第36話 劫火の儀式

その日も何時もの様に、妹が喜んで二人を出迎えた。

妹と恋人が、暫く振りの再会で抱きしめ合っている光景に若干、恥ずかしさもあったが

少年は直様スイの事を聞いた。



スイは、実家に大切な忘れ物をしたと言って数日前に故郷へ戻ったと聞いた。



少年は嫌な予感がした。


前回、村を出る際に神社に来ていた狐の面の人間達。


あの者達がスイに何か「警告」の類いを発したのか

或いは、スイは初めから事の事態を知っていて消えてしまったのか



考えれば考える程、少年は不安になっていた。

そして、スイが村を出たと言う数日前は既に山では一月程度になっている事も理解していた。


少年には迷いが無かった。

スイを迎えに行く決心はついていた。


村に帰った夕暮れ前に少年は家を出た。

家族には、スイを迎えに行くと伝えた。

食料も酒も持たない代わりに、青年から受け取った飾り物と

山で拾った狐の面を持っていた。

何となくではあったが、その二つがお守りになる気がしていた。



少年は走った。

その姿は、既に人間では無かった。

スイの残した匂いも感じていた。

微かに濃くなる、スイの匂いを嗅ぎつつ少年は険しい山路を飛ぶように走っていた。

辺りが暗くなっても、何も問題は無かった。

音と匂いに長けた感覚が特化していた為、不自由は感じなかった。


スイに逢いたい一心で、夢中で走っていた少年も

前回の山での苦労が嘘かの様で少し笑えた。


そしてもう一つ、前回と違う事を悟っていた。


村を出て、瞬く間に山へ入って走って居る今も、狐達の姿が無かった。


スイの元へ向かい、飛ぶように走る最中

少年は、考えてもいなかった別の「点」が、目紛しく脳裏を過っていた。



山で人になった狐が、村に弊害をもたらす様に

逆に自分も山に弊害をもたらしてしまったのではないか

狐達は、スイと自分の事がずっと心配だったのではないか

人間が自分達の生活を守る様に、狐達も生きて行く手段を考えているからこそ

人と動物の愛は、最初から困難な事だと悟っていたのではないか



狐達の姿が無い山路は、走る少年を悲観的にさせていた。

遠く幼い頃から、周りに気を遣い、状況をいち早く察知する性格が災いしていた。

良い方向へ考えようとするも、やはり不安や絶望が優っていた。


徐々に走る速度は衰え、視力の弱った眼には涙が溢れて、更に視界が悪くなっていた。


少年は何処かも知らない山の険しい路で脚を止めた。

立ったまま下を向いていた。

涙の量と比例して、下半身の感覚は無くなり、その場に膝を落としそうになる刹那だった。



少年は顔を上げた。



幼い頃から泣いてばかりだった少年も、今日は、今だけは、自分の気持ちを立て直す事に

時間は然程掛からなかった。



今まで分かった真実

祖母の想い

青年の想い

そして何よりも、スイへの愛とに賭す未来



不安になる要素は皆無だった事に気付づき、少年は顔を上げて前を向いた。

少年は1人では無い事に気付き、立ち直った。

涙で消えかかっていた眼の灯火は、再び燃え上がっていた。




すると、その先には驚く光景があった。




前回とは比較にならない程の、夥しい数の松明を持つ人の光の列だった。

列は、二重三重に重なりそして、少年が通る道は綺麗に空いていた。

その光景は、山が街の繁華街を遥かに超える明るさと、暖かくも幸せな気持ちになる

美しい情景だった。


この山の狐達が全て集まり、少年を迎えてくれているかの様な


「狐の儀式」


に思えた。




少年は、先程まで考えていた不安が恥ずかしくなった。

そして再び、感動のあまり涙を流した。

涙を拭うも、瞳の火は狐火と連動するかの如く燃えていた。


前回と同様に、狐火の列の前に立ち、一例をした。

二度も泣いたので、涙で濡れた瞳を狐達に見られるのが恥ずかしいと思った。

その涙眼を隠すかの如く、持っていた狐の面を付けた。



そして、その中を走った。

無数に連なる松明の列の中は心地良さもあったが、自分の気持ちを察するかの如く

狐火の光は強くも逞しく、そして優しく少年を守っている様を感じていた。



狐達は、スイが居る場所へ誘導してくれているのだと悟っていた。



そうして走っているうちに、少年は走る感覚が麻痺していた。

無我夢中で走る中、意識も薄れていたが何となく身体が小さくなって行く事に気付いていた。

走る速度は更に増し、自分が四本脚で走って居る様な感覚があった。





その姿は、今までに無い程の美しい金色をした、一匹の狐だった。






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