第31話 小さな神社

少年は翌日、普段の通り仕事をしていた。

妹の恋人と手分けをして、あちこちの家を訪問した。


昼になると二人は一旦作業場に戻り、二人で昼食を取りその後再び別れた。


街も寒さが一層と厳しくなる、年が暮れる時期だった。

仕事をしている時は体温が上がり、眠気は引いたし風が吹く時は予め察して

スイの襟巻きで自分を守る事を覚えていたから、少年らしい工夫で街での仕事も上手く乗り切っていた。



少年は午後の仕事を早めに終えて、作業場に戻る路を歩いていた。

時間も早かったので、昨日老人を送り届けた場所に行ってみようと思った。


暗かったし、明確な場所は分からなかったが、住み慣れた街故に大体の察しは付いていた。

昨日の老人の匂いを手繰ろうとしたが、残念ながら少年にはそこまでの嗅覚は無かった。

そんな駄目な自分を笑いながらも、嗅覚では無く記憶を便りにその場所を探した。


やがて、その場所が分かった。


昨日、老人が一人で歩く路地の先を歩くと、行き止まりの場所に小さな神社があった。

自分の村の神社とはまるで別物で、小さな祠だけが静かに置いてある場所ではあったが

少年は、その空気や空間から神聖な場所なのだと悟った。



神社まで行くと、そこに老人の匂いは無かった。


街で見た初めての神社は、とても綺麗だった。

恐らく、誰かが安全と幸せを祈願して造られたものだと察した。

少年は小さな石で出来た祠の前まで行って、お辞儀をした。


お辞儀を終えて、帰る刹那その祠の脇に小さな白狐の石がある事に気付いた。

人が造った物だと分かっていたが、少年の眼にはとても可愛く写った。



一度引き返そうと離れた後に、少年は再び白狐の場所に赴き、小さく呟いた。


「守ってくれてありがとう。また来るね」



少年が作業場に戻る頃は、夕暮れになっていた。

風が吹き始め、少年は少し睡魔もあったが何とか歩いていた。

繁華街に差し掛かり、お店は既に暖簾を上げて開店していた。

その日の仕事を終えて、その日の酒を楽しもうとする男性数名の姿もあった。

少年はそんな幸せそうな人の顔を見て、嬉しかった。

酒の味は薄れてはいたが、楽しさは覚えていたし、人の喜ぶ顔を見れる事に幸せを感じていた。



そんな笑みを浮かべて歩いていた刹那だった。



微かに老人の匂いがした。


少年は驚いたが、また逢える事の喜びで一杯だった。


老人を探した。


匂いが薄れる街で、更に繁華街では老人を探す事は難しいと自負していたし

今日は、視線を感じる事も無かった。

それ以上に難しかったのは、老人の姿が見えなかった。

夕暮れの繁華街は、まだ人は少ないものの、若者ばかりで年寄の姿は無かった。


少年は眼を閉じた。

衰えた嗅覚で、老人を探そうと思った。


微かな匂いを察すると、少年は少し前進して再び眼を閉じた。

少しづつ、ほんの少しづつ、匂いが濃くなる事が分かった。



そんな苦労の中、少年は眼を開けた。


そして、大きく見開いた眼の先に座っていた人を見て思わず声を出した。

その声は「か細い」声では無く、発狂に近い声だった。



少年がようやく行き着いた先で、座って居ると自負していた筈の老人は

少年と同じ位の歳、否自分よりも若い青年だった。



青年はずっと少年の存在に気付いていたかの如く、笑っていた。

青年からは、昨日の老人と完全一致の匂いがしていた。



少年はただただ、その場に呆然と立ち竦んだ後、辿り着いた青年の前で、驚いた自分を笑った。

大笑いしていた。



その後、青年を誘い再び居酒屋へ入った。


妹の恋人が待っているかも知れないと思ったが、今日は老人を送り届けないで済むとも

自負していたし、早めに切り上げようと思っていた。


店の席に二人で座るや否や、少年は再会出来た事にお礼を言った。


青年は終始笑顔だった。

昨日の老人の笑顔だった。


ただ、昨日の老人からは想像も付かない色男に少年はまた笑った。

とても可笑しくて、青年を誉めた。


少年は自分より歳下の青年に、ずっと敬語を使った。


青年は相変わらず、酒を少しづつ嗜んでいた。

少年はその横顔が好きだったし、自分も再び残像の如く酒を少しづつ呑んだ。



そんな青年に、嬉しさと感動で興奮するも、根掘り葉掘り聞く事はしなかった。

それはまるで、スイに再会した時の様だった。


否、今の少年には青年の事が何となく分かっていたし、心の余裕も出来ていた。




昨日の隣の老人も、今居る隣の青年も、他の人には見えて居ない事


そして青年が呑んでいる酒は、架空の事だという真実


今居る隣の人間は、狐である事



今分かっている全てを理解した上で、少年は一緒に居れる時間が幸せだと思っていた。



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