第20話「決戦前夜」

「ねえ、純」


「何、昏黒くん」


 その日の夜のことであった。


 電気を消してから、昏黒くんが私に話しかけて来ることは、初めてだったように思う。


 何となく、修学旅行の夜を思い出した。


 明日殺し合う人間同士の会話とは思えない、柔和な雰囲気であった。


「良かったの」


「何が?」


「ぼくと戦う選択をして」


「良かった――のかどうかはともかく、君にとっては悪くはない選択でしょ、昏黒くん」


「そうかな」


「そうよ。私は君には勝てないもの」


「やってみないと分からないよ。この数か月で、純の殺人能力は、眼を見張るものになった」


「褒めてくれてありがと。だけど、年季が違うじゃない。所詮数か月前に暗殺者になった私が、ずっと暗殺をしてきた君に、勝てるはずがないもの」


「じゃあ、良いの? 君は死んでも」


「言ったでしょ。私は生きるとか死ぬとか、そういう選択を強要される人生が嫌なの。何かを選ぶくらいなら、死んだ方がマシ、ってくらいにね」


「……だったら、保護を打ち切る選択肢をした方が、楽に死ねると思うけれど」


「楽に死ぬにも、色々種類があるからね。私はさくっと死にたい。君にさくっと、殺されたい、そう思ったの」


「……死ぬ気なの。純」


「何とも捉えてもらって良いよ。だって、そういうものなんでしょ? 君が私を殺せば、昏黒くんはいつも通りの日常を、続けることができる。その方が、正しいもの」


「…………」


「私は、自分のことを正しいと思ったことはない。私の選択は、全て間違えている。正直さ、家族を殺してここで生きているってのも、間違いだって思っている」


「……純、でも――それは」


「だから、君に私を殺して欲しいの。昏黒くん」


「……」


「私は、生きていちゃいけない人間なんだから」


烏滸おこがましいことを言わせてもらうけれど、純。そんなことは、ないと思うよ」


 昏黒くんは、どこか心苦しそうに言った。


「純には才能がある。でも、その才能は、殺人の才能だった。ただそれだけなんだ。その才能が、世の中を害してしまうというだけで、時代が違えば、時世が違えば、輝けたかもしれないんだ」


「輝く、ね? そんなこと、親にも言われたことないわ」


「でも、明日の仕事は、決まったことだ。斡旋所に登録している限り、常に質は問われるからね」


「質、ねえ」


「ぼくは以前にも、二人組ツーマンセルを組んでいた。君で、七組目だ」


「ふうん、すごいじゃん」


「すごくないよ。組んだ人が弱かった、ってだけの事だから。ぼくは同じように組んだペアと仲良くなって、。試験と称してね」


「……」


「そんなぼくこそ、生きてちゃいけないんじゃないか、って思うんだよね」


「……昏黒くん」


「まあ、ぼくは純と違って、死にたいとは強くは思わないんだけどね。だから、殺した人たちの思いを背負いながら、ぼくは生きるよ」


「そう、強いんだね、昏黒くん」


「君の言うよう、世の中には生きてちゃいけない人間がいる――そしてぼくらはそれに該当している。それは確かだと思う。明日生きていた方が、生きていて良い方。死んだ方が、死んだ方が良い方。そういうのは、どうだろうか」


「あ、それ良いね」


 私たちは笑った。


「明日だね」


「うん、明日だ」


「生きてね、昏黒くん」


「ありがとう、純」


 そんな私たちは、明日殺し合う。


 どちらが生きていて良いかを、証明するために。


 ゆがみを押し付け合う。 




(続)

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