第32話 飾り物

青年は、やはり無口だった。

老人と変わらず、ずっと酒を流し込む量は少なく、嗜んでいた。


少年は、そんな青年が昨日の老人だという事を知っていたので

それだけでも楽しかったし、同じ様に残像の如く真似て酒を呑んだ。


焦っては居ないが、やはり自分が今後進むべき路を知っている、或いは

何かしらのアドバイスを貰える事は確信していた。


ただ、今日は仕事帰りの夕暮れ時だったし、妹の恋人が待っている事を知っていたから

昨夜より時間が無かった。


少年は青年に頭を下げ、そろそろ仕事に戻る事を伝えた。

青年は老人と同じ笑みを浮かべて、少年にお礼を言った。


二人は店を出た。

暖簾を潜り、繁華街の路に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。


青年の帰る神社の方向と、少年の仕事場は逆方向だったので

少年はその場で別れを告げると共に、また逢いたいと言った。



すると青年は、おかしな事を言った。


「君に呼ばれたので、二年待っていたよ」



少年は皆目見当がつかなかった。



「自分が呼んだ」


「二年」



理解出来ないまま、少年はまた次回にゆっくり話が出来れば良いと思っていた。

青年にお辞儀をして、身体を青年から逸らそうとする刹那だった。

青年が何かを手に持っていた。


少年はそれが何か、最初分からなかったが直ぐに思い出した。


「まさか!」


少年は再び大声を出した。


青年が手にしていた物は、山の頂のあの場所で、祠に置いて来た

母から預かっていた祖母の飾り物だった。


少年は「点」と「点」を繋げていた。

今までの「線」よりも割と早く、分かり易く理解出来たが、やはり驚きは隠せなかった。


「あの時の狐の石」


伝承で聞いた「石になった狐」が、祖母の飾り物で再び人間の身体を宿して

自分の前に現れていた事を理解した。

更にはたった一日で、歳も若返っていた。

そして、自分とスイが過ごしたあの山での出来事が、二年にも及ぶ期間だった事も

衝撃的な事実だった。



あの日の山頂で見た、目紛しく動く星の如く、少年の頭の中は回転していた。

そしてやはり、目の前の青年には逢える期限がある事も悟った。

なるべく多くの情報を聞きたかったが、全てを応えてくれるとは思わなかった。


時間が迫る中少年は、青年に一つだけ質問した。


「何故、石になったのか」


青年は「定めだった」と言った。



少年は涙を堪えた。

奥歯をずっと強く、噛み締めていた。

しかし、涙は頬を伝っていた。


昨日の老人から察した匂いで、何となく想像はしていたが、今日の若い青年から

聞いたその一言は、少年にとってはとても重く、現実味を覚えていた。


「そんなの、滑稽すぎる。」


自分がこれからのスイとの未来へ向けて、夢見て進もうとしていた事を頭から否定された様だった。

自分の血が幾ら濃くなろうが、スイをどれだけ愛そうが、結末は一緒なのかと絶望したし

動物と人間の愛には、掟を超えた悲しい「定め」がある事を実感した。


否、少年はそれ以上に、悔しい想いで一杯だった。

目の前の青年は、自分がこれから成し遂げようとしている事を、初めから諦めてしまい

自然の仕来りに流された様で悲しかった。


自己完結で幸せを自負し満足して、果たして相手の女性の気持ちはどうだったのか?


そこまでのキツい質問は出来なかったからこそ、少年は悲しくて泣いていた。




少年はやがて立つ力も衰え、青年の前で膝を落とした。

ずっと泣いていた。

それはまるで、遠い昔に祖母の前で良く泣いていた様だった。



暫く少年が立ち竦んでいると、青年は音を立てずに静かに詰め寄った。

そして、少年の前に腰を落として優しく言った。


「私は幸せだった。一人の女性を愛し、村の掟で生贄になろうとも、それで良かった。」


少年は再び眼を大きく見開いた。


「村の生贄」


その刹那、青年は再び優しく言った。


「幸せの尺度は誰にも決められない。君は、君の幸せを追い続けて欲しい。」




少年は絶望だらけの後に見た光が、まるで暗闇に針で開けた穴の程度な物だったので

頭を回転させても理解出来ないでいた。


そして、青年が放った言葉が、母から聞いた祖母の言葉と似ていると感じた。


ただ、今の少年にはそんな太祖れた力が自分に有るとは思えなかったし

今の時点でそれを解く「鍵」が分からなかった。




少年が立ち上がる頃には、青年の姿は無かった。

匂いも消えていた。


少年は早歩きで、妹の恋人の待つ作業場に戻った。

その中で、頭の中は目紛しく回転していた。


過去の小さな「点」と、今有る大きな「点」

全てを繋げて、そして近いうちに必ず訪れる「定め」



人を愛し、山で力を貰い、人間になった狐は自然の弊害を鎮める為に、村の生贄になる事


そしてやがてそれは、スイにも訪れると言う事




それが自分の村の「掟」であった事を理解していた。
















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