第34話 伝承の真実

あまりにもハッキリした夢だったので、少年は夢では無い事も悟っていた。



頬を伝った涙を拭い、濡れた枕をひっくり返して暫く横になり、夢を回想していた。

青年が自分の経緯を教えてくれたのだと思った。


祖母から聞いていた「石になった狐の伝承」の真実が垣間見れた時間だった。

人から人へ伝わる伝承で、真実が大きく違った事が幾つもあったが

少年はそれも仕方の無いものだと思っていた。



青年は自分が石に変わる事と引き換えに、村の飢饉を救った


事の発端は村に訪れた飢饉が先か、或いは動物と人との過剰な交わりが先だったのか




何度考えても、少年には分からなかった。


ただ分かっている事実は、動物と人との愛の結末がとても悲しく、滑稽で有る事だった。


夢は途中で終わってしまったが、その村は恐らくその後は普通の日常を取り戻し

皆が幸せに暮らせたのだろうと思った。

ただしかし、最愛の人を失い、子供を身籠った娘のその後を案じた。

きっと村人達は、娘とその子供をずっと見守り、後ろめたさを感じて生きていたのだろうと想像した。


その村で起きた一連の話が、人から人へ語り継がれる中で

「動物と人との過剰な交わりは不幸を生む」

と言う内容が自然と盛り込まれ、伝承になっていったのだと考えていた。




しかし今は、そんな事よりも

若い二人の愛に、敬意を表したいと思っていた。

お互いを想い、お互いを守る為に取った結末。

悲しくて胸が痛い夢ではあったが、今の少年はただただ二人を尊敬し、来世で幸せになって欲しいと

願うばかりだった。



そして、その二人が残した子供が、自分と祖母の先祖であった事




青年があの時に放った「定め」と言う言葉は、真実を垣間見れた今の少年には

悲しくもあったが、納得せざるを得ないと自負していた。





それから数日が経った。

明日には少年と妹の恋人は、一緒に帰村する予定でいた。

二人は街での仕事を相変わらず手分けしてこなしていた。


妹の恋人は、妹と逢える事が嬉しそうだった。

そんな笑顔を見れて嬉しかった少年もまた、スイに逢える事が嬉しかった。



ただ、少年は少し悩んでいた。



自分が今日まで理解している現実を、何処までスイに話せばいいか

全てを打ち明けて、彼女が恐怖に駆られる事も嫌だったし

もしかしたら、スイは初めから己の宿命を知っているのかも知れない



そして何よりも、自分の元から消えてしまう事が不安だった。



少年は答えが決まらないまま、夜になっていた。

仕事を終えて、その日は仕事納めもあって、仲間と数名で酒を飲む約束をしていた。


少年は相変わらず無口だった。

有る程度は皆の会話にも参加したが、自分から言葉を発する事は稀だった。


仕事仲間達は、少年が街に戻ってからの異変に気付いていたが

それも徐々に元に戻るだろうと思っていた。


少年は皆が良い感じに酔って来た段階で、一人店を出た。

繁華街は年の瀬もあって、沢山の人で溢れていた。


そして、青年の匂いはしなかった。

老人の視線も感じなかった。


少年は少し寂しくなって、あの小さな神社に向かった。

あの青年には逢えないとは自負していたが、暫く街を開ける事を祠の脇に居る白狐に

挨拶しに行こうと思っていた。


煌々と灯りの灯る人混みの繁華街を抜けると、瞬く間に静かになった。



誰も居ない小さな神社に着くと、街の人が準備したのであろう、正月の飾り付けがしてあった。

少年はそれを見ると、とても幸せな気持ちになった。

そして、傍に置いてあった白狐の石に詰め寄り、深々とお辞儀をした。


ふと、背後に小さな視線を感じた。

振り返ると暗闇には誰も居なかった。

その刹那、少年は気付いた。


小さな一匹の狐が、道の脇で神社と少年を見ていた。


少年は落ち着いていた。

狐に静かに近づき膝を落とした。



「貴方の事、そして貴方が愛した女性の事を知りました。貴方達がいたから

今、私はここにいる事。本当に感謝しています。」


少年は頬を伝う涙を拭わず、屈んだ状態でお辞儀をした。


狐は終始、静かに座って少年を見つめていた。

そして、口にはあの飾り物を咥えていた。

まるでそれは、少年に返そうとしている様だった。



それに気付いた少年は、その飾り物を受け取った。

すると狐は、ゆっくりと神社へ消えて行こうとしていた。



少年は暫く膝を落とし、静かに眼を閉じていた。














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