第6話「邂逅二番」

 それから私たちは、結構歩いた。


 山のふもとを歩いた先の、斜面を削って利用した住宅街の中の一角の、コンクリイト張りのアパートであった。


 無機質であるのに、冷たさを感じないという奇妙な感覚であった。


 アパートに到着するまで、少年、昏黒くんと少し話した。


 昏黒くんも、ある人からの紹介で、斡旋業者の所に連れていかれ、そして仕事をしているらしい。


 私より若いのに仕事とは、最近の中学生はしっかりしている――というか、中学生って仕事して良いんだったか。まあ良いか、何でも。私も人殺しているし、多少の法律違反は構うまい。


 そんなことを、赤信号で立ち止まりながら思った。


 車は来ていないし、来る様子もないけれど、赤信号では止まるのだな、昏黒くん。


 偉いと思った。


 人殺しは許容するのに、何だか不思議である。


 そんなことを考えている間に、あっという間にアパートに到着した。


 時刻は夜中の、恐らく11時くらいだと思う。


 外は月の出ていない空だった。


 月は嫌いだった。


 夜の癖に、大々的に明るく照らして、太陽みたいな顔をしてそこにたたずんでいる。


 恒星の力を借りて光ってるくせに調子に乗るなよと、私は常々思っていた。


「やあやあ昏黒くんじゃないですか。久方ぶりですねえ。君に斡旋したい仕事が山積みで、圧死すると思いましたよ」

 

 チャイムを鳴らしてすぐ、その男は顔を出した。

 

 眼鏡をかけて、サイケデリックな色の半袖ワイシャツを着た、天然パーマの男であった。身長はかなり高い――というより細いのだろうか。昆虫で言う所のナナフシに似ていると思った。


「うん、久しぶり。綱頼つなよりさん」


「いやはや、しばらくいらしていないから、てっきりお亡くなりになったのではないかと心配しましたよ。昏黒くん」


「あはは、ぼくはそう簡単には死なないよ。綱頼さんこそ、斡旋業の最中に首でも刎ねられないようにしてよね。ぼくは綱頼さんのお蔭で生きていると言っても過言ではないんだから」


わたくしの心配をしてくださるとは、それはそれは頼もしい――おや」


 と、男は私に気付いたようであった。 


 にこり――と、明るそうな笑顔を浮かべながら、私達を部屋へと招き入れた。


 第一印象は悪くないが、どこか胡散臭い男であった。


 丁寧だけれどどこか無礼、という不思議な属性である。

 

 こういうのを慇懃いんぎん無礼と言うのだったか。


「おやおや、今日は別のお客様がいらっしゃる、珍しいこともあるものですね、昏黒くん。君が誰かを連れてくるだなんて」


 珍しいこと、なのだろうか。


「ああ、さっきちょっと拾ったんだ」


 まるで猫のように言ってくれる。


「多分役に立つと思うんだけれど」


「どうもどうもこんばんは――私、斡旋業をしております。皆川みながわ綱頼と申します。以後、お見知りおきを」


「……どうも」


 部屋の中は片付いていた。


 一つの部屋というより、まるでオフィスのようだった。


 机があり、対面するように椅子が並べられている。

 

 一度親に勘当されかけた時に連れて行かれた市役所の窓口を思い出した。

 

 案内されて、私は右側の席へと着いた。


「それで、今回もお仕事の斡旋ですか、昏黒くん」


「ああ――それもあるんだけれど、この人に仕事を見つくろって欲しいんだ」


「この方、そちらのお客様――ですか。そちらの方は、ちなみにどこでお知り合いに」


「うん。家族を全員殺して、今ここにいるんだ。名前は、純」


 おい。


 それを言ってしまって良いのか。

 

 流石に私は、立ち上がらんとした。

 

 誰一人として、ツッコミを入れる人がいなかったからである。

 

 空気が凍り付くかと思ったけれど、凍ったのは私だけで、皆川さんは笑顔を崩さなかった。


「成程、ご家族を殺害したのですね、純様」


 そんな簡単に言って良い話なのだろうか。


 違うだろう。なのに当たり前みたいに、事実確認してくる。


 どうなっている。


 ここにいる人間たちは狂っているのか。

 

 ただまあ、殺したのは事実なので「はい」とだけ答えた。


 純様って、苗字は別に良いのか。


 この場所では、名前は、大した意味を持たないらしい。


 まあいいか、自分の苗字は、あいつらと一緒みたいで嫌いだったし。


「それで行き場所がないんだって。だから、仕事を探しているんだ」


 仕事を探しているというか、昏黒くんの意志に乗っかっているところはあるけれど。


「成程成程、仕事を探している、と」


 そう言って、眼鏡の奥から、皆川さんは私を見た。


 その視線を、私は知らなかった。


 常に父や母は、私を見下してきた。学校ではそもそも、人の視界にすら入らないようにしている。


 皆川さんの視線は、まるで私を探るようであった。見て、探る。


 見透かすとでも言おうか。


 眼鏡の向こうで、彼からは私が、どう見えているのだろう。


「どのような仕事をご所望ですか? 純様」


 突然聞かれたので、私は吃驚してしまった。


「えーと、普通の事務職とかあります? トイレ掃除とかでも良いんですけれど」


 家のトイレ掃除は、いつもさせられていた。


「事務職……でございますか。トイレ掃除――」


 若干辟易したように、皆川さんは言った。私そこまで変なこと言ったか? 


 まだお子ちゃまなので、世の中にある職業の種類を把握できていない所はあるけれど。


「少々お待ちください」


手元の分厚い資料を置き、ノートパソコンを打鍵した。今や就活もパソコンでやってしまえる時代か。そしてしばらく調べ終えた後に「大変申し訳ございません、純様」と、本当にまゆをハの字にして、申し訳なさそうに言った。


「純様のご要望の職業は、今の所うちのリストにはございません」


「はあ……」


 まあ、闇の斡旋業者とか言っていたしな。


 仕事も闇のものなのだろう、と、私は妙に納得した。




(続)

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