやっぱりないのだよな。


「…………」


 昏黒くんを待たせるのも悪いし、考えることにした。


 この人を、殺す理由。


 この人を、殺すメリット。


 そうだな――生活のため、か。


 今、私に課されている仕事は――役割は、この人の暗殺だ。


 当初は昏黒くんが全てるという想定だったけれど、施設への潜入、暗殺対象者の拉致等々、面倒な手間は、昏黒くんが省いてくれた。


 後は――殺すだけ。


 この人を殺せば、私は金銭を手に入れ、当面の生活を行うことができる。


 そうだよな。


 いつまでも昏黒くんに生活費を頂戴ちょうだいする訳にはいかない。


 電車賃を借りるだけでも、あれだけの罪悪感があったのだ。


 もしも昏黒くんが、こうして花を持たせてくれるというのなら――私にも少しくらいは、お金が入る。


 そうすれば、もう少し、生きていられる。


 誰かに選択なにかを委ねる生活を、続けていられる。


 良し。


 うん。


 それで良い。


 それが良い。


 


 

 

「うん、分かった。昏黒くん、血、飛ぶから、退いてて」


「了解」


 そう言って、包丁を手に取って、私は。


 男の心臓を目掛けて、突き刺した。




(続)

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