第16話「阻止②」

「なかなか来ないわ。淑景はどう?」


「いや、まだ動きはないね。もしかしたら、長楽が来ないことに勘付いて、諦めたのかも」


「その場合はどうなるの?」


「演説が終了するまでに何も起こらなければ、それでオーケー、そこで報酬は支払われるよ」


「そっか、分かった」


 そうこうしているうちに、街頭演説が始まった。


 何か良さそうなことを言っている風に聞こえるが、私の頭には微塵も入ってこなかった。


 いや、別のことに集中しているというのもあるけれど、ああいう声だけ大きい人の声って、頭に入りづらいのだ。


 いつも品行方正に生きている訳ではない癖に、こういう時だけ真面目な人間ぶるのは止めて欲しい。


 それで痛い目を見るのは、いつだって真面目な人間なのだから。


 そんなことを、思って――ふと、眼を背けて。


 視線の先に、一人。


 どこにでもいそうな主婦の格好をした女性が、鞄をそれとなくまさぐっているのが見えた。


 その顔は、既に頭に入力済みであった。


「いたよ――飛香銀歩、と、その横に」


 もう一人、眼をかっ開いているサラリーマンの男、弘徽贈の姿があった。


「――こっちも動いた」


 どうやら、淑景が動き出したようだった。


 私達はほとんど無意識に配置を交換した。どうやら昏黒くんも、私の意図をおもんぱかってくれたようだった。


 飛香と弘徽が人だかりの中にいる以上、私よりも昏黒くんの方が殺害に向いている。


 そして私は、車内という密閉空間が近くにある――淑景を殺すことに専念した。


 そのまま裏道の方から回って、駐車場で何やら支度をする淑景を後ろから刺突した。


 さくっと一発、である。


 車のトランクの中にさっさと死体を放り込んで、鍵を閉めた。


 これでしばらくは気付かれまい。


 そう思ったところで、街燈演説の方で、動きがあった。


「応援の議員の垓藤がいとう氏にお越しいただきました!」


 という声と拍手と共に、件の与党議員が、選挙車の上に登壇した。


 急いで戻らねば――そう思って、そそくさと戻った。飛香と弘徽の二人は、既に処理し終わった後らしい、少々離れたゴミ集積所の中に、昏黒くんが二人の死体を入れるのが見えた。


 残るは二人、である。


 しかし、演説も佳境に入るというのに、二人の姿は見受けられなかった。


「いないね……」


「いや――」


 


 昏黒くんがそう言ったのと、演説を終えた与党議員が車を降りるのと、その現象が起こるのは、ほとんど同時だった。


 


 という小さな音と共に、議員のいた付近が、白い煙に覆われた。


白煙スモッグ!?」


 流石に私達も予想はしていなかった。


 目で合図をされたので、私は車の反対側に――昏黒くんは車の正面側に回った。

 しかしこれで犯人も、何も見えないはず――そう思って、思ったところで、私の丁度左側奥から男が一人、爆速で走って来た。


 超高速で走って、急に立ち止まって、何かを振りかぶった。


 それが体勢であると――そしてその男が、清涼川紫佐紀であると気付いたのは、ほとんど同時であった。


 まさか、私たちのような暗殺護衛の者を想定して? 


 いや、それは考え過ぎか。


 今はそれより、今現在より、今この瞬間ときのことを考えろ。


 この位置からの煙幕と投擲とうてき


 最悪の想定が、私の脳髄を駆け巡る。


 


 私の足では、清涼川やつ居場所ところまで追い付かない。


 喧噪ざわつく人影の中、清涼川の様子に気を配れる現場の者はいない。

 昏黒くんは、正面に行っている。この位置からでは流石の彼でも届くまい。


 どうする――ここで。


 ここで私が、止めなければ。


 私が、何とかしなければ。


 私が――。


 


 いや、迷いを振り切れ、今はそんなことで止まっている場合ではない。


 この仕事を成功させることが、昏黒くんの人生にとって最善、すなわち、私にとっての最善。


 


 私のどどめ色の脳細胞が導き出した答えは。

 

 否。

 

 私が何かを一人で導きだすことなど、初めからできないのだった。私にできることは、だから、誰かがやったことをなぞるだけである。


 つまり、清涼川紫佐紀と同じことをしたまでである。


「ええい、ままよっ!!!」


 


「っ――がっ」


 包丁を投擲して、清涼川の心臓付近へと、突き刺した。

 

 当たると思えば、当たるものである。


 振りかぶった勢いを殺しきれず、そのまま清涼川は手に持っている物を、取り落とし、丁度その上に覆いかぶさるように、倒れ伏した。


 次の刹那。


 


 と。


 今度は鈍い音が響き渡って、清涼川の肉片が、宙を舞った。


「――っ、やっぱり、爆弾」


 なんてことだ。


 本当にテロ集団じゃないか。


 いくら3Dプリンターが普及したとはいえ、進歩し過ぎじゃないのか、民間人の科学技術!


 その音に驚いたのか――流石に爆発音ばかりは隠蔽のしようがなかったのか、民衆は騒々ざわざわと駅の方へと足を進めて逃げ出した。


 正面側は見えなくなった。


 流れ、潰れ、されてゆく人だかりを反対側から目にしながら、私はぼうっと、その人だかりを眺めていた。


 すると民衆それらをすり抜けるようにして、一人の男の子が、私の前まで来た。


 昏黒くんであった。


「どうだった、純」


「殺したよ。少しバレちゃったけれど、ほら、そこの肉片」


「良かった。爆発音があったから、少し心配しちゃった」


「いえいえ、余裕だよ余裕」


 とは言いつつも、結構限界ぎりぎりだったことも確かである。



 包丁は、取りに行けないな、あの状態だと。


 新しいものを購入しなければならない。


 爆発音に気が付いた警備の人達が、黒焦げの肉片と化している清涼川に駆け寄っていった。


「そっちはどう、昏黒くん」


「うん、こっち側にいたよ、凝華昇子。同じく爆弾らしきものを持ってたから使わせる前に殺した」


「ふう、良かった。取り敢えず、これで終わりね」


「だね、お疲れ様、純」


「昏黒くんこそ」


 そのまま私たちは、人の流れに身を任せて駅まで入り、満員電車に揺られながら家に帰った。


 その日は昏黒くんが、料理を作ってくれた。


 私の作る料理(わらい)とは比べ物にならない美味しさだった。


 久しぶりにほっぺが落ちそうという表現を使った。


 一人暮らし歴が長いと料理が上達するのだろうか、とも思ったけれど、その辺りは彼の両親事情にも関わっていそうなので、追及するのは止めておいた。

 

 スマホでニュースを調べたら、異常な爆発音と男の死体という風に報道されていた。


 やはりあれだけの規模で爆発が起きると、いくら隠蔽の人達がいるとしても隠せないらしい。


 しかし与党議員は無事だし、市長選挙も滞りなく行われるらしい。

 

 良かった良かった。


 適当にそう思って、その日はシャワーを浴びて寝た。




(続)

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