第17話「束の間の非日常①」
それからしばらく、昏黒くんと、二、三週に一度の仕事を繰り返した。
次に行ったのは講演会での殺人、控室にいるゲストと主催者を殺害するという話であった。少々失敗したのは、丁度人が控室に来てしまったので、その人も殺してしまったことだったけれど、綱頼さんからは不問になった。
その次に行ったのは、さる会食での殺人であった。どうやら闇側の人間の会合であったらしい。トイレに立った対象をさくっと殺害していたら、昏黒くんが会食に参加した人間全員を絞殺していた時は、流石に面食らってしまったものだった。
続いて、学校現場での殺人であった。これが一番大変だったように思う。下手に侵入すると、
そんな風にそんな具合に私は、昏黒くんは、人を殺した。
人を殺して、殺して、殺して、殺した、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺した、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺した、殺して、殺して、殺して、殺して、殺した。
私が殺した人間たちの名前である。
資料を見ただけで分かる極悪人もいれば、どうして殺すのか分からない善人もいた。
時には、どこにでもいる普通の人間のような経歴の人間もいた。
いた。
過去形である。
そいつらを平等に殺した。
倫理観なく、罪悪感なく。
私が生きるために、殺した。
正確には私ではなく、私の先を歩む昏黒くんのため、だけれど。
どうせ死んだ人間なのだから覚える必要はないのだろうけれど、しかし何というかどうしても、頭の片隅に置いてあって、ふとした時に思い出すのである。
別段それは、センチメンタリズムだとか、罪悪感から来る加害意識という訳ではない。
でも、何となく、殺す人間の名前は覚えておきたい。
それが私の主義だった。
まあ実際は、警備の人とかも殺しているので、厳密には全員ではないんだけれどね。
昏黒くんは、少なくとも私の倍は殺している訳だし。
とかくとにかくそんな具合で。
私と昏黒くんの共同生活は、順調に進んでいた。
その間に、流石に警察が私を逮捕しにくるだろうと身構えていたけれど、やはりというか何というか、チャイムの音を鳴らす人はいなかった。
そんなある日の、いつも通りの休みの日のことである。
その日は快晴であった。
「だるいねー」
「そういう日もあるよ」
「そうだねー、何というか、世界に裏切られているみたいな気分になるよ」
「どういうこと?」
「ほら、私の心が曇天なのにさ――空が快晴なのって、なんか気に食わないっていうか」
「ふうん、ぼくには分からない気持ちだな」
「そう?」
「そう。ぼくらの感情なんて小さなもので、世の中が変わるとは思えない」
「ひゅー、冷徹だね、昏黒くん」
「ある種の諦めだよ」
「諦め……か」
「何か思い至る所のあるみたいな口ぶりだね」
「うん。私さ、あの家に生まれて、人生諦めてる癖が付いちゃってるみたいでさ。別にいつ死んでも良い――みたいにふと思うようになってしまうんだ」
「いつ死んでも良い」
「そう。いつ死んでも良い――だから、家族を殺した時、ああ、人生終わったなって思って、安心したんだ」
もう何も選ばなくても良い。
そう思って。
「ふうん。じゃ、ぼく、余計なことしちゃったかな」
「え?」
「いやさ、ぼくが、君を見つけなければ、君は望み通り死ぬことができたんだから」
「あー」
それもそう、である。
「どうなんだろうね。でも、生きている私も悪くないって思ってる。今でも死にたいと思うけれど、人を殺すだけでお金がもらえるのなら、それでも良いってさ」
結局私は、何も選びたくないだけなのだ。
自分で、選択したくない――それだけ。
今だって、昏黒くんの後ろに、付き人のように付き従っているというだけ。
「本当はそこは
「あはは、元から壊れてたのかもね。私」
私たちは笑った。
「……ちょっと歩いてくるね」
「行ってらっしゃいー」
気になったことがあって、私は何の用もない外出をした。
最初はおっかなびっくりで歩いていたけれど、意外と人の目を気にしなくなったので、時折こうして歩いているのである。運動不足って怖いしね。
散歩のルートは、スーパーと銭湯をぐるりと回る道に相場が決まっていた。そこから少々迂回することも、しばしばあった。
それでも、避けていた場所があった。
実家である。
私の始まりであり、終わりの場所。
――などと言えば格好良いけれど、実際あそこは私の犯行現場なのだ。
あの場所を調べられれば、いつあの場所にテレビクルーが押し寄せるか分からない。そして、今の生活もお終いである。
誰かの
結局のところ私は、家族を殺しても変わることはなかった。自分で何も決めないままに、こうして生きて、生きることができてしまっている。
何かの間違いで生きている。
きっと私は、ここにいるべき人間ではないのだろうな、と思う。
しかしそれでも、自殺する勇気はないし、死のうと思っても死ぬ気はないのだから、随分と図太い神経だなと、自分で思う。
死にたい、とは、今は思わない。
ならば私は、生きたいのだろうか。
いや、違う。死ねないから、生きているのだ。私なんて死んだ方が良いという考えは、今も変わっていない。
だって私は、罪を犯しているのだから。
分からない――私の気持ちなんて、私が一番分からないのだ。
どうせきっと、思ったことは全て、間違っているのだから。
(続)
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