第38話 涙と願い

スイが次に眼を開けると、辺り全てが暗闇だった。

恐怖を感じなかったのは、自分の手を優しくそして、強く暖かく握っている

隣の少年の存在があったからだった。


無数に流れる星が無い違和感に囚われたが

その後、見下ろす山麓はとても明るい事に気付いた。



山頂の流れる星が次々と降りて注がれた後かの如く、それが山麓に落ちて

その場所場所が、美しく光を分散している様に見えた。


流れ落ちた光は幾つにも別れ、その辺一帯を駆け巡る如く照らし出していた。



それはまるで、彼女自身が以前に山頂で光を浴びた様に

山麓の狐が同じ光を浴びて、喜びで駆け巡っている様に見えた。



スイは、初めて見たその光景に自分の軌跡を感じた刹那だった。



狐の生を受け、人と出逢い、その人を愛し


やがて人に変わり

己の宿命を悟り


そして


愛した人が、悩み苦しみながらも、こうして自分を迎えに来てくれている事。



自分が如何に幸せなのかを、身体の全てで受け止めていた。



スイは再び眼を閉じた



その刹那



瞳の片方から、一滴の大粒の涙が流れた。

その涙はゆっくりと、彼女の手の平に落ちた。



するとその手が、長く白い毛をした狐の前脚に変わった。


スイは驚いてもう一度その手を見ると、人間の手に戻っていた。

隣の少年はそれに気付いていなかった。


辺りは暗かったし、刹那の出来事だった故にスイは見間違いかと思った。




少年はスイに帰ろうと言った。

彼女の手を握り、山麓を見下ろすと

先程の無数の光が一列になって遥か先まで続いていた。


狐火が再び2人の帰路を誘導してくれていた。


2人は顔を見合い、笑みを浮かべた。




狐火を抜けて何時もの神社に付き、村の家に帰ったのは夕暮れ時だった。

山での滞在時間は分からなかったが、村では一刻も経っていなかった。

母と妹達は2人の帰りが早かったので驚いたが、途中で偶然出会した事にした。


そして、スイの髪の色が銀色掛かっている事に皆驚いていた。

少年の髪も若干ではあったが黄金色に染まっていた。


山頂で浴びた光の影響か、若しくは何らかの力を受けたのかは

分からなかったが、皆はスイの事を心配した。

余程心配事か不安が有るのではないか?

或いは何かの病気なのではないかと考えていた。


スイは問題ないと言ったが、少年はそろそろ本当の事を妹達にも打ち明けようかと考えていた。


スイのタイムリミットが迫る中で、これ以上黙っている事も出来ないし

今後、どう言った道に進もうと家族には分かっていて欲しいと思った。

とても現実離れした話ではあったが、母には有る程度話はしてあったし

妹の恋人にはいずれ仕事を受け継いでもらう可能性もあると察していた。



少年はあの山頂で光を沢山浴びる中で、自分もやがては石になる覚悟をしていた。

出来るだけ、スイと同じタイミングで一緒にと願っていた。

そして、今の時間が少しでも長く有る事も強く願っていた。


村への本格的な飢饉が訪れる迄

村人が苦しむ事は絶対に避けたかったし、かと言って飢饉をスイだけのせいには

したくなかった。



その日の晩、スイが眠りに就いてから三人に今迄の経緯を全て話した。


スイとの出逢い

スイの生い立ち

村の伝承

山頂での出来事

祖母の生い立ち

石の狐

自分の血が濃くなった事


そして


やがて来る飢饉

スイの宿命



少年は休む事なく、なるべく分かり易く話をした。

話は一刻程続いた。



妹は泣いていた。

何となくではあったが、スイの正体や宿命を感じていた様だった。

リミットがいつなのか?

取り乱す如く、少年に問い正したが、少年にもまだ分からないと言った。

恐らく、村に飢饉が訪れる頃合いだと応えた。


そして来年には必ず、、、

と。


妹の恋人は最初、何の事だか分からずただ呆然と話を聞いていたが

段々と整理が付いて、ここ最近の少年の変化も少し納得出来た様だった。

若いが、頭の回転も良く周りの状況をいち早く察知出来る性格は少年とも似ていた。


スイの生い立ち迄を知っていた母は、難しい顔をして下を向いていたが

時より頷いていた。



折角の正月を迎えるこの時に、辛気臭い話をした事を皆に詫びた。


外は夜中にも関わらず、星がとても綺麗で明るかった。

まるで少年とスイが山頂の星を持ち帰って来たかの様だった。


遠くでは狐の鳴き声が時より聴こえて来た。







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