第35話 刹那の契り

年の瀬の、街の外れに有る暗い路地で、少年は一人屈んでいた。

涙は乾いていた。


下を向いたその眼はただただ、地面だけを見つめていたが、いつの日かの様に

瞳には蝋燭の灯り、否「狐火」にも負けない火が灯っている様だった。



狐が去って行く時だった。

少年の横を通り過ぎる刹那、微かに人の気配がした。

そして、微かな匂いを感じた。


横目で見るとそれは、青年の足だった。



慌てて顔を上げようとすると、青年は言葉を発した。

少年の胸に話しかけていた。

その時間は刹那の様で、とてもゆっくりと流れている様な心地の良い異空間に感じた。



青年の言葉は、少し聞き取り難かったが、何となく理解していた。



それは、青年との「契り」だった。



かつて、自分の村で起きた悲しい惨劇

騙そうとした人間達

騙された振りをして、村の弊害を元に戻した狐

そこに有る、曇り無き愛




小さいながらも賢く、山頂で力を持った狐達が「微かな希望」を持っていたとしたら

それは


「人間として生きて行く事」


であると確信した。

そして、混血の自分とスイとの愛は、青年も何かを期待している事。


それはきっと、誰一人も悲しむ事無く、皆が明るい未来へ共存して行く事では無いかと

思っていたし、自分に課せられた希望と夢は、村と人間と狐にとっても

とても重要な試練であると自負していた。



少年は「点」の全てが集まり、それが大きな「線」になっていた事を自負していた。

凍える様な寒さの中も、スイの襟巻きで顔を覆いながら瞳は大きく鋭く見開いていた。


頭で描いた大きな線は、少年の歩む先を導いている様だった。



スイを生贄にはさせない

石にもさせない

ずっと寄り添って生きて行く方法




頭の中を張り巡らせていた少年は、ハッと気付き、後ろを振り返った。

狐は小さな神社に消えて行く刹那だった。


少年は立ち上がり、消えて行く狐と神社に向かい、深々とお辞儀をした。





翌日の昼前に少年は、妹の恋人と一緒に村へ向かった。

その日はとても良い天気で風も無く、冬でも心地の良い気温だった。

街が遠ざかるにつれ、人も少なくなり村へ向かう道に入って行った。


途中途中の、枝だけになった木々は、寂しさもありながらも

澄んだ空気に映る様が、冬特有の美しさを演出していた。

毎回歩いている通い慣れたこの道も、少年は秋と冬の情景がとても好きだった。



二人は愛する者と再会出来る喜びで同じだった。


少年は道中で、妹の恋人に仕事の話をした。

焦ってはいなかったが、なるべく早くに自分の技術や商いの事を伝えたかった。

自分がこれから進む道を歩んで行った時、恐らく街での仕事が出来なくなる気がしていた。



祖母や青年、今までの狐達が少年に託す「希望」の様に

妹の恋人にも、別の希望を託していた。


少年は、妹の恋人と話をしながらも考えていた。

会話よりも無口の時間の方が多かった。

今まで知り得た真実を、村に帰って話すべき相手を考えていた。


それはスイと村長だった。



スイは自分が知った事実を何処まで受け止められるか

或いは既に知っているかもしれない



そして


必ず訪れる村の異変



否、昨年の夏も村に雨が降らなかった事を理解していたし

もう村には飢饉が少しづつ迫って来ている事を自負していた。


スイが人になって、自分と関わったからなのか、元々の自然の摂理なのかは分からぬままだったが

何方にせよ、村の危機を知らぬ顔をしている訳にはいかないと考えていた。


村長にこれまでの経緯を話す事は、少年にとってはとても恐怖だった。


頭が良く、村人を愛し、村を愛し、村の未来を考えている長が下す決断は

あの惨劇を執行するかもしれない。

もしかしたら、自分が動物に寄り添った行為を怒られるかもしれない。


村の神社の復旧で、自分を大変買ってくれている長を失望させる事が怖かった。



それでも村長に全てを打ち明け、村の起源や狐との交わりを聞き

例え、意見が食い違う事があっても真実を知り、自分の向かう道を進むと気持ちは固まっていた。


ゆっくりと、そして早歩きに時間が迫る中で、少年には時間が無かった。







二人が村に着いたのは、夕暮れには少し早い時間だった。

家の前で母と妹は相変わらず農作業をしていた。


スイの姿は無かった。











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