第10話「初陣①」

 某企業の最寄り駅に登場した時、時刻はお昼時を回っていた。

 

 地下鉄の駅から出ると、太陽が上まで登っていて眩しかった。

 

 平日のお昼に、都内にジャージ姿の少年少女が二人。

 

 職務質問の対象になってもおかしくはない。


 そんなことを気にする様子もなく、「付いてきて」と、昏黒くんに手を引かれて、私は人混みを抜けていった。男子と手を繋ぐのなんて幼稚園ぶりだったので、少々緊張したことは――まあ、ここに記載するまでもないだろう。


 丁度お昼時だからだろうか、昼食を食べるために外に出た会社員であふれていた。その間を、するすると通り抜けた。


 昏黒くんには、一体何が見えているのだろうか。


 そんなことを思う間に、某企業の本社前まで到着した。「■■■■■■ 本社ビル」と表記された印字があるので、間違いなくここであろう。


「……ここだね」


「ここだ」


 確認を終えた。


「それでどうするの?」


「ちょっと入って来るよ」


「え、えええええ。ちょ、ちょっと待って。わ、私は!? 一人ぼっち?」


「そんなに驚かないでよ」


 昏黒くんは表情を変えずに続けたが、ここで私を置いて行かれるのは困る。多分ここまで職質されずに来ることができたのだって、昏黒くんのお蔭、なのだろう? 


 だったら、この先一人になったら、私は居場所が露見することになる。


 するとどうなる? 


 私の身元を調査されて、それで家族を殺したことが知られて――それこそ、お終いである。


「大丈夫。今から言う場所で待っていて、ここの近くのビルの屋上だから。そこまでの道になら警察はいないし、怪しまれることなくエレベーターに乗れるよ」


「ビルの屋上って……」


 そこまで登るのが大変そうである。


「大丈夫、エレベーターと階段の二つの登る手段のあるビルだから、安心して登れるよ。ただし、入るのは地下駐車場からね。その他は監視カメラがあるから。それだけは気を付けて」


「そりゃ、カメラはあるよね……」


「じゃ、ぼくは先に行くよ」


「え……えっ……えええ、ちょ」


 私の反応を待たず、昏黒くんはそう言って、真正面から、企業の中へと入っていった。


 嘘だろ。


 遠回りな(遠くもないが)自殺かとも思ったが、さっき私と共に人混みを通り抜けたあのスキルを使えば、簡単に入り込めるのだろう。

のだろうが! 


 しかし、私を一人にしたことは変わらない。


 ああ、人々からの好奇の目が突き刺さるのが怖い。


 私は半ば小走りで、言われた通りに隣のビルまで行った。


 地下駐車場へは、地上にある駐車場入り口から入った。駐車場には、疎らに車があった。小動物のようにびくびくしながら、そっとその中を通過した。幸いなことに人はいなかった。


 流石にエレベーターを使うことははばかられたので、非常階段を使うことにしたが、これが失敗であった。


 長い! のである。


 上を見て、延々と続く階段が見えた。


「あはは………」


 引きった笑いが、口から出てきた。


 運動不足なこともあって疲労すると思ったけれど、意外と体力面は大丈夫であった。それよりもメンタル面が、恐ろしかった。


 大丈夫だろうか。


 露呈バレないだろうか。

 

 つーかそもそも、私は何をしているのだろうか。

 

 一歩一歩、緑色の非常灯の燈る階段を進みながら、そんなことを思った。

今ここで逃げてしまえば――この変な状況から逃げられるのではないかとも考えたけれど、それはしなかった。

 

 何故なら、既に私の人生レールは定まってしまっているからだ。


 昏黒くんに着いて行くこと、彼の後ろに行くこと。


 それが今の私の最善であると、心の中で理解してしまっているから。


 自分の選択は絶対に正しくないと、頭の中で了解してしまっているから。


 そう、私は間違えているのだ、きっと今だって、間違えている。だから、誰かに着いて行くことが、正しいことなのだ。


 そんなことを思いながら非常階段を進んでいたら、屋上へと到着した。


 隣の、企業があるビルよりも少々高かった。


「…………」


 少し解放感があった。


 周りからここは高く見えないので――何だか落ち着いた。

 

 大量の室外機と、煙突のような物体があった。


 ふうん、意外とこの場も、悪くない。


 あまり証拠を残すのも悪いと思ったので、地面のほこりを払い、そこに座って待つことにした。


 視界には室外機と、空があった。


 今日は少々雲があるけれど、晴れであるようだった。


 空。


 空、空――ねえ。


 空をこんなにゆっくり眺めたのなんて、いつぶりだろう。


 いつも私は何かに追い詰められていて、空を見上げる余裕なんてなかった。縦しんば見上げたとしても、空を綺麗なんて思える余裕はなかったように思う。


 いつだって何かに掻き立てられていた。


 どうしてだろう。

 

 妹と同じように、生きているつもりだったのに。


 妹は全て、正しいのに。


 私はどうして、正しくなれないのか――。


 そんなことを思いながらうとうととしていると、ガタンと――屋上の扉が開いた。


 ああ――ここが私の墓場か? 


 などと思ったけれど、そこにいたのは昏黒くんであった。


「終わったよ」


 と、背負っていた小柄な男を、屋上の床へと落とした。


「ぐえ」という音を立てて、その男はひっくり返った。どうやらまだ生きているらしいが、失神しているらしい。目を瞑っているから分かりづらいけれど、確かにその人は、暗殺対象の資料で見せられた男の顔と一致していた。


「……この人が、暗殺対象の人?」


「そう。拉致してきた」


 簡単に言ってくれる。流石は昏黒くんである。


「まだ、生きてるよね?」


「そうだね。この人を殺すことが、ぼくらの目的」


「成程。じゃあ」


 昏黒くん、よろしく、と言おうとした所で――彼は私に包丁を手渡した。よく切れそうな包丁だった。


「はい、これ」


「え」


「これで、この人、殺して」




(続)

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