第43話 生きる路

長の家の庭先で、少年は笑って大泣きして感情の全てを出し切った時間を過ごした。


少年の瞳に映る炎は、長にも充分に伝わっていた。

先程の遠くの山の地響にも納得が出来た。


少年は長に相談をしに来た訳では無かった。



祝言の日に起こる出来事

自分とスイ、そしてこの先の村の未来



過去、現在、そして未来を案ずる全ての告白だった。




村長は固まっていた。

否、少年が悩む頃と同じ時期から予感はしていたが

常に先を読み、村の為に村人の為に生きる人生を全うする長にも

少年程の読みは出来なかった。


自分の力を遥かに超える者と接するのは久々だったし

それが少年である事に安心と嬉しさもあったが

自分にはどうする事も出来なかった。


長は眼を閉じた。


そしてゆっくり眼を開けて少年を見つめて話をした。


「私は兼ねてから君に、この村の長を受け継いで欲しいと思っていた。

人への気遣いや先読み出来る回転の速さ、そして何よりも君の溢れんばかりの優しさ。

ただ君には、優しさ故にその大役は大き過ぎる事も悩んでいた。

今の君は大きくなって、決断と実行も出来る様になった。」


少年は黙って聞いていた。



長は続けた。



「君の未来、君達の未来を願う人間は、家族やお婆さん達だけは無い。

私と私が愛した女性も願っている。


そして


君ならきっと実現出来る。」



少年は以前に母から聞いた祖母の言葉を連想した。


祖母の言葉もとても嬉しかったが、長の言葉の重みは

山の地響の如く少年の胸に伝えわり響いていた。






翌日少年は街へ戻った。

隣には、スイの姿があった。



スイは嫌がったが、少年は彼女の手を少し強引に引いて連れ出した。


少年も自分が生まれ育った街をスイに見せたかったし

これが最初で最期になると自負していた。



街に着くや否や、少年は自分に関わった人達へスイを紹介した。

そして話を続けた。


嫁の実家の御両親が病故、暫くの間街には戻れない事

そして、妹の恋人にしっかり引き継ぎをしておく事



材料問屋の主人

仕事仲間

顧客

幼い頃から自分を知る者


一人一人丁寧に挨拶に回った。


皆が皆、スイの奥ゆかしさと美しさに絶賛し

その後は悲しみも覚えたが、やはりスイが少年に続き頭を下げる仕草には

二人を応援し、見守るしか無いと思った。


翌日からはスイも少年の仕事の手伝いをした。

スイは以前に神社の補修を行っていたし、少年はスイの器用さも知っていたので

仕事がとても捗ったし幸せだった。


妹の恋人も悲しさはあったが、とても嬉しかった。

そして、少年が街に来るのもこれが最期だと知っていたので

なるべく多くのスキルを身に付けようと一生懸命だった。


少年は自分の間借りしている狭い部屋でスイと寝た。

色々な話をした。


街から見える夜の空もとても綺麗だった。




二人が街に来て、一月程が経とうとしていた。

スイも街の暮らしにも慣れていた。


少年は、明日村に帰ろうとスイに言った。

そして祝言の準備をしようと続けた。


スイは不安もあったが、笑顔で頷いた。


その日の仕事を終えた夕暮れに、あの小さな神社にスイを連れて行った。


神社には誰も居なかったが、スイは白狐の置物を気に入り

優しく撫でていた。


少年は祠に青年から返してもらった飾物を再び置いた。



この場所で青年と最後に交わした契り



少年の眼には狐火が灯っていた。


二人は深々をお辞儀をして神社を後にした。




翌日は朝からスイが少年の部屋を掃除してくれた。

その間に少年は最期の挨拶に回った。


昼に差し掛かる頃に二人は街を出た。

問屋の主人や仲間、そして少年を慕う者たちが二人を見送ってくれた。


二人はそこでも深々と頭を下げた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る