第17話「束の間の非日常①」

 それからしばらく、昏黒くんと、二、三週に一度の仕事を繰り返した。

 

 次に行ったのは講演会での殺人、控室にいるゲストと主催者を殺害するという話であった。少々失敗したのは、丁度人が控室に来てしまったので、その人も殺してしまったことだったけれど、綱頼さんからは不問になった。


 その次に行ったのは、さる会食での殺人であった。どうやら闇側の人間の会合であったらしい。トイレに立った対象をさくっと殺害していたら、昏黒くんが会食に参加した人間全員を絞殺していた時は、流石に面食らってしまったものだった。


 続いて、学校現場での殺人であった。これが一番大変だったように思う。下手に侵入すると、露呈バレてしまう。ただ、校長がエコな人間で助かった。空気の入れ替えのために、窓を開いていたのである。この時は私が見張りで、昏黒くんが実行というところであった。丁度見張りというか、警備の人に見つかってしまったので、その人もついでに殺した。



 そんな風にそんな具合に私は、昏黒くんは、人を殺した。


 人を殺して、殺して、殺して、殺した、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺した、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺した、殺して、殺して、殺して、殺して、殺した。

 

 中務なかつかさ宗賢むねまさ


 民部みんぶ族矢ぞくや


 豊楽ぶらく天堂てんどう


 大舎人おおとねりとなり


 右馬みぎうま秀夏しゅうか


 御井みい石斧せきふ


 梨本なしもと葉粥はがゆ


 宮内みやうち首里しゅり


 縫殿ぬいどのあい


 漆屋うるしや図門ずもん


 りんりりす。


 八省はっしょう朝道あさみち


 西雅さいが夢光ゆめみつ


 私が殺した人間たちの名前である。


 資料を見ただけで分かる極悪人もいれば、どうして殺すのか分からない善人もいた。


 時には、どこにでもいる普通の人間のような経歴の人間もいた。


 いた。


 過去形である。


 そいつらを平等に殺した。


 倫理観なく、罪悪感なく。


 私が生きるために、殺した。


 正確には私ではなく、私の先を歩む昏黒くんのため、だけれど。


 どうせ死んだ人間なのだから覚える必要はないのだろうけれど、しかし何というかどうしても、頭の片隅に置いてあって、ふとした時に思い出すのである。

 

 別段それは、センチメンタリズムだとか、罪悪感から来る加害意識という訳ではない。

  

 でも、何となく、殺す人間の名前は覚えておきたい。

 

 それが私の主義だった。

 

 まあ実際は、警備の人とかも殺しているので、厳密には全員ではないんだけれどね。


 昏黒くんは、少なくとも私の倍は殺している訳だし。

  

 とかくとにかくそんな具合で。


 私と昏黒くんの共同生活は、順調に進んでいた。

 

 その間に、流石に警察が私を逮捕しにくるだろうと身構えていたけれど、やはりというか何というか、チャイムの音を鳴らす人はいなかった。


 そんなある日の、いつも通りの休みの日のことである。


 その日は快晴であった。


「だるいねー」


「そういう日もあるよ」


「そうだねー、何というか、世界に裏切られているみたいな気分になるよ」


「どういうこと?」


「ほら、私の心が曇天なのにさ――空が快晴なのって、なんか気に食わないっていうか」


「ふうん、ぼくには分からない気持ちだな」


「そう?」


「そう。ぼくらの感情なんて小さなもので、世の中が変わるとは思えない」


「ひゅー、冷徹だね、昏黒くん」


「ある種の諦めだよ」


「諦め……か」


「何か思い至る所のあるみたいな口ぶりだね」


「うん。私さ、あの家に生まれて、人生諦めてる癖が付いちゃってるみたいでさ。別にいつ死んでも良い――みたいにふと思うようになってしまうんだ」


「いつ死んでも良い」


「そう。いつ死んでも良い――だから、家族を殺した時、ああ、人生終わったなって思って、安心したんだ」


 もう何も選ばなくても良い。


 そう思って。


「ふうん。じゃ、ぼく、余計なことしちゃったかな」


「え?」


「いやさ、ぼくが、君を見つけなければ、君は望み通り死ぬことができたんだから」


「あー」


 それもそう、である。


「どうなんだろうね。でも、生きている私も悪くないって思ってる。今でも死にたいと思うけれど、人を殺すだけでお金がもらえるのなら、それでも良いってさ」


 結局私は、何も選びたくないだけなのだ。


 自分で、選択したくない――それだけ。


 今だって、昏黒くんの後ろに、付き人のように付き従っているというだけ。


「本当はそこは躊躇ためらうところなんだけどね」


「あはは、元から壊れてたのかもね。私」


 私たちは笑った。


「……ちょっと歩いてくるね」


「行ってらっしゃいー」


 気になったことがあって、私は何の用もない外出をした。


 最初はおっかなびっくりで歩いていたけれど、意外と人の目を気にしなくなったので、時折こうして歩いているのである。運動不足って怖いしね。


 散歩のルートは、スーパーと銭湯をぐるりと回る道に相場が決まっていた。そこから少々迂回することも、しばしばあった。


 それでも、避けていた場所があった。


 実家である。


 私の始まりであり、終わりの場所。


 ――などと言えば格好良いけれど、実際あそこは私の犯行現場なのだ。


 あの場所を調べられれば、いつあの場所にテレビクルーが押し寄せるか分からない。そして、今の生活もお終いである。


 誰かの人生レールをなぞる人生。


 結局のところ私は、家族を殺しても変わることはなかった。自分で何も決めないままに、こうして生きて、生きることができてしまっている。


 何かの間違いで生きている。


 きっと私は、ここにいるべき人間ではないのだろうな、と思う。


 しかしそれでも、自殺する勇気はないし、死のうと思っても死ぬ気はないのだから、随分と図太い神経だなと、自分で思う。


 死にたい、とは、今は思わない。


 ならば私は、生きたいのだろうか。


 いや、違う。死ねないから、生きているのだ。私なんて死んだ方が良いという考えは、今も変わっていない。


 だって私は、罪を犯しているのだから。


 分からない――私の気持ちなんて、私が一番分からないのだ。


 どうせきっと、思ったことは全て、間違っているのだから。




(続)

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