第19話「選択」

 久しぶりに皆川さんに呼び出された。

 

 二人で一階の斡旋所の中に入るのも、半年ぶりであるように思う。

 

 しばらく待たされた後で、


「やあやあお疲れ様です、昏黒くん、純様。いつも仕事お疲れ様です。御多忙の所、こんな所にお集まりいただき、誠に幸甚」


 と言って、皆川さんは席へと座った。


 相変わらずサイケデリックなシャツに、敬語であるのに軽妙洒脱しゃだつな態度、初めて会った時の皆川さんと、何も変わっていなかった。


「ここ数回のお二人の殺人記録、素晴らしいものです」


 と、褒めに入った。


「特に純様の業績は、初めてこちらに来た方にしては、なかなかどうして素晴らしいものだと思いますよ」


「え……あ、ありがとうございます」


 褒められ慣れていないので、頬が赤くなるのが分かった。うう。やはり、褒められるのは苦手だ。


「別に褒めに来たわけじゃないでしょ? 綱頼さん」


「ええ、そうです。そろそろ、純様の試用期間が終了します」


 皆川さんはそう続けた。


 試用期間? 


 ああ、仕事始めのお試し期間、のようなものだろうか。確かに、私がやっている殺しは依頼されて行う殺しなのだし、そういう期間があっても不思議ではないということだろう。


「それで――私は、どうなるんでしょうか」


「はい、あと一つの任務をこなしていただければ、あなたは立派な暗殺者として――自室を与えられます」


「それはありがたいです」


 いつまでも昏黒くんの部屋に居候いそうろうし続けるのも申し訳ないと思っていたので、丁度良かった。


「それで、あと一つの任務って言うのは?」


「はい。今回は、ある暗殺者の殺害でございます。その殺害を持って、あなたをとし、暗殺者としてこちらの斡旋所に登録させていただきます」


 そう言って、皆川さんは一つの書類を出した。


 いつもは昏黒くんと私の中間に見せるのに、今回は私の側にそのまま出してきた。

 

 私はその書類を見た。

 

 一体どんな暗殺者を殺害するのか――と見た所。

 

 その書類に記されていた名前は。



 



「え、はあっ!?」


 変な声が出た。


 昏黒高暮? 


 どうして、彼の名前と写真が、ここに記載されている?

 何度も目をこすって書類を確認した。


 同姓同名ということはなく、隣に座っている昏黒くんその人だった。


「はい、昏黒くんでございます」


 ございますじゃねえよ――と言いそうになって何とか止まった。


「で――でも、昏黒くんとは、二人組ツーマンセルで」


「ええ、そうです。です。元より暗殺者の質を高めるために、どちらか一人と殺し合いをさせ、を、正規の暗殺者と認定するのです」


「で――でも」


 私は何とか反抗を試みる。


 何をムキになっているのだろう。私は。


「昏黒くんは、私を見つけてくれた。私を育ててくれた、私に色々、教えてくれたんですよ? それは――」


「それも全て、君のためだよ、それは変わらない」


 と。


 昏黒くんは、言った。


 いつもよりも冷たい声であった。


「君の殺人能力を一定以上にすることで――ぼくと戦えるようにした。そうじゃないと、ぼくにもり甲斐がないからね」


「でも、そんなこと!」


 声を荒げようとする私を、昏黒くんは止めた。


 これは珍しいことだった。


「それにこれは、ぼくの試験でもあるんだ」


 昏黒くんは続ける。


「どういうこと?」


「ぼくの新人教育と、ぼくの能力試験でもある。ぼくも、簡単に死ぬ訳にはいかないからね。というか、殺されてたまるかって話だし」


「…………」


 本気の昏黒高暮を、私はこの数か月で見たことがない。


「どう致しますか、純様。この件を断るのであれば、あなた様の保護は打ち切りとなりますが……」


「!」


 保護の打ち切り。


 それが何を示しているのかは、今の私でも理解できるところだった。

 野垂れ死に、である。


「ご自身で、選んでいただければと思います。肉親を失った純様からすれば、昏黒様は無二の存在のはず。心苦しく思われるのであれば、これを拒否することもできます。ただしその場合は――もう言うまでもありますまい」


 そんな言い方をされれば、私は自分で、選ばなければいけないじゃないか。


 咄嗟に昏黒くんの方を見たけれど、彼は私とは、眼を合わせてくれなかった。


 私に選べということか。


 私が。


 ――選ぶ?

 

 緊張が走った。


 どちらを選べば良いのだろう。きっとどちらを選んだとしても、私の人生は間違う。そういう風に、私の人生は完成してしまっているのだから。


「純様」


「……ううん、大丈夫。大丈夫だから。十秒だけ、考えさせて」


「はい。十秒と言わず、何秒でも」


 私は考えた。


 自分で考えた。


 そんなことをしたのは、久しぶりだった。


 ダムが決壊し、感情の濁流が頭に入り込んで、訳が分からなくなった。


 正解とは、何か。


 正しさとは、何か。

 

 間違いとは、何か。


 きっと全てにおいて間違えている――それでも、選ばなければいけない時が、来る。


 あの男――三味成皹の言葉が、染み渡った。


 私は。


 私は。


 私は。


 私は。


 私は。


 私は。

 

 私は。

 

 私は。

 

 私は。

  

 私は。


 私は。


 私は。


 私は。


 私は。


 私は。


 私は?




(続)

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