第44話 出逢った場所

村に戻ってから、少年は忙しかった。

祝言に向けての準備をしていた。


大好きな神社で祝言を挙げると決めていたから、予め長に許可を貰い

再び神社の補修作業と、自分達に相応しい彩りを考えていた。


街の人達には、妹の恋人以外には祝言の事は話していなかった。

この村の人達だけで、静かに小さな祝言を上げたかった。


だが少年は、誰か特別な人を大勢呼んでいるかの如く

ぶつぶつと独り言を言っては当日の情景を考えていた。



時より親切な村人や、村長も村の役人数名を引き連れて顔を出し、準備に手を貸してくれた。

妹はあれから毎日、祖母の位牌にお願いしてくれていた。


皆がとても笑顔で、少年は自分が今、最高に幸せだと感じていた。



しかし、スイは村に戻ってからは最初の冬の時の様に眠る日が多かった。

少年はスイの身体が日に日に固くなっている事を察していた。

それに比例するかの如く、山々の重い悲鳴が聞こえて来ていた。


スイは生き生きしている少年を見れて、それだけで幸せだった。




そして二人が村に戻って、また一月程が経った




祝言の日が訪れた。

冬の寒さが和らぎ始めた、春先の天気の良い朝だった。

少年は殆ど眠れなかった。

スイは早朝から既に居なかった。


少年は母に


必ずまた帰って来ます


そう伝えて家を出た。



普段人気の無い神社は、祭りの日の如く人が集まっていた。

村人達はまだ飢饉には気付いていなかったが、昨年の雨量の少なさは皆が顔を合わせると

話題にしていた。


村長は村役人と訪れ、拝殿脇に腰を下ろした。

母親と妹達も同じ場所に居た。

妹は祖母の位牌を大切にその手で抱いていた。



定刻が過ぎても二人の姿は無かった。

皆が少しづつ心配になっていた。


村人達もざわつき始めていた。


すると少年が拝殿脇の階段の方から静かに現れた。


何時もの少年では無かった


完璧な迄に黄金色に染まった髪と、装束を纏い

誰とも眼を合わせず


それでも凛々しく堂々とする様は、皆が見惚れた。


少年は参道を見下ろせる階段の上に立ち、少し俯いて眼を閉じていた。


暫くの間、再び静粛な時が流れた。

つい先程迄、明るかった空に少し影が差し込んでいた。


少年はスイの気配に気付き、いきなり顔を上げると鳥居の先に眼を向けた。


その刹那だった


神社に居合わせた一人一人の体内に響く様な、重く低い大きな音と共に地面が一度縦に揺れた。

その音に連動するかの如く、参道の灯籠には拝殿から鳥居にかけて、瞬く間に流れるように火が灯った。


そして鳥居の先には、山から続く松明の列が連なっていた。


村人達は初めて見るその光景に驚きながらも、皆が夢心地で不思議な感覚に囚われていた。

それ故に、誰一人声を出す者は居なかった。


まるでそこは、今の世界と別の世界との狭間の様だった。



やがて鳥居から、狐の面を付けた男女が列を成して入って来た。


最初の男女が鳥居を潜ると止まり、狐の面を外した。


街で出逢った青年だった

あの時と同じ笑顔で少年を見つめていた


少年も微かに笑みを浮かべて、二人に一礼した。


青年との契り


「君の祝言には必ず訪れる」


青年の横に並ぶ美しい女性は、街の祠に置いて来た飾物を手にしていた。


その後に続く男女も同じ様に面を外しては、少年に一礼して参道を進んだ。



この日、本殿の狐の石は消えていた



やがて、白い装束を着た花嫁が一人の女性に引かれて歩いて来た。

最初に出逢った時以上に、鳥居を潜って歩くスイは美しかった。



スイを誘導する女性が面を外した刹那だった



村長が立ち上がった。

そして階段を降りて、参道を走った。


長と女性は抱き合った

長は泣いていた

そして抱き合う刹那に、あの時の若者に戻っていた

女性はずっと長を遠くから見ていたかの様に、幸せそうな笑顔を浮かべていた



長に会った日の最後に放った少年の言葉だった


「私の祝言の日にあの人は必ず、長の前に現れます」



祖母から話を聞いていたのか、母はそんな村長を見て笑顔で涙を流していた。

長の話同様、女性はとても美しく、まるでスイと姉妹の様に見えた。



少年はゆっくりと階段を降りた。

一人で参道を歩くスイを迎えに行った。



丁度、手水舎の前辺りで二人は向かい会った

少年がスイの手を取り、拝殿へ行こうとすると



スイが言葉を発した。


「ここで貴方と初めてお逢いました。お父様の作った岩魚の燻製、とても美味しかった」



スイの手を引こうとしていた少年が静止した。

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