第33話 祝言と生贄

少年はその晩に、街の部屋で夢を見た。


青年が消えてからもずっと、今迄の経緯を考えて居たからだろう。

夢はとても色濃く、はっきりとしていた。

その夢が、自分も祖母も生まれる前の、遥か昔の出来事だった事も理解していた。




何となく見覚えもあり、それでも初めて見る様なその村は、飢饉を迎えようとしていた。

雨が長い事降らず、作物は日照りのせいで不作だった。


村人達は悩んでいた。

話し合いの末に、山の狐を生贄にして山の神様に雨を降らせてもらう事で、皆が合意した。


村には一人、とても気立の良い嫁入り前の娘がいた。

その娘を使い、狐を騙して村に誘き寄せる惨憺だった。


気立の良い娘を囮に、山の中腹へ何度も行かせた。


やがてそこに、一人の若者が近づいて来た。

若者は直ぐに恋に堕ちた。


その後二人は、山の同じ場所でしばしば会う事になった。

いつの日か若者は、娘に対する想いを正直に打ち明けた。


娘は喜んだ。

彼女もまた、若者を好きになっていた。


村人達は、事の運びが順調だった事を喜んだが、唯一誤算だったのは

若い二人が本当に愛し合っていた事だった。


二人は結婚する事を約束していた。

娘は自分の村で暮らしたいと言った。

そして村で祝言をあげたいと言い放つ刹那、大声で泣いていた。

これ以上、若者を騙す事が出来なかったし、何よりも彼を愛していた。

娘は村で起きている飢饉や、狐の生贄の話全てを若者に打ち明けた。

そして、村を出て、一緒に暮らす事も提案した。



話を聞いた若者は、然程驚かなかった。

話してくれた娘に感謝して、現実を受け止めると言った。

若者は初めから、そんな結末が待っている気がしていた。



娘は毎日泣いていた。

自分一人ではどうする事も出来なかった。



やがて二人の祝言の日が訪れた。

村の猟師数名が鉄砲を隠し持って、祝言に参加していた。


花嫁は、誰もが絶賛する程の美しい容姿だった。

そんな美しい容姿とは裏腹に、娘は若者と共に死ぬ覚悟が出来ていた。

それしか方法は見つからなかった。



村人は花婿を待った。

約束の時間にも若者は現れなかった。


暫くすると、空から小さな水滴が落ちて来た。

水滴はやがて大粒に変わり、その後は図ったかの如く霧雨になり、その周辺を靄で覆った。


村に数ヶ月降りに降る雨だった。


村人達は皆、大声で叫び喜んだ。

祝言の筈が、何かのお祭りの如くどよめいていた。

猟師達も鉄砲を捨てて、抱き合って喜んでいた。


娘は一人、花婿を探したが、やはり現れなかった。


花嫁の姿は動きづらく、重い装束を手で持ちながら、喜ぶ村人の輪からようやく離れて

村の山を見た刹那だった。


無数の光の列が有る事に気付いた。



狐火だった



娘は狐火に向かい走った。

彼があの中に居る気がしていた。

辺りは靄で視界が悪かったが、その分日中でも狐火の場所は分かり易かった。

山の奥の方から続く光の列を眼で追うと、それは自分達の居る神社に向かって続いていた。


重い装束を両手に持ちながら、美しい花嫁が走る姿は村人で誰一人、眼にしなかった。


やがて娘は、神社から少し離れた山へ続く入口の前に立った。



長く連なる松明の中の奥から、一人の男性が歩いて来た。


彼だと分かった刹那、娘は泣きながら狐火の中を走り、二人は抱きしめ合った。

娘は泣きながらも言った。


「貴方と一緒に居たい、私も連れて行ってください」


彼はずっと笑顔だった。

とても美しい花嫁を誉めた。

そしてその後、彼女のお腹を優しく摩った。


「貴方は生きてください」


娘は彼との子供を授かっていた。

娘もまだ気付いていなかったので、大粒の涙が視界を遮る最中、眼を大きく見開いていた。


その後彼は娘の手に、小さな飾り物を握らせた。




娘は一瞬、気を失った。

やがて我に帰ると、何も無い場所に一人立っていた。

手には、彼がくれた小さな飾り物を優しく握っていた。


霧雨の中立っていた彼女は、綺麗な着物は濡れていたし、それ以上に頬を流れた涙の量が多かった。

それでも、娘はとても美しかった。





若者はもう、娘の前には現れなかった。

娘には分かっていた。

彼が自分を犠牲にして、雨を降らせた事は結局は村の生贄になった事と一緒だった。


娘は生涯、若者を愛し続けた。




少年は目が覚めた。

起きると同時に、瞼が大量の涙で溢れて頬にも伝っている事にも気付いた。








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