第27話 石の臭い
階段を登る時の吐く息は薄らと白く、冬になっている事を自覚していた。
少年は拝殿から脇を抜けて、本殿へ向かった。
山で見て体験した、そこから先の「真実」を知りたかった。
この神社の本殿には何があるのか。
「御神体」は何なのか。
それを確認したかった。
少年は本殿の戸の前に立ち、鍵を開けた。
過去に鍵の修理をしたのは自分だったので、開けるのは容易だった。
ただ、本殿中へ踏み入る事は初めてだったし、少し躊躇もあった。
スイは少年の後ろに立ち、何時もの様に少年を見守っていた。
本殿内へはスイには入らないように言った。
スイを入口に立たせて、少年は薄暗い中を歩いた。
少年は先ず、匂いを悟った。
あの時の石、否石の狐と同じ匂いがした気がした。
暗闇を匂いで探り、奥へと進んでいった。
本殿内は湿気も多く、カビ臭さが少年の嗅覚を邪魔したが、微かに匂いのする方へと向かった。
歩く途中で、後頭部を誰かに殴られた様な衝動を受けた。
少年は耳がおかしくなって、その場に立ちすくんだ。
嗅覚と聴覚は著しく衰えていた。
しかし、少年は立ち上がって前に進んだ。
耳元で鳴り響く、とても煩い程の高音は少年の行く手を拒んでいるかの様に思えた。
「その先の応え」
それを知る事に、少年は必死だった。
本殿内のカビ臭さと、違和感の高音から来る頭痛と眩暈からも、何とか少年は前に進み
御神体の前に立った。
薄暗い中だったが、そこはとても開けている場所に感じた。
暗闇で薄ら見えた物は、山頂で見た石の狐と同じ様な物が、無数に置かれている様だった。
同じ匂いがしていたのは、この石達だとも理解した。
少年は祖母の伝承が、山と村とで起きた出来事の、ほんの一部の話だった事を自負した。
狐が人間になった者は、全て石に変えられてしまったのかと、絶望もした。
否、少年はそれ以前に自分の村と狐の関わりを調べる必要があると思っていた。
あまりにも酷い頭痛と眩暈から、少年は早々に本殿を出た。
入口でスイが待っていてくれた。
外に出て、スイの顔を見ると先程の頭痛と眩暈は煙の如く消えていった。
少年とスイは神社を出て家に向かった。
何時もの帰り道はとても懐かしく、幸せな道だった。
二人は軽やかに、飛ぶように歩いていた。
家が見えて来ると、家の前の畑には三人の姿が見えた。
母と妹と、妹の恋人が農作業をしていた。
少年は少し、罰悪さがあった。
山へ向かってから、どれだけの月日が経っていたのか。
自分とスイが戻らない事を相当心配しているのでは無いか。
そんな不安を他所に、二人の姿を妹が発見した。
とても驚きながらも、嬉しそうに駆け足で近寄って来る姿を見て少年は少し安心した。
妹は直様スイに抱きつき、スイもその妹を優しく抱いた。
母と妹の恋人も後から近づき、少年は母と妹の恋人に頭を下げた。
スイの実家が、思った以上に遠かった事と、そちらで長居してしまったと説明した。
母は呆れた顔で笑っていた。
妹の恋人は、少年が居ない間の街での仕事の切り盛りを、しっかりやっていてくれていた様だった。
少年とスイは、その場で改めて三人にお礼を言った。
その日の晩は久しぶりに戻った実家で、五人で食卓を囲んだ。
自分達が家を空けてから、どれ位の月日が流れたかを聞いた。
凡そ、三ヶ月だった。
時空の歪みが生じたのか。
或いは自分が高熱で眠っていた時間だったのか。
妹は相変わらずスイに質問していた。
自分もスイの故郷に行きたいと言っていた。
テンションの高くなる妹があまりに行き過ぎた質問をすると、少年が止めに入った。
妹の恋人は、少年が居なかった三ヶ月近い間に、腕を磨き一人前になっていた。
話す素振りや顔付きを見て、少年は頼もしいと思っていた。
妹の恋人はたまたま休みを取って、村に来ていたそうだったので
数日後には、自分も街に帰る約束をした。
優しい家族に迎えられて、少年とスイはずっと笑顔を絶やさなかった。
楽しい時間は過ぎ、妹が何時もの様に何かを思い出したかの如く、部屋から出ていった。
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